第35話 余生の過ごし方

 サンディアーノでの新生活はタクマが何か家事をすることがなく、多くの作業がルイナが作成したゴーレム達によって行われている。


 畑の管理は勿論、周辺に住む動物や魔物が近づいてこないように警備をしており、週に一度のペースで立派なイノシシを狩ってきたりと、農作業をすることも家事をすることも無く、ただボーっと過ごしていた。


「お父さん、このお話すっごく面白いよ!!」

「全部を自分で考えたお話じゃないんだけどね」


 春の陽気が心地良い季節、暇を持て余したタクマは前世の記憶を頼りに物語を書いていた。


 すでにタクマは40歳を迎えており、重労働は一苦労する身体になったことで身辺のお世話も半ば強引にアルノがやってくれるので、一日の大半は自由時間となっている。


 最初の頃は姉妹達と他愛もない話をしたり、絵を描いたりしていたのだが、それも次第に飽きてきたので、今は小説のような物を執筆していた。


 前世の記憶と言っても、既に何十年も前に見たお話だ。記憶もあやふやで大まかなストーリーすら思い出すのに一苦労するが、所々タクマ自身のセンスも混ぜて、出来上がった物語はちゃんと形となっている。


「ここの文が少しおかしいかな?同じ意味が連続で続いているよ」

「あぁ、本当だ・・・・・・」


 昔はタクマが文字書きや計算を教えていたのだが、三姉妹がおとなになった今では逆にタクマが教えてもらう立場となっていた。


 しかも、勉強が苦手なアルノに教えてもらうとはなぁ・・・・・・と、時の流れをしみじみと感じつつも、アルノの指摘は正しく、色々と校閲してもらいながら、タクマは一つの本を作り上げた。


「写しは私が作っておくよ~、出来上がったらお姉ちゃんとシズに送っておくね」

「うん、お願いするよ」


 サンディアーノ南部の大都市・パーロで買い揃えた高級紙をふんだんに使用し、なめらかな肌触りの表紙を付けて完成する。


『幻想戦記』そう表紙に書かれた本の表には、色彩豊かな見事な絵が書かれており、数枚パラパラとページを捲ると、恐ろしいほど緻密に描かれた挿絵が見えてくる。


「でも写しを作るのは大変じゃない?」

「挿絵は描かないし、文章も既に出来上がっているからそこまでじゃないよ~」


 オリジナル、原本とよばれる初めて出来上がった本には、三姉妹で一番美術センスのあるアルノが気合を入れて描いた見事な絵が挿絵となっているが、ルイナやシズに渡す用の写本にはそれら絵は存在しない。


 表紙絵もフルカラーではなく、白と黒のモノクロであり、絵自体も少し簡素化されている。ただ文章はオリジナルと同じなので問題ないとアルノは語った。


「でも売りに出すの?素人が作ったお話だけど」

「でもすっごく面白いよ?私は色んな人に見てもらいたいけどな―」


 オリジナルは家にあるしね、とボソリと呟いて、アルノはタクマが前世の記憶を頼りに作った幻想戦記という小説を売りに出そうと考えていた。


 売りに出す・・・・・・といっても、この世界では娯楽本は普及していないので、一部商人や貴族向けに販売したいとアルノは語る。


 アルノは既に王国全土にその名が広がる一流の冒険者だ。その人物が持つ愛読書となれば、それだけで売れるみたいだ。


 それでいいのか?とタクマは思ったが、折角時間を掛けて作ったので他の人に見てもらいたいという気持ちはある。物語に出てくる要素は前世にあった作品から色々とインスピレーションを受けているが、ストーリーの根幹自体はオリジナルだ。


「壊れないようにお姉ちゃんに保護魔法を掛けてもらわないと・・・・・・それは来月でもいっか」

「そう言えばルイナがそろそろ帰ってくるんだよね、元気にしてるかな?」


 アルノと一緒に一冊の本を作り上げたタクマは、来月には長女のルイナが家に帰ってくる事を思い出した。


 ルイナは南部の大都市・パーロにある魔法学校で教員兼研究者をやっているそうで、最近では煮込み料理が早く作れる魔法を作り上げたという。


 昔に比べて随分と可愛らしい魔法を開発しているんだなーと思いつつも、最近ではルイナの名も広がったようで、一年前の時点で既に王国内で最高の教育機関である王都の魔法学校へ誘われているようだ。


 地方の魔法学校の教員からすれば、王都の魔法学校への移籍は大変名誉な事であり、誘われた本人だけでなく、その人物の授業を受けた学生や学校自体の格が上がるほどの大変名誉な事だった。


 それでも未だ断っているのは、王都で働くことになれば家に帰るのは難しくなるからだという。


 少なくとも、タクマが生きている間は南部から動くつもりは無いと言ってくれた事に対して、タクマは嬉しさ半分申し訳なさ半分の気持ちで、ルイナの思いを受け止めた。






「ルイナ教授ッ!!」


 タタタっと小走りで、エルフの少女がルイナの下へ駆け寄ってきた。

 巨大で分厚い本を両手に抱え、暗めな服装に丸メガネを掛けていかにも地味そうな見た目をしているが、元が見た目麗しいエルフなので、その少女も一目を惹くほどに大変美しかった。


 それでも、少女が呼び止めた相手、今や王都にすらその名を轟かせるパーロ魔法学校の教員であるルイナは見た目麗しいエルフ達の中でも一線を画す程、神がかった美貌を誇っていた。


 まるで太陽を彷彿とさせるような美しい黄金の髪に、淫魔すら裸足で逃げてしまいそうなほど、異性を魅了する抜群のプロポーション。


 どんな優れた画家であっても、彼女の魅力を引き出せないと諦めるほどの整った顔立ちは、性に対して興味が薄いエルフの男たちであっても一瞬にして色めき立つ程、ルイナというエルフの女性は構内で有名なエルフであった。


「どうしたの?アレッサ」


 ルイナからアレッサと呼ばれた少女は、彼女の研究室で手伝いをする大学院生である。


 魔法薬に精通するアレッサは、既に卒業に必要な単位と論文を提出し終えているが、彼女が卒業を迎えた年にルイナがやって来た。


 彼女に学歴と呼べる物はなかったが、それでも圧倒的な魔法の才能に加えて、幾つものオリジナル魔法を開発しており、魔術にも精通している。


 しかも、妹にはあの『風神』と人々から呼ばれ、彗星の如く現れて、瞬く間に冒険者の最高位であるオリハルコン級冒険者になったアルノに、一番下の妹は南部貴族を束ねるスカフィージャ辺境伯の下で類稀なる指揮を発揮する特別騎士シズが居るのだという。


 まさに神が遣わせし天才と呼ぶにも烏滸がましい程の才能を誇った三姉妹は、今では南部地方のみならず。王都にすらその名が伝わっているらしい。


 そんな彼女にアレッサは話をかける。


「あ、あの!!ルイナ教授は夏季休暇はどうなされるのでしょうか!?」


 同性すら魅了する微笑みを向けられて、一瞬顔をも赤くするアレッサだが、気を取り直して来週から始まる夏休みをどう過ごすのか聞いた。


 二ヶ月近くあるパーロ魔法学校の夏休みは、学生はそれぞれ思い思いに過ごし、中には国を出てちょっとした旅に出る・・・・・・という学生もいるそうだ。


 それは学校で働く教授達も例外ではなく、一部を除けば、研究に必要な薬草を採取しに現地へ向かったり、夏休み中、研究室に籠りっぱなしだったりと、色々ある。


 そんな中で、学生たちの間で一番の興味事と言えば、やはりルイナの夏季休暇の過ごし方だろう。


 一部の男子生徒は彼女がどう夏を過ごすのかと情報集めに躍起になっており、それは男子のみならず。女子達も変わらない。


 全校生徒が彼女の動向に注目している・・・・・・といっても過言では無いほど、人気のあるルイナに同じ研究室で働くアレッサは遠回りせずに単刀直入に聞いた。


「私は半年ぐらい実家に帰るわよ?ちょっとした休暇ね」

「えっ!?!?」


 んー、とルイナは綺麗という顔立ちでありながら、非常に可愛らしい仕草で悩みつつ、アレッサの問いに対してシンプルにそう答える。


 実家へ帰る。それはアレッサのような学生だけなく、教授たちも度々長期休暇の合間を縫って帰ることはそう珍しくない。


 ただ以外に思ったのは、普段から常に研究熱心であり、プライベートな時間でも一切遊びに出かけずにずっと研究をしている彼女が、半年も実家へ戻る事が意外だと感じたからだ。


 元々、ルイナが定期的に休みを貰っていることをアレッサは知っている。一年ずっと働いて、半年休む・・・・・・そんな変則的な日程が許されているのは、単純に彼女が学校を代表する魔法使いだからだ。


 基本的に授業すらも研究をやりたい、という理由で最低限に留める彼女が半年もの間、実家で休むのは考えられないと思い、アレッサは思わず戸惑いの声が出てしまった。


 しかも最近では王都の学校に誘われているという噂もある。研究も大詰めを迎えており、今回は流石に休まないんじゃないか?・・・・・・と思った矢先のことだった。


「そんなに私が実家に帰るのが不思議?」

「・・・・・・はい、教授は夏の間、研究を続けるかと思いましたので」


 アレッサの周りでは、今年こそルイナ教授を学校主催の行事であるサマーキャンプに招待するんだ!!と息巻いていたが、実家に帰るとなればその願いが叶うことはまず無いだろう。


「教授は去年も半年ぐらい学校を離れていましたよね?ご両親は体調が優れなかったりするんでしょうか?」

「そんな事は無いけど、いつも働いている分、纏めて休みを取りたい質なのよ」


 ルイナの言葉にアレッサはなるほど、と相槌を打つと、彼女がいつもとは違う本を持っていることに気がついた。


「教授、その本は何でしょうか?」


 普段、ルイナは希少な魔術本や自分で執筆した研究レポートを手に持っているが、今、彼女が手に持っていたのは美しい絵が書かれた分厚い本だった。


 表紙を見れば『幻想戦記』と呼ばれる。絶対に学術的な類ではないタイトルの本を持っており、アレッサは不思議に思った。


「あぁ、これは・・・・・・お父さんが執筆してくれた本なの、今朝、実家から届いたわ」

「教授のお父様は小説家なのですか?」


 若くして大魔法使いに匹敵するとさえ言われる程の知識を持つ彼女の両親としては、少し意外な仕事をしているもんだな、とアレッサは思った。


 てっきり、教授の両親は高名な研究者だったり、俗世に関わらないような賢者だったりと想像していたのだが、娯楽本を執筆している辺り、生活に困らない程度に裕福な普通のご両親だと思われた。


 そんなアレッサの考えに、アハハとルイナは小さく笑うと、昔は商人をしており、今は引退して小説を書いているのだと教えてくれた。


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