第3話

 婚約破棄を突きつけられたはずの私が、どうして花嫁として歓迎されているのか。

 話は2時間ほど前、国王様から婚約破棄を告げられた直後にまで遡る。


 聖女が現れたという報告を受け王族の方々が立ち去った後、その背を追うように続々と参列者は去っていった。

 幾人かの友人は励ましの声をかけてくれけれども、私は上手に言葉を返すことができない。彼女たちも聖女様をお迎えするパーティに出席しなければいけないお家柄である以上、申し訳ないと言いながらもそそくさと帰っていく。

 あれだけ人がいた空間が空っぽになっていく瞬間というのはなんとも虚しい。取り残された私はただ、こちらに憐みのこもった視線を投げつつも、扉へと向き直る時には喜びを隠しきれない表情になる皆を眺めていた。彼らを恨むような気持ちは一切ない。誰もが待ち望んでいた聖女の出現という喜ぶべき事態と、一人の捨てられた娘へのわずかな憐憫。そんなもの比べられるようなものではないと、当事者であってもよく理解できたから。


 これはいわゆる婚約破棄――ではあるけど、この場合私に非はないから、嫁の貰い手がないなどということはないはずだ。

 少々困ったことがあるとすれば、この国では、貴族の子息子女らが通うことになっている学園の卒業直後にそのほとんどが婚約することになっていて、同年代にめぼしい相手がいなさそうだということくらいだろうか。といっても婚約というのは最終確認のようなもので、ある程度の家柄の貴族であれば、その多くがもっと幼いうちから婚約の口約束がされているのが常だ。私自身も、エミリオ様との婚約が内定したのは8歳の時だったと記憶している。


 ――あらら、簡単にはいいお相手は見つからないかしら。


 キツいと思われることの多い少し釣り目気味な金色の瞳と、あまり感情が表に出ない表情のせいで黒薔薇姫なんていう仇名までつけられてるほどだ。特にこの珍しい金の瞳は、魔族を想像させるなどと言って忌避する人もいる。と言われても、生まれつきの瞳の色は変えようがないし、ただの言いがかりで私は間違いなくただの人間だ。

 ずっとエミリオ様の妃になるのだと思って、そうなるべく厳しい教育も受けてきたのだけれど、全部無駄になってしまったようだ。いえ、あの経験自体は無駄ではないだろう。どこに出しても恥ずかしくない振る舞いは出来るようになっている。ならば、やはり結婚相手を探すのは困難ではないかもしれない。

 さて。これから私はどうするべきだろう。まずは、何から?

 ぐるぐると考えている私の前に、お父様とお母様、そしてお兄様が駆け寄ってきた。


「ビー、大丈夫かい?」

「え、ええお兄様、私は――」

「無理はしていないか?」

「お父様、私は大丈夫です。ご心配かけて申し訳ありません」


 心配そうにしてくれるお兄様の目元には、わずかに怒りが潜んでいるように思える。お父様も、その隣でどんな言葉をかけるべきか悩んでいるらしいお母様も痛ましそうな顔をしている。


「あの、それよりもお父様? 聖女様の歓迎会に行かなくてはいけないのでは――」


 言いかけた私の体を、お父様が強く抱きしめる。驚いて目を見開いていると、お母様がハンカチで目元を押さえるのが見えた。崩れ落ちそうになっているお母さまをお兄様が支えている。


「ショックで今はなにも考えられないだろうけれど、億に一の可能性ではあったけれど、こういう事態が起きうると私たちも覚悟はしていたわ。だからビー、自分を責めないでね。貴方に非があるわけではないのだから」

「ええと……」

「なにも不安にならなくて大丈夫だよ、ビー。僕たち家族がついてる」


 ――私、もしかしてショックを受けているのかしら。


 確かに頭が働いていないようではある。先ほどから頭の中を巡っているのはとりとめもないことばかりだ。

 小さく首を傾げた私に「我々も公爵家である以上、王城へ行かないわけにはいかない。が、お前は来なくていい。こんなことになった以上、すぐにエミリオ殿下と顔を合わせるのもお互いに気まずいだろう。ショックも受けているだろう。国王様も、お前の聖女様の歓迎会への欠席を許してくださるはずだ」そう告げたお父様たちも王城へ向かって行ってしまった。


 ポツン、と大聖堂に残されたのは、私……と。


「はーぁ……これは面倒なことになったものだねぇ」


 大きな溜息に驚いて声の方を振り返る。

 ずっと黙っていた司祭様が、じとっとした目で扉を見ていた。

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