第37話 スカフィージャ辺境伯
サンディアーノ王国南部の貴族を纏め上げる大貴族・スカフィージャ辺境伯は、目の前に立つ美しいエルフの女性を見て、久しく感じていなかった男としての本能を思い出していた。
「おぉ、シズ特別騎士、よく帰ってきた」
「・・・・・・」
南部最大の権力者とも呼べる辺境伯に対し、これほど不遜な態度を取れるのもそう多くはない、普通であれば不敬罪としてしょっぴけるのだが、それを暗に脅した所で彼女には全く効かない事を辺境伯は知っていた。
(ううむ、この世で最も美しい女性は王族であるハイエルフの姫君たちかと思っていたのだが、彼女はそれら姫君たちにも引けをとらんな・・・・・・)
手で顎を擦りながら、周囲でも圧倒的な存在感を放つ己の騎士を見て、辺境伯は小さく唸った。
この世で最も高貴な者は誰か?と問われれば、サンディアーノの王国民達は皆が口を揃えて王族であるハイエルフと言うだろう。
彼らは千年を生きるエルフの更に倍の長い時を生き、神の造形物とまで称される美貌に、魔法に秀でるエルフ以上に優れた魔法の才能を持っている。
辺境伯は王国でも指折りの権力者だ。勿論、王都の社交場において、何度かハイエルフをこの目で見たことがある。
それでも地方を取り仕切る貴族でしか無いため、直接的な謁見はしたことがないが、多くの貴族たちが集う社交場において、圧倒的なオーラは流石この世で最も高貴なる種族と言われるだけあった。
それでも、辺境伯の目の前に居るエルフの騎士は、それらハイエルフの姫君たちにも見劣りしない美しさを持っていた。
それだけに留まらず。全てを見通す戦術眼に加えて本人の剣の技量も凄まじいときた。これで複数の属性の多種多様な魔法にも長けており、魔法においても辺境伯が雇っているどんな魔法使いよりも優れている事から、神に最も愛されている者は誰か?と問われれば、真っ先にシズの名を挙げるほど、辺境伯は彼女を高く評価していた。
もし良ければ自分の息子の正室に――――と、本気で考えるほどに彼女は優れた美貌と才能を有しており、人間たちに捉えられていた元奴隷とはいえ、これほどまで優秀であれば例え正室という待遇であっても親族は一同、全会一致で納得するレベルだ。
「・・・・・・まぁ、君が居なかった間に特に問題が起きた訳じゃないが、南西部の国境沿いはいつも通りキナ臭い、以前と同様に警戒に当たってくれ」
「(コクリ)」
辺境伯の言葉に対して、シズは小さく頷く、聞けば彼女は喋れない訳では無いが、基本的に他者と喋ろうとしない、特にそれは異性であれば特に顕著であった。
その理由は分からない、元奴隷だったという経歴が関係しているかもしれないが、話を聞けば彼女はそういう目的の奴隷では無かったという。
それでも奴隷というのは等しく人権が無く、それが人間の国であれば更に扱いは酷いものになるだろう。直接的な事が無くても、異性に対して不信感を募らせている可能性は十分にあった。
全ては辺境伯の勝手な予想ではあるが、この手の問題は非常にデリケートであることを知っているし、対処を間違えれば彼女の不興を買って当代の英雄を見す見す逃してしまう恐れがある。
その為、辺境伯は彼女が保有する騎士や身辺を任せる相手を全て女性にしており、最大限の便宜を図っている。
そんな辺境伯の努力のおかげか、今のところ直接的な会話は皆無であるが、今もこうやって他貴族へ引き抜かれること無く、良好な関係を築いていた。
「それではアルターシャ、シズ特別騎士を頼んだぞ?」
「ハッ、お任せあれ!!」
辺境伯の言葉に答えたのは、シズの前任の騎士団長であるアルターシャだった。
まるで燃えるような赤い髪が特徴的な彼女は、シズが辺境伯の下へやってくる前まで、騎士団のトップをしていた優秀な人物になる。
人間の国と違い、エルフは人口が少ない為に女性士官も結構な数が居る。
身体能力的な格差も、身体強化魔法で差を埋めることは簡単であり、男性と女性で分けて騎士団を新たに編成できたのも、エルフの国特有の事情があった。
そしてアルターシャはシズをトップとするスカフィージャ第一騎士団の副団長となり、彼女が不在の間もしっかりと騎士団を取りまとめてくれていた。
「団長、荷物をお持ちします!!」
「ん」
・・・・・・ただ、辺境伯が懸念するのは、アルターシャがシズに深く心酔してしまったことだった。
それまで気高く、女性でありながら頼もしいとさえ感じた元騎士団長は、今じゃ現騎士団長の召使い・・・・・・いや、飼い主にとても懐いた犬のようになっていた。
それに対して、現騎士団長であるシズも小さく返事をすると、アルターシャの赤い髪をワシャワシャと撫でる当たり、彼女自身、アルターシャを可愛らしい犬のように扱っているようだった。
・・・・・・そして、そんな扱いを受けているアルターシャ本人も、殊更喜んでいる当たり、2人が私室から退室した後、辺境伯は部屋に居る召使いたちの視線を気にすること無く深いため息をついた。
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