第26話
それから2週間が経って、魔導学院への入学の日が来た。
タイミングよく後期の入学の時期だったらしい。マクス様の推薦であれば、となんの問題もなく入学を許可された私は、学院から送られてきた制服という生徒たちが揃いで着るという衣服を身に着けていた。
「これ、スカートが短いと思いませんか?」
男性の着るようなシャツとジャケットに、細かな折り目のついたスカート。その長さは膝までしかない。ハイソックスというもので脛は隠されているけれど、シルエットは完全に見えてしまっている。普段は長いスカートで隠されている足が見えているのが落ち着かない。
制服を見せられた瞬間、そんな短いものは履けないと抵抗を示した私に「奥様はスタイルが良いので大丈夫です! 毎日見ている私が保証しますっ」とクララは満面の笑みで胸を叩いた。
「そうですね……髪も結い上げると奥様の知的な雰囲気を引き立てる演出ができますね。貴婦人としての気品も漂わせられるような、最良の髪型を考えなくては」
いつも冷静なアミカまでもが真面目な顔で続けて、それから数日は制服に似合う髪型を探して二人で楽しそうに私の髪を弄っていた。すべてアップにしようと決まりかけたところにやってきたマクス様が「ビーのうなじを他の男に見せる気か?」と渋い顔をしたせいで、また一から考え直しになってしまったのはここだけの話だ。
「いい」
クララとアミカから「当日まで制服姿の奥様は見せられません」とお預けを食らっていたマクス様は、直に目にした瞬間から怖いくらいに真剣な顔になっていた。
「とても、いい。とてもよく似合っている」
彼は言うなり「動かないでくれ」と厳しい声を出す。今まで聞いたことのない声色にビクッとして、その場で動きを止めると続けて
「笑って」
と言われ。
なんだかよくわからないままに笑顔を作れば、マクス様は私をじっと見つめたまま、手元の紙を掌全体で撫でた。
すると、そこに一瞬で私の姿が現れたではないか。
満足気にそれを見たマクス様は、後ろに控えていたコレウスにその紙を渡し、額に入れて自分の寝室に飾っておくように命じた。なんとも言えない顔でその紙を受けとったコレウスが、マクス様に憐れむような眼を向けていたのは気のせいだろうか。
「それはどのような魔法なのですか!?」
絵姿が一瞬で! と驚く私に、マクス様はまた「秘密だ」と立てた指を唇に当てる。それから、初日くらいは付き添わなくては、と言って私と共に城を出た。
ここから転移魔法で移動するのかと思っていたのだけど、それでは毎日の送迎をお願いしなくてはいけなくなる。さすがにそれは難しいということで、いつの間にやら庭に建っていた小屋へと案内される。
中には明らかな魔法陣があって、そこに立った瞬間、目の前がどこかの部屋になっていた。壁一面の本棚。毛足の長い絨毯。重厚な質感の大きな机の奥にいかにも魔導師という風体の男性がいた。
「マスター! おしゃってくださればお迎えにあがりましたのに」
「私がいなくても通学できるようここに転移魔法陣を張らせてもらったよ。これから毎日ビーはここに登校してくる。この地点に物を置いたり、人が立ったりしないように注意してくれ。それから彼女は私の大切な人だ。失礼な態度は取るなよ」
「と、当然です」
引きつった笑顔で返した男性は、私に笑顔を向けた。
「ベアトリス・イウストリーナ嬢、ようこそオクルタティオ魔導学院へ」
学院長だというその人はアリストテル・フォルマギスと名乗った。学院長は、私をマクス様のなんだと聞いているのだろう。妻と言われていないのは、呼ばれたのが実家の家名だったことからも明らかだ。私がマクス様の元でお世話になっているのは公然の秘密だったので、客人の公爵令嬢として大切に扱えとでも言われているのかもしれない。
「よろしくお願いいたします。誠心誠意魔法に向き合い、精進いたします」
――今日から、妃教育を受けていたあの頃には体験できなかったような学校生活が始まるんだわ。
王立学院ではなんだかんだエミリオ様のサポートばかりしていた気がする。でもここでは。ここでは自分のためだけに学ぶことができる!
そんな風に、思っていた時がありました。
入学式直後、私は自分を取り囲む5人を前に言葉をなくしていた。
「ビー、こんなところで会えると思わなかったよ。僕たちはやっぱり離れられない運命のようだね」
「お姉様! これから同じクラスで学べるんですね! 嬉しいですっ」
「な……な、ど……してここに……」
爽やかな笑みを浮かべているのは、制服を身に着けているエミリオ様とミレーナ嬢。後ろのエミリオ様のご親友方は別の装束なので、お二人の警護役として来ているのだろう。
それにしても結婚予定の聖女様を前にして、元婚約者に「離れられない運命」とはどういう意味なのですかエミリオ様。問い詰めたいけど、この状況が衝撃的過ぎて声にならない。
しかも、それを聞いたはずの現婚約者ミレーナ嬢は「お姉様と仲良くなりたいです、仲良くしましょう、ぜひしましょう」と笑顔で距離を詰めてくる。
「私、お姉様などと呼ばれるいわれは……」
「あら。だってお姉様はエミリオ様の元婚約者ですよね? ということは、わたしの先輩じゃないですか」
そんな先輩後輩関係、聞いたこともない。
なんとか絞りだした言葉は明るいミレーナ嬢の声でかき消される。
「ビー、ここでも以前と同じように僕たちと一緒にいてくれるだろう?」
どうして元婚約者とその人の現婚約者と一緒に行動しなければいけないのか。してもらえると思うのか。相変わらずエミリオ様には、致し方なかったとはいえ私を捨てたという認識がないらしい。
ここで押し負けて彼らと一緒に行動するようになった日には、運命の王子と聖女様の間に割り込んでいく性悪女のように思われてしまうかもしれないではないか。
まるで春の妖精のような小柄で可愛らしい聖女と、魔物のようだとも言われる金の切れ長の猫目に暗い赤紫髪の元婚約者である公爵令嬢。彼女と一緒にいたら、私悪役のように見えるのでは?
しかも、未練がましいなどと思われた日には。
――エミリオ様にそんな気持ちはこれっぽっちもないのに!
捨てられてなお、それでもみっともなく側にいたいと思うほどに愛していたのかと勘違いされるのは嫌だ。だって私は、私には……
「私には夫がおります! 誤解を招くような行動はできませんわ」
「……は? 夫?」
驚いたようなエミリオ様の声に、勢い余ってやらかしたと青くなる。しかし、言ってしまったものは仕方ない。マクス様からも私の意志で事実を公表していいと言われているではないか。開き直って胸を張り、真正面からエミリオ様を見返す。
「ええ。私はあなたがたのお友達ではありませんし、既婚者なので関わってこないでくださいませ」
「既婚、ってビー。なんの冗談?」
エミリオ様の笑みがわずかに歪んでいるように見える。愛しても恋してもいなかった元婚約者が結婚したからって、なにをそんなに動揺する必要があるのだろう。婚約破棄から婚姻までの期間は少し短すぎるかもしれない。実際は30分やそこらだ。改めて考えると自分でも驚く。
でも、エミリオ様に恋していたわけでもない私が、いつまでも元婚約者を想って捨てられたことを憂いているわけがないのだ。
私には、恋をする権利がある。
エミリオ様以外を愛する権利がある。
「冗談ではありませんわ。私の名前はベアトリス・シルヴェニア。シルヴェニア卿の妻です。愛する夫を不安にさせたくはありません。私のことは放っておいてください」
はっきりと言い切ったこの発言がさらなる混乱を招くとは、いっぱいいっぱいになっていた私は気付くことができなかった。
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