あたし


 目が覚めると、病院のベッドの上に居た。

 

 目を開けた瞬間、天井が視界に入るよりも先に、家族が泣きついてきた。あたしのベッドに縋り、おいおいと泣く両親と、ぐずる弟。三人をどうにかなだめながら事情を聞いたところ、どうやらあたしは交通事故に遭ったらしかった。


 痛み止めのせいで実感が無かったのだけれど、いろんなところの骨を折ったりいろんなところが切れたりしているらしい。見てみると、全身が包帯やらギブスやらでがんじがらめにされていた。あの狭い隙間を通った窮屈な気分が残っていると思ったら、このせいだったようだ。


 あたしはジュースを買いに外に出たときに、信号無視をしたトラックにはねられてしまったうえに、しかもそのまま下敷きになって大けがを負ったそうだ。

 なおも嘆き続ける家族に向かって、生きているならどうにでもなるよと、何故かあたしが彼らを慰める羽目になった。

 

 

 後日、医師から一ヶ月程度の入院が必要だと聞いたときに、あたしはようやく気がついた。


 あの空間に居たあたし達――あたしを狭いトラックの下から外に出すために消えていってくれた29人のあたしは、きっと事故に遭わなければ日を追って順になるはずだった、『未来のあたし』だったのだ。


 制服のあたし、私服ででかけるあたし、パジャマで休むあたし、明日会おうって言ってくれたあたし。

 皆、そのままの姿で会う――いや、『そのあたしになる』ことはもうできなくなった。明日になれば、あたしはあたしの手を握ってくれた「少しおどおどした優しい制服のあたし」ではなく、「骨折二日目のあたし」になるからだ。


 事故に遭わなければいずれ『なる』はずだった未来のあたし達が、自ら消えることであたしを助けてくれた――。


 それはなんとも不思議な感覚だった。

 もっとちゃんとお別れとお礼を言っておくべきだったと思ったが、もはや叶うはずもない。


「ありがとう、みんな」


 それでも、言いたかった。最後まで誰にも言うことができなかった、大事な大事な言葉。あたしは虚空に向かって、そっと呟いた。



 今日は骨折三日目。これから骨にボルトを入れる手術が待っている。

 頭上の点滴に麻酔が混じる。ひんやりとした何かがあたしの身体の内側に行き渡り、あっという間に全身の力が抜けて、瞼が急激に重くなり、抗いようもなく降りていく。


 ゆっくりと沈み込んでいく意識の中で、あたしは考える。

 仕切り屋にだって、率先して行動をすることだって、やろうと思えばできるのだ。やる必要がないと思い込んで、日頃はやっていなかっただけなのだ。


 あのあたし達は、別人ではない。当たり前だけどあたし自身だ。

 次に目を覚ましたときは、どんなあたしになれるだろう。せめて、あたしのために消えていってくれたあたし達に恥じないくらいの人間になれますように。


 そう思いながら、あたしは再び眠りの底へと落ちていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

30人いる! もしくろ @mosikuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ