第2話

「な……ッ!?」

「聖女様がっ?!」

「ああっ、なんてこと……!」


 どよめきで大聖堂のステンドグラスがびりびりと震える。


「大司祭様の認定も受けております。確かに聖女様です、新しい聖女様が、この国に……!!」


 感極まった様子で報告し終えた途端に泣き崩れる男性。唖然とした表情で立ち尽くすエミリオ様。私の肩を抱く手がどんどん冷えていく。横目で見れば、彼は蒼白になっていた。

 すぐに立ち上がったのは国王様と王妃様で、続いたのは大臣や高位貴族の皆様だった。続いてほぼ全員が立ち上がる。


「聖女はどこに?」


 泣き続けていた男性は、国王さまの問い掛けにまだ溢れ出ている涙を拭って震える声で答えた。


「今、大司祭様と共に王城へと向かわれていらっしゃいます。私は先触れとして早馬で参りました。あと二時間もすればお着きになるかと」

「……聖女の年齢は?」

「18とおっしゃっていました」

「――なるほど。では我々は聖女を迎える準備を即刻始めなければいけないな」


 国王様がこちらを見る。エミリオ様の手が、私の肩から力なく落ちた。


「申し訳ないが、婚姻の儀は中止だ。現時点において我が息子エミリオ・フォルティテュードとベアトリス・イウストリーナの即時婚約解消を宣言する。以上」


 威厳のある声に、聖堂内がまた静かになる。


「……かしこまりました」


 弱々しいエミリオ様の声は、今にも消え入りそうだった。


「ベアトリスも、理解してくれるな」


 拒絶などを認めない響きを持った国王様の言葉に無言で笑みを浮かべ、淑女の礼で応える。そんな私を見た王妃様は、なんとも言えない表情を浮かべて視線を逸らした。お二人はそのまま大聖堂を後にする。


「ビー、僕は……」


 拳を握りしめているエミリオ様は、なにかを堪えているようにも見える。この状況を飲み込み切れていないが、現段階で理解している内容から自分のやらなければいけないことはわかっている、というような葛藤を抱えているような表情に思えた。

 婚姻を結ぶその直前で国王から婚約破棄を命じられたということにも、少なからずショックを受けたのかもしれない。今、彼の頭の中では、様々な感情が入り混じっているのだろう。

 彼が悪いわけではない。今の彼に対して私ができることは、その背中を押すことくらいだった。


「いってらっしゃいませ、エミリオ様。どうか、ご自分のなさるべきことをなさいますよう」

「……ごめん」


 そう言って、悲壮な顔で国王様の後を追ったエミリオ様がこちらを振り返ることはなかった。



 誓約直前での婚約破棄。

 しかも理由は聖女様が現れたから。

 こんなことが私の人生に起きるだなんて、と唖然とした私だったけれど、それから2時間後にはさらに呆気にとられて表情を強張らせるしかなくなっていた。


「ベアトリス様! マクシミリアン様と結婚してくださってありがとうございます!」

「わが主がこんなに愛らしい花嫁が迎えられるとは思っていませんでした。感謝いたします、貴女が女神か……!」

 

 あまりにも想定外の事態に目を白黒させるしかなかった私に、目の前にズラリと並んだ執事やメイド――使用人だと紹介された人たちは満面の笑みを向けてくれている。私は、外から眺めるだけで一度も立ち入ったことのなかったお城で大歓迎を受けていた。

 窓の外に広がっているのは、美しい庭園ではなく一面の晴れ渡った青空。雲の下には、今や聖女を迎えるお祭り騒ぎをしているのだろう王城が見える。しかし、ここはそんな喧騒からは切り離された世界だった。

 なにが起きているのかまたしても理解できず、説明を求めて隣に立っているマクシミリアン様を見上げる。私の視線に気付いた彼は優雅に笑って私へ手を差し伸べて言った。


「ようこそ、天空城アクルエストリアへ。言い忘れていたけれど、私はこの城の主もやらせてもらってる。と、いうことで、あなたは今日からこの城の王妃ともなったわけだ。うん、これからよろしく頼むよ」


 どうやら私は、この国の王子の妻ではなく、天空を統べる王の妻となったようだった。

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