第29話 甘えん坊の長女

「甘えん坊が2人に増えた・・・・・・」


 そうタクマが呟いた場所は、サレドの街から少し離れた人気のない洞窟の中に居た。タクマはそこまでの道中をルイナにお姫様抱っこをされる形で連れてこられ、到着から早一時間、シズとルイナから抱きつかれて、街に残っているアルノの合流を待っていた。


 シズはまだ分かる。普段からべったりとくっついてくる甘えん坊は、タクマの胡座あぐらの上に座ることを至上としており、今現在もタクマの膝の上で機嫌良さげに寛いでいた。


 ただいつもと違うのは、胡座あぐらをかいているタクマの背中から、まるであすなろ抱きのように、後ろからそっと抱きついてくるルイナだ。普段であれば、タクマの横に座って読書をすることはあれど、シズのようにべったりと抱きついてくることは殆どない。


 先程の一件もあってか、ルイナまで甘えん坊の気が感染ったようだった。


 少し肌寒い洞窟の中で、タクマ達は街に残っているアルノを待っていた。タクマが直接聞いていた訳じゃないが、一緒に居たルイナ曰く、やることがあるのだという。


(・・・・・・危ないことをしてないといいけど)


 2人に抱きつかれながら、タクマは未だ戻ってこないアルノを心配していた。三姉妹とも、優れた魔法使いであり、優れた冒険者でもある。


 三人とも得意分野こそ違えど、体術、剣術、弓術といった武術をしっかりと修めており、その道の達人にも引けを取らない実力を持っている。


 なので、タクマが心配することはむしろ侮辱になるのだが、それでも心配するのは親の性というべきか、念話によって今コチラに向かっているとルイナから話を聞いても直接アルノの顔を見るまでは安心できなかった。


「やっぱり、あの人死んじゃったのかな?」

「アルノが撃ち抜きましたから、間違いないでしょう」


 そしてタクマの脳裏に思い浮かぶのは、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた偉そうな雰囲気を漂わせていた王都の騎士団の男。


 話し方は随分と横暴でいけ好かない相手ではあったが、流石に死んだとなれば、少し憐れみも浮かんでくる。


 下手人は次女のアルノだとルイナは語った。その話し方は決して彼女へ責任を擦り付けるようなものではなかったが、他人事のようにルイナは喋る。


「私もアルノも、シズだって好きで人を殺したい訳ではありません・・・・・・ですが、お父さんや妹達が危機に晒されるとなれば、一切の躊躇いはありません」

「・・・・・・うん」


 平和な世界だった前世と違い、この世界は一歩街の外へ足を踏み出せば死ぬ可能性がある危険な世界だ。魔力を取り込んで凶暴になった魔物たちは勿論、ならず者といった人間たちが森の奥に隠れ住んでいたりと、危険はそこら中に存在している。


 今、タクマ達が休んでいる洞窟だって、ルイナの防衛魔術が施されていなければ危険な場所なのは間違いない。


「それにしても、くっつきすぎじゃない?」

「そうですか?」


 嫌な考えを振り払うように、タクマは自身の背中に感じる感触に関してその原因となるルイナに話しかけた。


「ちょっとさ、年頃の女の子がベタベタくっつくのは良くないと思うよ?」

「私達は家族ですし、問題無いのでは?そんな事を言うなら、常日頃からお父さんに抱きついているシズはどうするのです?」


 ニコニコと楽しそうに笑みを浮かべながら、ルイナはシズには無いあるモノを意図的に押し付けてくる。


 ふにょん、というには生易しい質量の二つの大きな果実がタクマの背中に押し付けられ、そのままルイナは顔を近づけてタクマに頬ずりを仕掛けてくる。

 その際に受ける背中の感触や、ルイナの匂いによってピクリと反応するのは、男としてよりも親としての気まずさによるものだ。


 いつもべったりとくっついてくるシズはまだいい、彼女は良くも悪くも三姉妹の中で一番成長が遅く、上2人の姉と違い、その果実は随分と慎ましい。


 むしろ、この世界の平均に照らし合わせてみても、ルイナとアルノは物凄い大きな2つの果実を持っている。アルノはまだ常識の範囲内だが、ルイナに関してはぶかぶかなローブの上でもハッキリと分かるほどの大きさだ。


 なのでシズに抱きつかれるのとルイナに抱きつかれるのでは訳が違う・・・・・・タクマはこれらサイズによる貴賤はないと思っているが、反応してしまうのは仕方がない。


 それに加えてルイナはワザとやっている節がタクマと交わした言動から感じられた。フフンと己が持つ武器を固持するように、グイグイと積極的に押し付けられるとなればタクマとしてはたまったものではない。


 長年、ずっと一緒に暮らしていたとはいえ、集めた知識の中には知識も含まれていたのだろう、異性の義理の娘ということもあり、少し情操教育観点でタクマは育て方を間違えたのかもしれない。


 そうタクマが後悔をしていると―――――


「ッツ!?!?」

「・・・・・・すけべ」


 もやもやした気持ちを払うように、鋭い痛みがタクマを襲う・・・・・・その原因は胡座の上に居たシズがジトリと半目にしてタクマを見ながら、内太腿の部分を軽く抓っていた。


「い、いや・・・・・・お父さんは悪くなくない?」

「娘相手にいやらしい妄想をしてる。大罪人」


 確かに反応はしたが、劣情は催していないと弁明したいところだったが・・・・・・不機嫌になってしまったシズはツーンとそっぽを向いてタクマの話を聞かなくなり、一方のルイナは2人のやり取りを見て楽しそうに笑っていた。


「戻ったよ―!!・・・・・・って、何やってるの?」


 そんな他愛のないやり取りをしていたら、洞窟の入口に馬を連れたアルノが不思議そうな表情を浮かべて立っていた。


 馬の後ろには街で購入した食料が積み込まれた荷車もあり、アルノは街を出る際に回収してきたみたいだ。


「大丈夫だった?」

「うん、ただ馬と荷車を回収しにいっただけだから」


 もしかすれば、危害を加えてきた騎士団達に報復しにいったんじゃないかと考えていたタクマは、それが杞憂だった事に安堵した。


 前世に比べて厳しい世界、死生観も全然違うこの世の中において、大切な人を護るために他者を殺めるというのはそう悪いことではない。


 だからといって、親心としては簡単に他者を殺めて欲しくないのが本音だ。甘っちょろい・・・・・・といえばそれまでなのだが、娘たちには平和で幸せな人生を送って欲しいという考えがタクマにはあった。


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