結婚式当日に婚約破棄を告げられた公爵令嬢、即日チートな旦那様と契約結婚させていただきました。

第1話

　――お父様、お母様、今日私は結婚します。

　目の前で大聖堂の荘厳な雰囲気の扉がゆっくりと開いていく。

　少し緊張しながら、私は踏み出す。背筋を伸ばして、正面を見据えて静かに一歩一歩進んでいく。真っすぐに祭壇まで続く道の先に、婚約者であるエミリオ様が穏やかな笑みをたたえて立っている。彼が胸元につけているのは、私の髪に飾られたのと同じ聖なる花リリア。聖女に見守られながら婚姻の誓いを行う。それは、この国の若い娘たちの多くが望むものだった。

　ゆっくりと、両側の席に座る人々からの祝福の視線を感じながらエミリオ様の元へ向かう。私を迎え入れるように軽く両腕を広げてくださった彼の前に立って少し膝を折って屈めば、顔の前に下ろされていた薄いベールが持ち上げられた。

「綺麗だよ、ビー」

「……ありがとうございます、エミリオ様」

　囁く声は甘い。耳が熱くなりそうだ。ふっ、と空気が揺れたような気がして隣を見れば、司祭が口元を緩めていた。

　――あら？

　今日は確か、大司教様が取り持ってくださることになっていたはずだけれど。

　そこに立っていたのは、見たことのない司祭様だった。

　――なにかご都合がお悪くなったのかしら。でも、王家の婚姻の儀式よりも大事なことなんて……

　余計なことを考えそうになった私の耳に、落ち着いた声が飛び込んでくる。

「それでは。これよりルミノサリア王国第二王子、エミリオ・フォルティテュードと、イウストリーナ公爵家長女、ベアトリス・イウストリーナの婚姻の儀を執り行う」

　司祭様の言葉で少しざわめいていた教会内が水を打ったように静まり返る。歌うように司祭様は儀式を続けていく。今日の日を祝い、聖女様のお導きがあることを祈り、そして……

「ではこれより婚姻の宣誓を行う。

　ベアトリス・イウストリーナ、汝はこの男性を夫とし、いかなる苦難に襲われようと、共に手を取り合い、励ましあい、互いを認め、称え合って、永遠に共に歩いていくことを誓いますか？」

「はい」

「それでは、こちらにサインを」

　司祭様から渡された羽根ペンで、宣誓書の妻の欄にサインを入れる。ペンを返す時に目が合った司祭様は優しく微笑んでくださる。

「エミリオ・フォルティテュード、汝はこの女性を妻とし、いかなる苦難に襲われようと、共に手を取り合い、励ましあい、互いを認め、称え合って、永遠に共に歩いていくことを誓いますか？」

　エミリオ様と目が合う。にこりと優しく微笑んだその唇が開いて言葉を紡ごうとした、その時。

「失礼いたします！」

　バンッと大きな音を立てて扉が開いて一人の男性が駆け込んできた。焦った表情で、大量の汗をかいて、息も絶え絶えに訴える。

「式の、即時中止を求めます！」

「何事ですか。神の御前で騒がしいですよ」

　司祭様は少し怪訝そうな声を出された。参列者も皆ざわついている。しかし、その聖職者の身なりをした男性はなおも必死の表情だった。

「婚姻の誓いは、もう終わってしまいましたか」

「それは、今から――」

　戸惑った表情のエミリオ様は、落ち着かせるように私の肩を抱いてくださる。多分ご本人もなにが起きているのかわからずに困惑されているのだろう。ぐっと力のこもる手に、私は手を重ねる。

　視線が合えば少しだけ困ったような笑みをこぼして、視線を元に戻したエミリオ様はその男性に尋ねた。

「国王からも認められた婚姻なのだが……なぜそんなことを言う？」

「……っ」

　男性は息をのむ。興奮のあまり、上手に言葉が出ないようだ。数回の深呼吸の後、彼は聖堂中に響き渡る大声で叫んだ。

「新たな聖女様が、現れました！」