第39話 本当のアルノ

 姉と妹と違い、冒険者という自由が効く職業に就いたアルノは、姉ルイナから依頼される形でサンディアーノ南部に観測装置を設置しながら、直近の数年間は主にスカフィージャ領内で活動していた。


 彼女の二つ名は『風神』、姉ルイナや妹シズからも言われたアルノのは通常とは一線を画す能力を持っている。


 アルノの特別な風魔法――――勿論、最上位の適性を誇るアルノの風魔法はそれだけでも強力なのだが、ルイナはその延長線上にある特異な能力を風魔法を別区分として、『自然魔法』と称していた。この自然魔法は基本的な風魔法に加えて、植物を操り、それに付随して様々な虫たちを操ることが出来た。


 彼女が絵の才能に富んでいたのも、これら自然魔法を覚える際に色んな植物の絵を描いたことも大きい、今では自然に存在しない未知なる植物を創造しては異空間に収納し、それらを武器として戦うことが出来る。


 それでも、アルノの自然魔法は一番最後に使う奥の手だ。普段は風と雷の魔法を使い、や絶体絶命の危機でしか植物を用いた自然魔法を使わないように決めている。


 虫の操作に関しては系統は全く違うとは言え、似たような能力が使える者も居るので、普段から使っていた。


 ――――――ただ、アルノの場合はそれに加えて卓越した戦闘術を持っているために、今日に至るまで絶体絶命の危機に陥ったことはないのだが・・・・・・


「あ、あのッ!!」

「・・・・・・なに?」


 今現在、アルノは珍しくスカフィージャ辺境伯の領地から離れて、王都までやって来ていた。


 その目的は勿論、アルノを含めた三姉妹が行うを達成するために必要なを入手するための下見である。


 サンディアーノ王国南部で最大の都市であるパーロも大変栄えていたが、王都はそれすらも軽く凌駕する繁栄っぷりをアルノに見せてくれた。


「もしよかったら僕たちのパーティ「失せなさい」――――は、はい・・・・・・」


 石と木材で出来た背の高い建物が所狭しと並び、大通りには何か祭り事や催し物が開かれているかと思うほど、多くのエルフが行き交っていた。


 常に騒がしく喧騒に包まれており、活気が溢れていると言えば聞こえは良いが、アルノはこの様な常に騒がしいのを苦手としていた。


 理想なのは、実家のような静かで平穏な場所である。


「だったら私たち―――――――「だから興味ないの」」


 そんな王都を歩き、アルノは情報収集のために王都にある冒険者ギルドへやって来ていた。一般的な服装をしている王都住民と違い、冒険者ギルドにいるエルフ達は皆、革鎧といった防具を身に着け、腰や背中に己の得手物を携えている。


 そんな彼らはギルドの一階に併設されている酒場の席の端で不機嫌そうに頬杖をついて、何処かうわの空で考え事をしていたアルノに話しかけていた。


(・・・・・・はぁ、やっぱりこの格好じゃ声を掛けられるわ)


 彼ら彼女らがアルノに話しかけてくるのは、自分たちのパーティーに参加しませんか?という勧誘の声だった。


 その中にはアルノの美貌に当てられて冒険者とはまた別のゲスな思惑を持つ者もいるが、彼らが全員アルノに勧誘をしてくるのは、彼女が装備している見事な黒の革鎧といった防具に、首に掲げられている透き通った水色の水晶の様なプレートを見たからだろう。


 下はアイアンから始まる冒険者のランクは、その人物の実力や貢献度に合わせて、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、ミスリル、オリハルコンという風に分けられている。


 そしてこれらランクには、オリハルコン以外はⅤ~Ⅰまでの区分があり、アイアンⅤが一番下であり、ミスリルⅠがオリハルコンを除く最高ランクに位置する。


 強者ひしめく王都の冒険者ギルドであっても、オリハルコン級冒険者は中々お目にかかれない、それこそ、一人で酒場に屯しているのは皆無と言えた。


 だから彼ら彼女らは無謀にもオリハルコン級冒険者であるアルノへ話しかけた訳だ・・・・・・その無謀な勧誘を助長するかのように、アルノは外見だけ見れば、とても人当たりが良さそうな見た目をしている。


 太陽の様な黄金の長い髪を、頭部の高い位置でまとめ上げてポニーテールにしている。左耳にはピアスのような赤いリングのアクセサリーを身に着けており、パッチリ二重の大きな目は人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出していた。


 防具こそ、ピッチリとボディラインが浮かぶ漆黒の革鎧ではあるが、顔立ちを始め全体的に穏やかで優しそうな見た目をしていた。


 ここにもし義父であるタクマが居たら、彼女の態度に目を点にして驚くだろう、彼にとってアルノという娘は三姉妹の中では一番人当たりが良く、友人が多く居るタイプだと勘違いしているはずだ。


(――――――ゴミが)


 それは寧ろ逆であり、家族以外に対して一番冷めた感情を持っているのがアルノだったりする。他二人の姉妹と違い、他人と関わらずに済むソロの冒険者で活動しているのも、その冷めた感情が現れた結果となっている。取り分け異性に対しては人間やエルフ区別なくゴミ同然と考えていた。


 そんな彼女が何故、タクマの前では人当たりが良さそうな性格に偽装しているかと言うと、単純に見た目や普段の言動からして姉や妹も難のある性格をしているからだった。


 アルノより酷くないとはいえ、姉であるルイナも妹であるシズも、他人に対してさほど興味を抱いておらず。邪魔さえしなければ無視する様なスタンスを取っている。


 三姉妹全員が他人に対して興味がない・・・・・・ゴミ同然と思っているとなれば、義父であるタクマが育て方を間違えたと考えて余計な心労が掛かる可能性があった。そう考えたアルノは、素の状態だと人の良さそうな優しい顔立ちをしていたこともあり、タクマの前では人当たりの良い娘として振る舞っていた。


 真実は、三姉妹の中でも一番苛烈な性格をしているのだが。


(はぁ、帰りたい・・・・・・)


 姉のルイナは確かに美しいのだが、切れ長な目というもあってか、何処か冷淡な雰囲気を醸し出しており、妹のシズも似たようなタイプだ。


 一方でアルノは丸型のパッチリとした二重をしている。顔のパーツも綺麗と可愛いが上手く合わさったような顔立ちをしており、姉のルイナ曰く、一番異性からモテるタイプだと言っていた。


 アルノにとって、そんな評価は全然嬉しくないのだが、タクマの前ではを演じていたこともあり、サレドの街では一緒に朝市へ出かけたりと、色々と役得はある。


 ただ、今のように不利益を被る事も多いのだが・・・・・・


 アルノは今すぐ帰りたい気持ちを抑えながら、ギルドに使役している虫達を解き放ち、情報を集めていた。。


 その殆どは、蚊といった周囲に飛んでても不審に思われないものにしている。姉のルイナのようにリアルタイムで視界を共有することは出来ないが、回収した際に、虫達が収集した情報を読み取ることが出来た。


 それに加えて、今、ギルドに解き放っている蚊の特殊能力として、血を吸った相手の直近一週間の記憶を読み取れるというのがある。


 その為に、アルノが放った蚊たちはギルドの職員へ近づいて血を吸い、記憶を盗む、完全記憶能力を持つアルノはそこから一瞬でも重要な情報を読み取ることができれば、後は写しを作成して家族に共有する事が出来る。


「・・・・・・相変わらず不快な感覚ね」


 アルノの腕に乗った蚊を潰すようにパチンと叩く、その行為は他人が見ても特に違和感は無いが、アルノが使役する虫たちは使い魔と違い情報を回収するには殺す必要があった。


 そうやって蚊を潰したところで、ギルドの職員の血を吸って記憶を持って帰ってきた情報がアルノの頭の中に一気に流れ込む。


 一週間分の記憶が数秒で流れ込んだ事により、めまいのようなフラつきを感じるが、一般人であれば発熱してぶっ倒れるレベルなのでこれでもマシなレベルだ。


(・・・・・・ふーん、なるほどね)


 アルノが虫を使って得た幾つかの職員の記憶の一つに、王城へ登城する人物の記憶を引き当てた。


 場面は夜であり、周囲の格好からして舞踏会といった催し物だろうか?


 綺羅びやかな広場でドレスやタキシード衣装を着たエルフ達が、酒の入ったグラスを片手に談笑している。


(父さんが見たら幻滅しそうだなぁ・・・・・・)


 アルノの父であるタクマは、どういう訳か、エルフは清貧の中で生活していると考えているようだった。


 質素倹約とまではいかないにしても、肉食をせず菜食中心とし、森と生きるという意味ではある意味正しいのだが、王都の上流階級ともなれば酒は飲むし、肉は食べないにしても豪勢な魚料理などを食べたりしている。


 変にエルフを神格化している父が見れば、間違いなく幻滅するだろうな・・・・・・と、アルノは思いながら、記憶の中で分かる範囲で地図を脳内で書き出し、ある程度情報を纏める。


「・・・・・・まぁ、貴族じゃ無ければこんなものか」


 得られた情報は少なかったが、元よりそこまで期待していなかったので問題は無い、寧ろ、入手した記憶の中で一瞬だけ見えたターゲットの姿を確認出来ただけでも十分だった。


「ハイエルフの姫君、ね・・・・・・」


 ある程度情報を集め終わり、周囲もざわつき始めたので、アルノはその場を立ち去ることにした。


 そのまま彼女が席を立つと、周囲に集まっていた冒険者達は一斉にアルノが通る道を空け、名残惜しそうにアルノの姿を見続けていた。






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