第28話 悪魔のプレゼント

 ギリリ......と、まるでロゼの顎を砕かんとばかりに手に力を込める相手に対して、ロゼは何も対抗出来なかった。


 顔は確認できないが、フーッフーッと激しく息をしているあたり、今、ロゼの目の前にいる女性は激情に駆られて下手に抵抗して刺激した場合、そのままロゼの頭部が粉々に破壊される恐れがあった。


 だからといって、対話へと持ち込もうにも、口元を押さえつけられている状態だと喋ることも出来ないので、ロゼはただ女性が落ち着くまでの間、ずっと耐えることにした。





 無心で耐え続けたお陰か、女性は徐々に落ち着きを取り戻し、先程と同じようにロゼに話を聞かせるように喋り始めた。


 それは一人の男性との出会いに関する話だった。彼女いわく、自分は生まれは恵まれていなかった事、元々、人攫いに捕まって奴隷として売り飛ばされた事。


 ただ女性は自他ともに認めるほどの優れた容姿を持っていたため、とある貴族に売られて、将来的には側室や妾としてある人物に教育されることになったそうだ。


 最初こそ、女性はその人物に対して不満を持っていたらしい、結局、男であるために外面は良くても不浄な考えを抱いているだろうと。


 そこまで聞けば、ただ顔の整った少女が人攫いに連れられて奴隷となった・・・・・・という不幸話で済むのだが、そこから話が変わってきた。


 最初こそ、その男性に対して不信の念を募らせていたのだが、十数年と長い時を一緒に過ごした結果、赤の他人だった2人は本当の家族となり、自分の命より大切なものが出来た・・・・・・と、女性は楽しい思い出すように語った。


 その口調は、一方的にロゼを押さえつけている乱暴な人物とは到底思えない優しい口調であり、声を聞くだけなら、ただ惚気話を聞いているだけのようだった。


 ただその優しい口調も急に変わる。


「やっと・・・・・・やっと私達の計画が進んで、後は幾つかのアイテムと人柱が揃えば願いは成就するのに、今日の一件でそれが水の泡になるとこだった」

(計画?願い?)


 彼女が喋る内容の殆どはロゼに分からない、ただ分かる事は、その願いがロゼ達の横槍によって水の泡となり、無に帰する可能性があったという事だった。


「別に貴方は悪くないわよ?状況的に貴方は関係ないし、むしろ抑えている側だったし・・・・・・でもね、貴方の部下によって私達の計画が消える寸前だったのよ?」

(やっぱり!!・・・・・・あの馬鹿っ!!)


 貴方の部下、そして現場の状況からして、ロゼの目の前に居る女性の計画の邪魔をしたのは間違いなく副隊長のバーンだったようだ。


 すでに彼は死んでおり、死者を罵る趣味はロゼには無いのだが、この場においてロゼは思わず彼の仕出かした蛮行に対して思わず毒突いた。


 相手は急に人格が変わるかのような危険な人物だ。加えて自分がまともに抵抗すら出来ない実力者となれば、どれだけ恐ろしいことが分かるだろう。


「でも安心して?貴方を殺すつもりはないよ、というより迷惑を掛けた謝罪と忠告を言いに来ただけだから」

(謝罪と忠告?)


 ロゼは、彼女の目的が一つも分からなかった。言葉にすれば簡単なのだが、謝罪をするなら無理やり押さえつける必要もないし、忠告だって既にロゼの部隊は半壊して抵抗すら出来ない。


 態々、忠告しなくても女性の実力であればロゼや部下たち全員を殺してしまったほうが早いし楽だろう。


 何故そんな回りくどいことを?そう聞こうと掴む手が緩んだ女性の手をパシパシと軽く叩いて話し合おう、と合図を送った。


「あ、でも貴方の話を聞く気はないからね?」

(!?!?!?!?)


 やっと会話が出来る。彼女の纏う雰囲気からそう感じ取ったロゼは、ホッと気持ちが緩んだ次の瞬間、ブチュッ、と何かが潰れるような嫌な音が聞こえた。


 それと同時にロゼの視界は急に途切れて強烈な痛みが襲ってくる。


(目、私の目が!?!?!?)


 何気ないといった様子で、女性はロゼの両目を潰したのだ。


 それを知覚したときには、既にロゼは言葉にならない程の絶叫を口元で上げており、激しい痛みによって涎が手から漏れ出るほどに溢れてきた。


「ごめんねー?痛覚を遮断する精神魔法とか覚えてないからさ、お姉ちゃんなら痛み無しで出来たんだろうけど・・・・・・まぁ、それでも人間如きに使わないか」


 そう言いながら女性はロゼの潰れた目の部分を掻き回すように弄くる。そこに遠慮という2文字は存在せず。拷問にしてもやり過ぎな所業をただ平然と行っていた。


 あーでもないこーでもないと言いながら、潰れた眼球部分をほじくり回して何かをしている。激痛、吐き気といった感覚がロゼを支配し、そのまま痛みで死ぬんじゃないかとすら思えた。


「お、出来た」


 そんな地獄を数分の間味わっていると、突如として脳内にピリッと今まで感じたことのない感覚が脳内を過ぎ去る。


 未だ激しい痛みは伴うものの、真っ暗だった視界は白い靄のような映像に移り変わり、次第とその靄も取り払われて女性の顔を確認することが出来た。


「え、えるふ・・・・・・?」

「お、成功したね、よかったよかった」


 潰されたはずの眼球はどうしたのか?何故再び自分の視界が戻ったかは分からない、ただ言えることは――――――


「凄い、なにこれ・・・・・・」

「ロゼちゃん目悪かったでしょ?これは迷惑料だよ」


 今まで感じたことのないクリアな視界、ぼんやりとしていた輪郭はハッキリと別れており、まるで別世界を見ているように感じた。


 加えて、青白い粒子のような物がロゼの目の前に居る女性から絶え間なく放出されており、その粒子を今までの感覚に照り合わせてみると。


「魔力?」

「そう、魔力が見えるようになる特別な眼・・・・・・まぁ、私が作ったんじゃないけどさ」


 それまでロゼは魔力を肌で感じるように知覚していた。強烈な魔力というのはピリピリと肌を突き刺すような感覚があり、敵が魔法を行使する際にはこの感覚を用いて避けたりしている。


 魔力感知というスキルは高度な戦闘において必須すきるであり、魔法を扱う魔術師や魔物は勿論、優秀な近接職であっても身体強化魔法を使ってくるので、視覚的に魔力が見えるというアドバンテージは計り知れない。


「でも何故?」

「だからお詫びだよ、どうせこの後貴方って王都で詰問されて降格処分とか受けるでしょ?」


 確かにその通りではあるが、お詫びと言われても喜びよりも疑いが先に来てしまう・・・・・・相手は他者を殺すことに躊躇いのない亜人――――エルフとなれば、何か裏があるだろうと勘ぐってしまった。


 そんな疑いの目で見てくるロゼに対して、女性はぷくーっと頬を膨らまして可愛らしく不満げな表情を浮かべた。


 同性であるロゼでさえ魅了するその顔立ちは、流石、エルフというべきか。先程の所業さえ無ければ、思わず顔を赤らめて惚れていたかもしれない魅力を秘めていた。


 それでも、彼女は悪魔であることに変わりなかった。


「あ、でも私のことを誰かに喋ったりするとその眼、爆発するからね?お姉ちゃん曰く、そこら辺の条件は厳しいみたいだから注意して」

「えっ?」


 彼女はただ何気ないといった様子で恐ろしいことを言ってきた。「決して私達の事を喋らないように」と・・・・・・

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