第24話
知らない間に城に送られていたらしい私の荷物は、帰った時には部屋に運び込まれた後だった。
いつの間に運んだのですか? という私の質問に
「私を誰だと思っているんだ?」
マクス様はにんまり笑って、詳細は秘密だ、と立てた指を唇に当ててウィンクをしてそれ以上なにも教えてくれなかった。
翌日以降もエミリオ様は何度も実家を訪問してきたようで
「暇なのか!? そんなわけないよな、誰がその尻拭いをしてると思ってるんだ。仕事は勝手に片付かないんだよ、わかってるのかあの馬鹿王子!」
などという愚痴がお兄様からはひっきりなしに漏れていた。なんだか、お兄様のお口が悪くなってきているような気がする。それだけ今の状況がストレスなのだろう。
簡単に人を招くことのできない、そして私一人では外出することもできないアクルエストリアに滞在していることを考慮して、実家には鏡越しに話すことのできる魔道具が設置されたようだ。鈴の鳴るような音がしている間に鏡の前に立てば、実家にいる人と話をすることができる。なので、家族と離れ離れという気はしなかった。
時々はソフィーも「ベアトリス、私を褒めて……よしよしして……」と癒しの力を持つ聖なる乙女とも思えぬ疲れ切った様子で、私に癒しを求めに来ていた。聖女様のお相手は、私が考えていたよりよっぽど大変らしい。湾曲することなくはっきりと物事を口にするソフィーの発言も、すべて見事に曲解されて流されてしまうようだった。
想像以上に貴族社会の常識を知らないミレーナ様と、私がお手伝いすることがなくなって以降仕事を溜めに溜めているエミリオ様のお二人には周囲も手を焼いているようで、遠くにいてもそのエピソードが耳に入ってくる。
庭園の花をもいだ聖女様がその蜜を舐めようとして周囲から必死に止められただとか、甘くて美味しいと聞いて興味を示したエミリオ様まで真似をしようとしただとか。
警備の穴をついていつの間にか街に遊びに行ってしまう聖女様は、その気取らないおおらかで天真爛漫な性格で街の人からの信頼と愛情を集めているだとか。
お勤めの合間に騎士団の医療所に顔を出しては、癒しの力で傷ついた騎士を治していかれる聖女様は彼らからの厚い忠誠心も集めている……だとか。
ごく身近な人々の苦労はともかくとして、ミレーナ様は聖女として人々の愛情や信心を順調に集めているらしい。教えられずとも聖女の力を使いこなしているようなので、有能な方ではあるのだろう。
悪い人ではないのだ。聖女として、彼女なりに――本人の目につく部分に尽力しているのだろう。
でも、その力は目の前のものにばかり使われるべきではなくて、もっと大局を見なくてはいけなくなることもある。自分には見えていない影の部分について、彼女は気付いているのだろうか。いつかエミリオ様と結婚するのだから、無邪気な性格の愛される聖女様という姿だけではいられないという自覚はあるのだろうか。
ソフィーも私一人では手に負えないと嘆いていたし、お兄様は「じゃあビーの代わりにノルティスが手伝いに来てくれてもいいんだよ」とエミリオ様からスカウトされたのだと笑っていた。あの目が笑っていない笑顔はとても怖かったという話は誰にも言っていない。
1ヶ月が経ってもエミリオ様の手伝って発言はおさまらなかった。王家から直接に私を登城させるようにという知らせもあったようだが「娘はアクルエストリアに居りますのでこちらからは連絡がつきません。ご要望に応じることは、非常に心苦しいのですが難しいですなぁ」などとお父様が断っていた。そのやりとり、実は鏡越しに直接聞いてしまったのだけど。
連絡が取れないなんて王家を欺くようなことを言っていいのだろうかと思っていた私に、マクス様は「許可を与えていない人間からはあれはただの鏡にしか見えないし、こちらの声や鏡に映る姿も見えないからバレっこない。無視しておけばいいんだ、そんなもの」と断言された。ついでに
「私のものに手を出そうとしたらただでは済まないのは、王家なら十分に理解しているはずだ。王子ならともかく、国王はあまりしつこくは言ってこないだろうよ」
不敵な笑みを浮かべられてしまっては、私が思い悩んだところで意味のないものなのだと理解させられた。
王家も相手が悪いという認識はあったのだろう。徐々に実家へのアピールも減ったようだった。
「さて。それでビー?」
「はい、なんでしょう」
こっちにおいで、とソファーに招かれ、隣に腰掛ければ抱き寄せられる。この程度は夫婦なのだから許してほしい、とマクス様は言うけれど、その可愛がり方はどちらかといえば愛する妻へ対するものというよりもペットや孫に対する愛情に近いようにも思える。でも、やられる側からすれば落ち着かないくていけない。
血の繋がらない異性からのスキンシップに不慣れなせいだろうから。そのうちに慣れるとは思うのだけど、ドキドキしているのを勘付かれないようにするのに必死で、淑女たれと思えば思うほどに表情が固まってしまう。そんな、決して愛想が良いとは言えない契約上の妻の私を、マクス様は笑って可愛がってくださっていた。
優しくて朗らかで、時折見せるちょっとだけ意地悪な態度や裏打ちされた自信に満ち溢れている立ち居振る舞いはそれまで身近にいたどの男性とも違っていて、エルフということもあるのだろうけど、そのミステリスな雰囲気が気になって仕方がなくて、最近では無意識に目で追っていることがある。
先日は書斎で仕事をしているマクス様の近くで読書をしていたのだけど、時折気になって彼の様子を窺っているのに気付かれたのか、数回に1度は目が合って意味深な笑みを返され、恥ずかしくなった私は頬を赤く染めてしまった。
「私はビーの夫なんだから、遠慮せずにちゃんと見ればいいじゃないか。ほら、もっと近くで眺めなさい」
終いには、そんなことを言い出したマクス様の膝の上に乗せられてしまう。近いです、と逃げ出そうとすれば腰を抱かれて「逃げるな逃げるな。仮にも夫婦だろうに」と猫を宥めるようにあごの下をくすぐられた。
そんな感じで私を愛玩動物のように可愛がっているマクス様なのだけど、毎日のように「やりたいことは思いついたか?」「いっそ王都を離れたら王子たちからも離れられるな。どこに行きたい?」と質問してくる。あまりにも何度も聞かれることもあってそろそろなにか答えなければいけない、と思っていたのだけど、ここにきて先日のお兄様の言葉を受けて少しだけ考えたことがあったのを思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます