第25話

「少しだけ気になっていたのですが」

「ほぅ、なんだい?」

「私は幼い頃に、内定ではありましたがエミリオ様の婚約者となりました。なので聖女の素質があるかという診断しか受けていないのです」

「あぁ。鍛錬中にその身に危険が及ぶ可能性があるスキルは多いからなぁ。そりゃ王子の婚約者にはやらせられない。素質があるなんてことになれば本人もその気になるかもしれない。興味を持つ。だから調べさせもしないだろうな」

「ええ。ですので、私もなにか特殊な能力があったのかもしれない、と」


 お兄様には風の魔法と剣術の適性があって、魔法剣士という珍しい才能を得ていた。だったら兄妹の私ももしかしたら、なんてことが頭をよぎる。


「気になるかい?」

「なります」


 と言っても、今更それが判明したところで技術を習得するための学校は幼年学校しかない。学べないのならスキルを伸ばすことは難しいし、どうしようもないのだけど。

 なるほど、と言ったマクス様は私の手を取る。


「調べてあげようか」

「えっ?」

「私なら、どのような適性があるか調べられるぞ?」

「本当ですか?!」

「嘘をついてどうする」


 マクス様は目を閉じるように言うと私と両方の手を繋ぎ、額を合わせた。なにか小さく呟いているのが聞こえる。体の奥から、熱いものがこみあげてくる。掌を通じて、それがマクス様に伝わった感覚があった。


「おや、これは」

「なにかありましたか?」


 興奮して、マクス様の言葉を遮るように発言してしまう。淑女らしからぬ態度をとってしまった、と恥ずかしくなるが、彼の反応を見るとなにかはあったように思えて逸る気持ちを抑えられない。きゅっと私の手を握ったマクス様が優しく微笑んで「おめでとう」と言った。


「ビーには魔術の適性があるようだね。しかもかなり上質なものが」

「私にも、魔法が使えるということですか?」

「ああ」

「何魔法ですか? そこまでわかりますか?」


 聖女の素質はなかったのだから神聖魔法ではないだろう。ならば、それ以外の火や水、風、草木や土?

 興奮を抑えられない私を見てマクス様は笑う。


「はははッ、落ち着けビー」

「でも、でも……っ」


 落ち着け、ともう一度言ったマクス様は額に唇を寄せてくる。ちゅっと小さな音を立ててキスした彼は、驚いて硬直した私に「話を聞けるかい?」とからかうような声を出した。


「もうっ、私で遊ばないでください!」

「遊んでなどいない。興奮しすぎて倒れられても困るからなぁ。一度落ち着いてもらおうと思っただけだよ」


 倒れませんと言ってもマクス様は笑うだけで、ひたすら焦らされる。 

 ここで生活している中で身近に魔法を見て体感していくうちに、私にも魔法が使えたら、と密かに思うようになっていた。そんな時に適性があると言われたら期待してしまう。今更魔導師としてやっていかれるほどに鍛錬を積めるとも思えないけれど、日常生活の中で、この城の人たちのように魔法が使えたらどんなに便利だろう。

 ――ちょっとしたものなら、マクス様が教えてくださらないかしら。

 そんな期待もする。

 しばらくもったいぶっていたマクス様は、真剣な顔になると小さな咳払いをした。


「ビーの属性は、光と闇だ。それにクイーンからの天空の加護」

「光と闇……と、天空……」


 ――そんな相対するものが両方備わっているなんてことがあるの? 

 一瞬浮かんだそんな疑問は、光ということはあの部屋の灯りを触らずとも調整できるということでは? なんて、期待で胸が高鳴って吹き飛んだ。


「あの、マクス様」

「なんだい?」

「簡単な魔法を、私に教えていただけませんか?」

「簡単な?」


 なにを言っているんだ、とマクス様は首を傾げる。

 ――やっぱり魔導師の塔のマスターなどという立場の方から教えていただこうなんて身の程知らずだったわ。

 反省して小さくなる私の顔を覗き込んだ彼は、真剣な顔をしていた。


「これは提案なんだが。もしビーが興味があると言うのなら学校でちゃんと学んでみないか?」

「学校、ですか?」


 本格的に学べるのなら、やってみたい。でもどのスキルに関しても初級を学べる場に入門するのは幼い子供のはずで、7歳や8歳くらいの子供に混じって鍛錬を積むのは少し恥ずかしい。そう思って逡巡していると、マクス様は小さく笑う。


「もしかして幼年学校を思ったか? そうではなくて、私が提案しているのはもっと上位の学校だ。ビーには魔導学院でも十分に対応できるだけの素質がある。私が言うんだから間違いない。それにあそこは、絶対に基礎を積んでいなければ入れない場所ではないからなぁ。才能さえあれば誰でも何歳でも入ることができるし、学院生は強力な魔法で外部から守られるから私としても安心して預けられる。どうだ? 興味はあるかい?」

「魔法を、ちゃんと学べるのですか?」

「簡単なものだけでいいと言うのなら、私が直々に教えるのもやぶさかではないが」

「やってみたいです!」


 勢い込んで言った私に、彼は目を細めて。


「では、明日にでも連絡をしよう」


 興奮と感激のあまり言葉が出ず、ただこくこくと頷いてみせた私の頭を撫でたマクス様は、慈しむような目で私を見ていた。

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