第26話 人間砲弾

 王都の騎士団による、一方的な蹂躙が開始されようとしたところで、隊長格の男のこめかみをまるで拳銃の弾丸のような物が貫いた。


 その一撃に音はなく、ただドスッと鈍く突き刺さる音だけが聞こえ、視覚外からの強襲に男はまるで操り人形の糸が切れたかのように力なく地面に崩れ落ちた。


「バーン副隊長!!」


 その場で崩れ落ちた男を見て、後ろに立っていた騎士団の兵たちは目を大きく開いて、頭から血を流すバーンと呼ばれる男の下へ寄って抱きかかえる。


「な、何が!?」


 場の中心となっていた男が突如として死んだことで、騎士団の兵士のみならず警備隊の兵士も酷く動揺していた。


 一体誰が攻撃を仕掛けたのか、頻りに周囲を見渡してみるものの、周囲には誰も居ない――――――


 ――――――そう思っていたところだった。


「あぁ、お父様・・・・・・頬に傷が」

「ル、ルイナ?」


 周囲が混乱に陥っている中で、タクマが自然と瞬きをした次の瞬間、何もない場所からいきなりルイナが現れた。


「お父様って何?」


 普段であれば、ルイナもアルノもシズも全員がタクマの事をお父さんと呼ぶ。アルノに関しては小さい頃はお父ちゃんと呼んでくれていたのだが、今ではお父さんで統一されていた。


 それなのに今のルイナはタクマのことをお父様、と呼んでいる。気が動転しているせいなのかは分からないが、呼び方が変わっていた。


「問題ないよ?ルイナ、大怪我をした訳じゃないからさ」

「そういう問題ではありません、お父様が危険に陥った事が問題なのです」


 周囲に居る兵士たちよりも明らかに動揺しているルイナを落ち着かせようと、タクマ優しく話しかけるが、ルイナは手に持っていた綺麗な布で血を拭き取り、傷跡をなぞるように回復魔法を唱えた。


 ほんわりとルイナの指先から優しい光が浮かび上がり、切り傷となっていた部分を一瞬にして癒やす。回復魔法は数多ある魔法の中でも特に難易度の高い魔法と言われており、術者本人に適性が必要なのは勿論、膨大な魔力と高度な知識を必要とする。


 普通であれば、回復魔法は相応の道具と術者が集中出来る場所が必要となり、ゲームのようにその場で回復魔法を唱えて傷を癒やす・・・・・・というのは不可能だ。


「凄い、準備無しで回復魔法を使えるなんて・・・・・・」


 ただそれは人間の常識であり、エルフであるルイナにはその常識は通用しないようだった。特別な道具や場所も必要とせず。ただ手を翳しただけで回復魔法を唱え、タクマの傷を癒やした。


 本来であれば、公衆の面前でこの様な事をルイナはやらないだろう・・・・・・まず間違いなく騒ぎになるし、回復魔法の使い手ということで他者から狙われる可能性もあるからだ。


 それほどまでに、優れた回復魔法の使い手というのは貴重で、時にはエルフという名以上に重要視されることも有り得た。そんな中でルイナは公衆の面前でタクマに回復魔法を使用した・・・・・・これは彼女がどれだけ動揺していたのかが分かる。


「お、お前は誰だ!!」


 流石、騎士団と言うべきか、上司であるバーンが死んだ事実からすぐに回復して現場が再度騒ぎ始めたところ、一番最初に争点になったのは突如現れたルイナだった。


 ルイナは全身を地味な外套で身を包み、頭にはフードも被っているので姿を確認することが出来ない、加えて現場に突如として現れた事もあって、ルイナはバーンを殺害した容疑者として騎士団の兵士達から真っ先に疑われた。


 複数の兵士たちから剣を向けられ、敵意に晒されるが、ルイナはそんな事を意にも介さずに、他に怪我は無いかとタクマにペタペタと触れていた。


 その雰囲気はまるで子供を心配する母親に似ている。


「貴様ッ、我らを無視するかッ!!」


 タクマばかり見て、他全員を無視しているルイナに騎士団の一人が激高して剣を向ける。


 それは上司が殺された恨みなのか、ただ居ないものと扱われてプライドが刺激されたのかは定かではないが、一度剣を抜いたとなれば彼らに躊躇いは無かった。


「へぐっ!?」


 それでも無視を決め込むルイナに、騎士団の男たちは警備隊の人間を無視して一斉に斬り掛かった。


 ・・・・・・その瞬間、街の方からまるで巨大な質量を持つ砲弾が飛んでくるように、物凄いスピードで


 その光景を簡単に言い表すなら人間ピンボールだろうか?ちょうどルイナへ飛びかかった瞬間を見計らい、的あての要領で人間を当てて体勢を崩す。


「ガッ!?」


 それが一度であれば偶然という事も有り得たのかもしれない・・・・・・しかし、それは偶然などではなく、人間が投げ込まれてから一拍置いて街の方から更に人が飛んできた。


「あの時の冒険者・・・・・・!?」


 街の内部、東門の方から猛然とした速度で走ってくるのは、全身を金属鎧で身にまとったシズだった。

 右手には自分の背丈よりも巨大な大剣を担ぎ、左手には途中で気絶させたのであろう騎士団の男の頭を掴んで引きずって走っていた。


ガチャガチャと激しく重量がかなりあるはずの金属鎧を擦らせながら、普通では有り得ない速度でこちらへ向かってきている。


 そんな恐ろしい光景を全員が見ていると、その中のひとりがあの時の―――と意味深な言葉を発する。


「知ってるのか!?」

「あのオーガを討伐した冒険者だよ!!まだ街に居たなんて!!」


 早口でこちらへ向かってくるシズについて説明し、タクマとルイナを除くその場に居た全員が驚いた表情をしていた。


「あ!!」


 現場まで残り数メートルの地点で、シズは左手で掴んでいた血だらけの騎士団の男を片手で投げる。


 ブン!!と腕力だけでシズは勢いよく男を投げて、ルイナへ斬りかかろうとしたが、シズの乱入に寄って狼狽えていた騎士団の男に命中させた。


「大丈夫?」

「お父様は治療はしたわ、周囲はアルが見ている」


 かなり重量のある金属鎧を身にまといながら結構な距離を全速力で走ったのにも関わらず。シズは息切れ一つせずにルイナにタクマの安否を聞いた。


 シズの問いに対して、ルイナは簡単に答えると、タクマの手を強引に掴んでその場から離れようとする。


「ちょ、ちょっと!?」

「お父様、ここは危険です」


 普段であればタクマの気持ちを最優先するルイナは、反論を許さない、と言った様子で強引にタクマの腕を引っ張る。

何も言うことが出来ずに、タクマはグイッとルイナに引き寄せられて抱かれる形となった。


「残りは?」

「門にいる奴らは全員背骨を砕いてきた。早期の復帰は不可能」

「よし、離脱するわよ」


 全員の背骨を砕いた・・・・・・そんな恐ろしい報告に対して、さも当然と言わんばかりに小さく頷くと、隣にいたリアを一瞥し、ルイナはそのままタクマを抱えてその場から離脱した。







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