第38話 人間とエルフと獣人と

 スカフィージャ辺境伯の懐刀、特別騎士であるシズは『六色の騎士』と周囲からは呼ばれている。


 六色は彼女が持つ火・水・土・雷・光・闇の属性であり、シズは卓越した剣技に加えてこれら六属性の魔法をその場の状況に応じて使い分ける。


 彼女が保有する魔力量も無限と思えるほどの圧倒的な量であり、彼女の剣技を恐れて遠距離で戦おうものならば、六属性の広域殲滅魔法が絶え間なく飛んでくる。


 サンディアーノ王国軍では、既にスカフィージャ辺境伯の懐刀であるシズに対して最初から新設する騎士団の団長クラスでの待遇で勧誘を行っている当たり、どれだけ彼女が突出した実力を持つ騎士なのかが分かる。


「ターシャ、馬車を」

「はいッ!!既にご用意しております!!」


 辺境伯の私室を出て、絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、シズは後ろに控えるアルターシャに対して馬車を用意するよう指示をだした。


 それに対して、アルターシャは既に辺境伯の館の入り口に馬車を待機させていると報告する。


 上司であるシズの意図をしっかりと汲み取る・・・・・・昔からその様な事をしていたのならまだしも、彼女は元々スカフィージャ辺境伯の騎士団のトップであった。


 従えるよりも従わせる方が経験としては多いはずなのに、アルターシャは部下として見事な働きをしている。


 シズがタクマと一緒に生活している間にも、上手く騎士団を運営していたようで、廊下を歩きながら渡された書類を見たところ、目立った問題は起きていない様子だった。


「ラズ騎士団長には会いますか?」

「いい」


 辺境伯がシズの為に態々分けた二つの騎士団、シズが団長とし女性だけで構成された第一騎士団の片割れ、男性だけで構成された第二騎士団の団長であるラズは、辺境伯の領地東部の治安維持を担当している。


 東部の国境沿いは同盟国であるラトール王国が存在している為、国境警備の負担は少なく、主に内地に向ける治安警備の比率が高い。


 一方のシズが担当する西部は獣人族の国であるパラスタ連邦と国境が接しているため、主に国境沿いの警備の比率が高かった。


 その為、二つの騎士団はそれぞれの役目を持っており、シズが居ない間はお互いに連携しあってスカフィージャ辺境伯の領地を守護していた。


「オルプス砦に行く、そろそろ獣達が騒ぎ出すわ」

「ハッ!!」


 既に未来が決まったかのようなシズの発言に、アルターシャは疑問を挟む事無く返事をした。


 オルプス砦は、未だ小競り合いを行っているパラスタ連邦の獣人達の動向を見るために建てられた軍事用の砦だ。


 各観測地から丁度良い距離間の場所に建てられており、何か異変があれば駆けつけることが出来るようになっている。


 オルプス砦は紛れもなく、南西国境線における重要拠点となっていた。





「シズ団長、何故今になって獣どもは攻めてくるのでしょう?」


 アルターシャが手配した馬車は、そのままオルプス砦へ向かって出発した。

 狭い馬車はお互いに顔を突き合わせるようになっており、馬車の左奥へ座った。そして後から馬車に乗り込んだアルターシャは対極に位置する右前方へ座る。


 彼女にとって、シズの予測は絶対であり、未だ膠着状態の獣人達が物資やエルフを狙って攻めてくることは確定していた。


 そして馬車もある程度進み、互いに無言の状況でアルターシャはシズからその意図を聞き出すことにした。


「・・・・・・最近、食料の値が高い、調べたら幾つか商人を介して狼人族達が買い漁っている」

「なんと・・・・・・シズ団長は休暇中にその様な事を調べていたのですか」

「・・・・・・知人から聞いた。信用は出来る」


 その情報源は、シズの上2人の姉たちである。


 ルイナが索敵兼観測用の魔法具を作成し、アルノが冒険者として活動する傍らでそれらを設置し、少ない魔力でサンディアーノ南部、タクマが住まう家から数百キロに及ぶ広範囲をリアルタイムで監視することが出来ていた。


 三姉妹の中でも、直近における一番の懸念事項はサンディアーノの南西部に国境を接する獣人族の国・パラスタ連邦の動向だ。


 連邦という名の通り、一つの国として形を成しているものの、その実情は各獣人族がそれぞれ高度な自主権を持った小さな国家の集まりだ。


 そしてスカフィージャ辺境伯の領地はこの中の狼人族と呼ばれる獣人族と国境を接しており、度々略奪や人攫いならぬエルフ攫いが行われていた。


 その理由は単純で、捕まえたエルフたちを使って子供を作り、魔法適性の高い子孫を生み出す為である。


「人はエルフの女を狙い、獣人はエルフの男を狙う・・・・・・獣人となれば私達が出るしか無いですね」


 ボソリと呟くように、エルフ達の間で広まっている言葉を口に出した。


「・・・・・・彼らにとっていちばん重要なのは生み出せる子の数、一年に一度しか子を産めない私達の価値は低い」


 人間たちは、エルフの優れた顔立ちに価値を見出して、女エルフを優先的に捕まえる事が多い。

 それは客が豪商や貴族の男たちが相手であり、その用途は愛人、妾、性奴隷といった需要が高いためだ。


 そレに対し、狼人族を含めた獣人族は人間とは逆で、エルフの優れた遺伝子に価値を見出して、男エルフを優先的に捕まえる・・・・・・寧ろ、彼らの懐事情からすれば、生産性に乏しく維持費が掛かる女エルフは寧ろ邪魔とさえ感じるほどだ。


 その用途は男エルフたちを種馬として運用し、多くの女獣人に孕ませる事が目的だ。純正な獣人に比べて、エルフと獣人のハーフは寿命が三倍近くもあり、魔法適性を持つ者も生まれることがある。


 そして獣人としての素の身体能力も対して下がらないことから、獣人たちは挙って男エルフを狙い、攫おうとして度々越境してくることがある。


 女エルフも価値が無い訳では無いが、土地に恵まれたサンディアーノと違い、パラスタ連邦は農地に適さない荒廃した荒れ地が大半を占めており、食料自給率はかなり悪いとされている。


 そんなところで年に一度しか子を産めない、しかも種族的に孕みにくい女エルフという存在は維持費が高く、コスパが悪いとされていた。


 なのでスカフィージャ騎士団は、第一、第二騎士団で分裂する前からパラスタ連邦と国境を接する南西部を女エルフの部隊が、ラトール王国と国境を接する南東部を男エルフの部隊が担当している。


 近年では、南東部に接するラトール王国と国交を結び、奴隷制度が廃止されたため、現在では最低限の人員を配備して、男エルフの部隊である第二騎士団は領内の治安維持に従事していた。


「しかも今年の試算だと、連邦は大飢饉に陥る可能性が高い、だから警備を厚くする・・・・・・」

「なるほど、納得いきました」


 ただ最近では、シズが騎士団のトップに就いた事もあり、狼人族からの被害は激減している・・・・・・それでも被害がゼロという訳では無いが、一度の越境で村一つが滅ぼされる・・・・・・なんて事は無い。


「・・・・・・獣たちも今回は死にものぐるいで来ると思う、もしかしたら大物も来るかも」


 辺境伯の領地へ略奪を働く狼人族の大半は純正な獣人が多い。


 幾らエルフを捕まえたとしても、その数はまだまだ少なく、種族的な特性から魔法適性が人間よりも低いため、魔法技術も進んでいない。


 その為、獣人たちが攻めてきたとしても、シズ一人で屠れる自信があった・・・・・・慢心をしてはいけないが、遠距離から戦術魔法を数回程度放てば崩壊するはずだ。


(・・・・・・いや、数名は確保しないと)


 一方的に略奪してくる獣人たちに対して、スカフィージャ伯爵は反撃しないのか?と言われれば、しても旨味が無いからやらないと言うだろう。


 サンディアーノ王国は、強力な魔物が蔓延り危険なダンジョンが多く存在するが、その分、自然の恵みは凄まじいものがあり、例え農業をしなくても食料自体を賄うことが出来る。


 荒野が広がるパラスタ連邦と違い、木材も手に入りやすく、山々に囲われていることもあって鉱物資源も潤沢だ・・・・・・これらを鑑みればエルフ側が獣人族の国へ攻め入るメリットは殆無く、昔は攫われた同胞を奪還するという名目で侵攻したりもしていたそうだが、今では専守防衛が基本となっている。


 だからといって、敵軍の大物がやってくるのならば積極的に狙って殲滅しようとする程度には殺意は存在していた。




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