第5話

 カタリーナ様の外せない用事というのは聖女認定のことだろう。確かにそれは、大司祭様しかできないお仕事だ。

 この国で生まれた女児は7歳になると大司祭様によって聖女の素質があるか否かを診断されることになっている。その段階で素質ありと認められた者は、『聖なる乙女』として教会の保護下に入り教育を受けることになる。その後、その中から聖女として覚醒する乙女が現れるが、同年代に聖女は1名のみ。聖女が存在している間、新しく覚醒する乙女はいない。この国から聖女がいなくなって久しいので、新たな聖女はいつ現れるのかと心待ちにされていたのだけれど……

 私は診断の結果素質なしだった。同世代で聖なる乙女となったのは3名ほどだっただろうか。素質は生まれながらに持っているもので、その力が7歳までに覚醒しなければその後聖なる乙女となることはないらしい。それから、15歳から18歳までの間に聖女として再び覚醒することがなければ、乙女たちは教会に残って癒しの使い手として奉仕活動を続けるも、教会を出るも自由に選択できるということだった。


 ――聖なる乙女ではなくて、聖女って言っていましたね。しかも、覚醒ではなくて降臨……ということは。


 つまり、現れた少女は、なにかしら理由があって聖なる乙女の認定を受けていなかったのだろう。もしかしたらこの少女は聖女の可能性がある、という噂話を聞いたカタリーナ様は、真偽を確かめるべく飛び出して行かれたのかもしれない。大司祭であるご自分しかできないお仕事、そして待ち望んでいた聖女が現れたとなれば、結婚式どころではない。


「いえ、それは良いんですけど。今の状況も、おおよそ把握できたと思いますし」

「いいのかい? 本当に?」

「なってしまったものは仕方がありません。これもきっと、私の運命だったのでしょうね。エミリオ様は私の運命のお相手ではなかったのですわ」


 ふむ、と呟いた後、司祭様は黙ってしまった。途端に耳が痛いくらいの静寂が訪れる。ついほんの20分ほど前までは、ここはエミリオ様と私の結婚を祝ってくれる人でいっぱいだったのに。なのに今は、誰もいない。

 さすがに両親やお兄様は私に思いを馳せてくれるだろうけれど、今やほとんどの人は120年ぶりに現れたという聖女様に夢中になっているはずだ。そして、私たちの結婚式の披露宴会場になる予定だった王城の大広間は、聖女様の歓迎式の会場へと性急に作り直されている最中だと想像するのは難しくなかった。


 私は、皆が出て行った扉を眺めて改めて考えていた。

 こうして聖女様が現れたのだから、エミリオ様は王令によって聖女様と結婚なさることになるのね、と。



 ここ、ルミノサリア王国には聖女伝説がある。

 その昔、この地は魔族に襲われることが多かった。常に脅威に晒される生活の中で人々は疲弊し、国は乱れ、このままでは崩壊してしまう寸前にまで陥っていた。そこで、人々は助けを求めて神に祈った。そこに現れたのが、神が遣わされた光と癒しの聖女様だった。

 聖女様は光の力を使い、光の盾で国を守り、光の雨で病気や災害を癒し、そして魔族を、暗闇を追い払いこの地に安寧をもたらした。彼女の聖なる行為は、ルミノサリアの国民によって永遠に賛美されることとなった。その後、聖女様は時の王と結婚し、この地を見守り続けてくださったのだという。


 初代聖女様がこの地に降臨されて以降、この国には定期的に聖女が生まれるようになっていた。初代様の生まれ変わりとも、その血を継ぐ乙女とも言われる彼女たちは、誰もが時の王族と結ばれ、この国を栄さえたと伝わっている。それ故、王室には聖女様が現れた時には、王族のだれがしかが聖女と婚姻を結ばなくてはいけないという決まりがあった。

 現在、この国に王子は3人。しかしエミリオ様の兄上である第一王子のルドヴィクス様はもうご結婚なさっていて、王太子妃であるルシア様は第一子を身籠っていらっしゃる。今日も、大きなおなかを愛しそうに撫でながら最前列に座っていらした。そんな状態の王太子妃をルドヴィクス様が手放されるとは思えない。なにせ、第一王子ご夫妻は仲の良い理想の夫婦として国民からの支持も高い。次期国王、時期王妃として強く望まれているご夫妻を、いくら聖女相手であろうと国王様も無理に引き離しはしないだろう。

 そして、第三王子であるリュカ様はまだ3歳。婚約内定者もいない状況なので彼と聖女を結びつけることも不可能ではないが、法律で男子の婚姻可能な年齢は18歳以上となっているから彼が結婚できるようになるまでにはまだ15年以上かかる。それはあまりに長い。聖女のお相手になれるのはエミリオ様だけだ。すぐに私との婚約をなかったことにしたのも当然。宣誓が終わる前でよかった、と今頃しみじみと思っていらっしゃるかもしれない。


 つまり私は、王家のルールに則って聖女様と結婚なさることになるのだろうエミリオ様と王家から、当然というか致し方なくというか、思いはどうであれ捨てられたのだった。

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