第19話
応接間のソファーに、私はマクス様と並んで、その向かいには両親が座る。お兄様は少し席を外すといってどこかに行ってしまった。お茶や茶菓子を持ってきたメイドたちが下がったのを確認してから、父が「改めて」と頭を下げた。
「この度は娘を助けてくださり、本当にありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ。急な申し出を受け入れてくれて良かったよ。可愛いご令嬢をどこの馬の骨ともわからぬ相手に嫁がせる気はないと反対される可能性もほんのわずかには存在していたからなぁ」
「ははははは! どこの馬の骨などとご謙遜が過ぎますぞ、シルヴェニア卿」
「相手が公爵令嬢、しかも王子の婚約者として見初められるほどの素質・素養にも溢れる娘さんとなれば、こちらだって多少は身構えるってものだ」
その光景に、私は何度か目を瞬かせる。公爵と辺境伯、本来はイウストリーナ家の方が貴族としての位は上で、年齢もどう見たって父の方が上だ。なのに、こうして会話している様子を見るとマクス様に対して父の腰が妙に低い。
「それにしても、まさかシルヴェニア卿が娘を娶ってくださるとは思ってもいませんでした。あの知らせをいただいた時にはひっくり返るかと思いましたが、王の前でしたのでなんとか堪えましたよ」
「はははッ、少しでも早くと思って、あのような場で失礼した」
どうやら昨日、マクス様はあろうことか聖女の歓迎会をしている会場に知らせを出したようだ。でも、あの場に使用人などは入り込めないはず。警戒もされていただろう。いったい誰が、どのタイミングで行ったものなのやら。
和やかに会話が進んでいる間にお兄様が戻ってくる。手に持っていたのは1枚の絵だった。そっと差し出されたそれを見れば、今よりもだいぶ若い両親と幼い兄がベビーベッドの脇に立っていて、その中には1人の赤ん坊が眠っていた。赤ん坊は生まれたばかりの私で――額に手を置いて祝福を与えてくださっている司祭は、マクス様だった。
「……全然、今とお変わりないですわね」
「さっき、二人を迎えに行った時驚いたよ。シルヴェニア卿が、まさか先代の大司祭様と同一人物だったなんて。しかも全く変わっていらっしゃらないんだ。昨日の結婚式の場でお見かけした時から、どういうことなんだ、って不思議に思っていたところだ。遠目だから加齢が見えないだけかとも思っていたんだけどね、そうじゃなかったな」
小声で話をしていると、マクス様が「懐かしいものを持ってきたなぁ」と隣から覗き込んできた。
「その頃はカエラル・パクトゥスと名乗っていたから、私のことだと知らない人間の方が多いよ。私は元々魔導師の塔のマスターをしていてね。そんなのと大司祭が同一人物なんていうのは、権力が一か所に集中しすぎるから歓迎されない。しかしその時期どうしても適任がいなくてねぇ。頭を下げられて、しばらくの間マスターは代理を置いて大司祭をしていたんだ」
だいたい12、3年だったかな、とマクス様は軽く言うけれど、そんな情報を与えられるとますます彼の年齢がわからなくなる。
「と、いうことで、皆の知っているマクシミリアン・シルヴェニアはこちらの姿かな?」
パチンと指をならせば家族の目の前でマクス様の髪がシルバーブロンドに戻っていく。お母様とお兄様は驚いたようなのに、お父様にそんな様子はなかった。姿が違うのにマクス様本人だと断定できた理由をお父様に尋ねれば、彼が指につけている指輪がその証拠だと言われた。
あれは王家から直々にマクス様に贈られたもので、同じものは2つとしてない。王家の紋章を簡略化したものと並んでペガサスの紋章が刻まれているそれは、マクス様が身分を証明する時に持ち歩くものなのだそうだ。
「ビーはシルヴェニア卿が七色の君とも呼ばれているのを知らなかったのか? その場その場で姿を使い分けれらるから、本当のお顔を見た人は国王様以外にはいないのだとか。長らく年を取られないから不死の君との通り名もあるんだ」
「そうだったのですね、その通り名は知りませんでした」
マクス様は社交界にもあまり顔を出されないと言っていたから、昨日までお会いしたことはなかった。正しくは赤ん坊の頃に洗礼を与えていただいていたのだけど、その当時赤ん坊の私に見覚えなどあるはずもない。
昨日はいろいろありすぎて頭が回っていなかったのだと再認識する。冷静に考えれば、シルヴェニアという姓が辺境伯であるという知識はあった。天空城アクルエストリアに関しては、ルミノサリアの上空に浮かんではいるが治外法権で、その詳細は広く知られていなかったから、マクス様の名前を聞いて咄嗟に魔導師の塔のマスターだと気付けなかったのは仕方がない。
「だが、不死というのは誤解だな。私は年も取るし、死にもするぞ」
「しかし、この絵と今のマクス様はなにも変わられていないように思えます」
顔の横に並べて見ても、やっぱり全然年を取っているように見えない。
「ちゃんと老いてはいるんだが、人よりもその変化がゆっくりだからな。すぐにはわからないのだろう」
「……人よりも? なにか特殊な家系でいらっしゃるんですか?」
「まぁ、特殊と言えは特殊だろうなぁ」
マクス様はにやっと笑うとご自分の耳を撫でた。
そこから尖った長い耳が現れる。そのような特徴を持っているものといえば――
「いやぁすっかりビーに伝えるのを忘れていたよ。実は私、エルフ族の長でもあるんだ」
「エル……フ……?」
ちょっとさすがにそこまではすぐに受け止められません。
また増えてしまった旦那様の肩書に、私とお母様はほぼ同時に卒倒した。
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