第20話 魂魄水晶

「ある意味、シズが甘えん坊期に入ったお陰で、お父さんから疑われずに済んだのは僥倖かしら?」


 サレドの街を襲う異変を解決するべく、ルイナとアルノは準備を終わらせて、サレドの東にある山へ向かった。


 現在、サレドの街は封鎖されて内外から移動することは不可能だが、ルイナとアルノは姿を隠し、未だに外壁の上で監視を続ける衛兵の目を掻い潜って街の外へ出た。


 そしてシズが魔物の軍団を殲滅した跡地を過ぎた所で、ルイナはまるで独り言を喋るように話し始めた。


 その声は、父であるタクマと話す時よりもずっと冷たく、何処か冷淡な雰囲気を感じ取れるものであったが、姉の言葉に対してアルノは特に疑問に思うこと無く歩いていた。


魂魄水晶ソウルクリスタルだっけ?当初の予定なら、エルフの国に着いてから探す予定だったけど、探す手間が省けてよかったね」

「えぇ、狙って生み出せる物質では無いから、これは運が良かったわ」


 先日、サレドの街を襲った魔物の軍団・・・・・・それの首魁である赤い肌をしたオーガの変異種は、まず間違いなくアルノが言った魂魄水晶ソウルクリスタルだとルイナは確信した。


 魂魄水晶ソウルクリスタル、特定の鉱物が眠る洞窟で、高濃度の魔素に加えて強力な生物達が生き死にを繰り返すと稀に生まれる希少な水晶。


 魔力と生命のエネルギーを大量に含んだこの水晶は、時に戦略級魔導兵器のコアとして使用され、王都や各大都市では一欠片で豪邸が建つ程の値段で取引されるアイテムだ。


 それを今回、ルイナとアルノは入手するべく原因となったであろうサレドより東、サヴラーの森に面するコルテス山脈へと向かった。


 その道中はそこそこ長いものではあるが、一般人であるタクマと違い、ルイナとアルノは半日走りっぱなしでも問題ない程の膨大な体力を持っている。


 流石に膨大な体力に加えて狼以上の脚力を持つシズには敵わないが、ルイナ達の足でも一日あればサレドの街からコルテス山脈の麓まで移動できるので、一週間という期間は随分と余裕を持った時間だった。


 既に、ルイナは先んじて使い魔を大量に山に放っていたので、ある程度の目星は付けられている。


「・・・・・・やはり、魂魄水晶ソウルクリスタルは確実にあるわね、この国では殆ど見かけない強力な魔物達が沢山居るわ」


 魔力に優れるエルフであっても、一際多い魔力量を誇るルイナは、その豊富な魔力を活かして膨大な数の使い魔を召喚する。


 そこからは数百という使い魔達の情報が彼女の脳内に送られてくるが、ルイナはそれら全てを確認し、現在異変が起こっているコルテス山脈の全貌を確認していた。


「バルケラスも居るわね・・・・・・丁度良かったじゃない、矢の素材にしましょ?」

「おーいいね」


 バルケラス・・・・・・豊富な鉱物資源を体内に保有し、その全てが魔法に関する道具の媒介素材となる魔物だ。

 昨日、アルノが使用した特別な矢にもしようされており、魂魄水晶ソウルクリスタルほどでは無いにしろ、結構値が張るアイテムだった。


 サレドの街を見下ろすコルテス山脈は、近くに深い渓谷が存在しており、そこから剥き出している岩盤には幾つもの穴があり、その穴の幾つかはコルテス山脈の真下まで繋がっている。


 その全貌をルイナは使い魔を使って調べるまで知らなかったが、コルテス山脈の真下は大洞窟となっているようで、生息している魔物も王国内と考えてみれば強力な部類なものが多かった。


「これほど巨大な洞窟ならもっと有名になっていてもおかしくないけど・・・・・・」


 魔物たちが蔓延る洞窟探索というのは、特に危険が付き纏う物だ。限られた空間に視界も悪く、有毒な鉱山ガスや崩落といった危険性も存在する。


 現状、洞窟内を徘徊している魔物はルイナやアルノでも安全に対処することは可能だが、流石に洞窟が崩落すれば脱出するのが面倒になるし、これほど大きいとなれば多少探索に時間が必要だった。


「念のため、火と雷は使わないで行きましょう」

「了解、じゃあ私が射るね」


 もし洞窟内に可燃性のガスが溜まっていたら、大爆発だけじゃ済まないので、ルイナは発火の恐れがある火と雷は使用しない方向で洞窟内の魔物を倒すことに決めた。


 そうなれば一番効率よく洞窟内の魔物を排除できるのはアルノになるので、アルノは背中から弓を取り出し、風を纏った魔力の矢を何本も生成する。






 魂魄水晶ソウルクリスタルは、ひび割れた岩盤から滲み出るように出来上がっていた。

 暗い洞窟内でぼんやりと青く発光する水晶はとても美しく、不思議な妖しさを放っている。


 これだけでも宝石として高い価値がありそうだが、魂魄水晶ソウルクリスタルの奥底にはそれまで蓄えた怨嗟の念が聞こえてくる。


 心が弱いものがこの魂魄水晶ソウルクリスタルに近づけば、そのまま魂を吸い取られかねない危険なアイテム、高密度のエネルギー体であるのに対して、衝撃を与えても燃やしても反応しない安全な物質でもある。


 それをルイナは岩盤と水晶の隙間にヘラを差し込むように剥ぎ取っていく、魂魄水晶ソウルクリスタルは小指の爪ほどのサイズであっても数十万という単位で取引される希少な素材だ。ので、慎重に剥ぎ取っていく。


「これだけの量でオーガの変異種が生まれるんだね」


 そんな精密な作業を行っているルイナを後ろから見学しながら、アルノは周囲を警戒している。念のため、魔物が近づいてこないか警戒はしているが、もしかすれば同業者が居るかも知れない。


 そんな事をルイナは内心で考えていた中、周囲を警戒していたアルノがなにかに反応した。


「!?――――誰か来る?」


 エルフ特有の尖った長い耳をピクリと動かし、アルノは洞窟内に漂う空気が変わったのを感じ取った。


「問題有りません、既に採取は終わりました」


 魂魄水晶ソウルクリスタルの採取を始める前に、ルイナは事前にある魔法を用意していた。それは、古今東西のあらゆる魔導書を読み解き様々な知識を蓄え、一流の魔法使いとして高みに上り詰めたルイナであっても難易度が高いと言える魔法。


「アル、私の手を握りなさい」

「はいよ」


 周囲を警戒していたアルノ曰く、この場所へ一直線に向かってくる団体は20人程の規模だという。

 全員が人間にしては高密度の魔力を纏っており、全員が何かしら魔術が組み込まれた装備を身に着けているという。


 まず間違いなく、サレドに住む冒険者ではなく装備の質からして騎士団でも無い、それはサレドの異変を聞きつけて遠路はるばる魂魄水晶ソウルクリスタルを求めてやって来た勢力だろう。


「態々王都からここまで来たのかな?」

「分からない、ただここに魂魄水晶ソウルクリスタルが眠っているのなら、来る意味はあるでしょう」


 アルノの問いに、ルイナは軽く答える。


 その勢力は、ルイナの予想があっているのなら王都に拠点を構える王国の剣。


 サレドの物とはレベルが違う、王国の剣であり盾でもある王国最強の騎士団 ” 王立騎士団 ”だろう。

 彼らには目的に合わせて複数の騎士団があるそうだが、そのどれがこの地へ訪れているかは分からない。


 ただ少なくとも、ルイナとアルノの二人で対処できる程度には練度が低い序列の低い騎士団だと思われる。


「ただ無理に戦闘をする必要もありません、コチラが先に手に入れましたし」


 そう言ってルイナは袋に積めた魂魄水晶ソウルクリスタルを掲げる。分厚い布袋越しからでも魂魄水晶ソウルクリスタルはぼんやりと輝いている。


 念のため、ルイナは自分が所有する空間に保管し、手をしっかりと握ったアルノを確認して、用意した魔法を発動した。


「『時よ、動け』」


 パチン!と、ルイナが指を弾くと、二人の視界はテープの早戻しのように移り変わる。

 膨大な視覚情報は、魂魄水晶ソウルクリスタルがあった場所から長い洞窟の道のりを逆戻りをしており、気がついたときには洞窟の出入り口を抜けて、渓谷の上に二人は立っていた。


「うん、渓谷の上にポイントを設置しておいて正解だったわね」

「相変わらず凄いねー」


 深い谷間の下には、ルイナ達が洞窟へ入った時と違い、後からやって来た騎士団が洞窟周辺に野営地を築いていた。

 ゲルのような円形のテントを幾つも建てており、洞窟の入口周辺には木の柵と何人もの兵士が周囲を警戒していた。


 現在の時刻は既に夜を迎えているので、周囲には大量の篝火が焚かれている。


 そんな光景をルイナとアルノは渓谷の上から覗いていた。


「本当は時間も操作出来ると良いんだけど、今は位置座標しか操作出来ないわ」

「いやいや、それでも姉ちゃんは凄いよ」


 ルイナが発動した魔法は、時と空間を操作する魔法・・・・・・なのだが、実のところルイナはまだ簡単な座標移動しか行えない。


 ある一点にマーカーを設置して指を弾くと、どんな場所からでも瞬時にマーカーを設置した視点に移動が出来るというものであり、距離に制限は無いがマーカーを設置出来る時間は決まっており、ルイナがマーカーを設置しておける時間は最大で二日間だ。


 人数は試した所で最大で三人、ただコレには試す人間が他にいなかったので不明だ。


「まぁ良いわ、帰りましょう」

「そうだねー」


 もし、先に騎士団が動いて魂魄水晶ソウルクリスタルを入手していたら・・・・・・騎士団を皆殺しにしてでも奪い取る予定だったが、その必要は無さそうだとルイナは判断して、その場を去る。


 流石にルイナ一人だと取り逃しの可能性も考えられた為、念のためにアルノを連れてきたのだが、その必要も無かったなと思いながらルイナ達はその場から立ち去った。


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