第19話 甘えん坊の三女

 サレドの街の東側にある見通しの良い緑の草原、その一部はまるで地獄を模したかのようにどす黒い血の池が出来上がっていた。


 一方的な蹂躙を見ていたキサカ達は、急いで装備を整えて、安全を確認しつつ現場へ急行し、その地獄の様な場所へ到着した。


「貴方は―――――」


 強烈な血の臭いと焦げた様な臭いと不快な臭いがぐちゃぐちゃに混ざりあった現場の中心で、ただ一人血まみれの鎧を身にまとった人物が立っていた。


 血でべったり濡れた鎧からは、キラリとまだ汚れていない部分が太陽の日差しを反射して輝いている。


「サレドを護る者として貴方に――「礼は要らない」」


 キサカの後ろには多くの衛兵達が集まっているが、皆が同じように顔色を悪くしている。

 中には吐き気を催した者も居たようで、嗚咽に似た音が聞こえてくるが、キサカはあえて無視して魔物の軍団を討伐した冒険者にまずは礼を述べようとした。


「街の防衛に関する報奨は――――「私はこのまま帰る。片付けはあなた達がやっておいて」」


 最大限の敬意を抱きながら礼を述べようとしたキサカの声を、女冒険者は意図的に遮る。


 礼は要らない、関わりたくない・・・・・・他者を拒絶するような冷たい言葉がキサカを貫く。


 本来であれば、無礼な人物だとしてキサカは思うだろうが、彼女はこの街を救った恩人だ。街の最大戦力である騎士団であっても解決できるか怪しかった。


 何故、この様な事件が起こったのかは引き続き調査が必要だが、今は危機が去ったことを喜ぼう・・・・・・とキサカはそう思った。


 本来であれば、街を救った英雄として讃えられるべきなのだが、当人がそういうのであればその希望通りにするのがキサカの務めだと考えた。


 色々と聞きたいことはあるものの・・・・・・キサカは気を取り直して目の前の女冒険者に対して応える。


「分かりました。ではこの現場は私達が引き受けましょう」


 キサカがそう言うと、女冒険者はただコクリと小さく頷いて、カチャカチャと鎧を擦らせる音を鳴らしながら歩き出してこの場から立ち去った。






「ん」

「えらいえらい、よくやったね」


 魔物の軍団を討伐しにいったシズは、全身に返り血を残しながらタクマの元へ帰ってきた。


 街の外で最低限は返り血を拭き落として来たようだが、それでもタクマやルイナ、アルノの三人が眉を顰める程には強烈な臭いを放っており、幸いにも周囲には人が居ないが、もし今のシズの姿を見れば騒ぎが起きるのは間違いなかった。


 先程の警報もあり、丁度今は宿の店主も外出していることもあって血まみれのシズを再び宿屋の風呂場に連行して綺麗にさせた。


 その後、レベル4の警報があったために、街は一時的に封鎖されて外へ出ることが出来ないので、宿泊期間を延長する旨を店主に伝え、昨日と同じ部屋を再度借りることになった。


「あー、出ちゃったね、シズの甘えん坊期が」


 昨日と同じように、広い茣蓙の上で寛ぎながら、シズはタクマの膝を枕代わりにして寛いでいる。

 何時もシズはタクマにべったりなのだが、そのべったり具合はいつにも増して凄い。


 普段からタクマの傍に居たがるシズなのだが、時折、このようにいつも以上にべったりとくっつく期間が存在する。


 それをアルノは、シズの甘えん坊期と呼んでいた。


「これじゃあ二、三日は動きたがらないねー」

「うん、まぁ今回は頑張ってくれたしね・・・・・・」


 突発的に始まったシズの甘えん坊期に対して、タクマは慣れた手つきでシズの頭を撫でる。

 すると、シズはまるで機嫌の良い猫のようにんー、と喉を鳴らして眠る。つい先程まで全身が魔物の返り血で染まっていた少女だとは思えなかった。


 今回は頑張ったから、とタクマが言うと私は!?とアルノが抗議の声を挙げてきたので、もう片方の空いた手でアルノの頭を撫でる。


「まぁ丁度良いかもしれません」

「・・・・・・やっぱり原因が気になる?」

「はい、これを気にアルノと一緒に山を調べてみようと」


 そんなやり取りをしていると、少し難しそうな顔をしたルイナがそう答えた。


 街の人の話を聞けば、森の異変が起き始めたのはつい最近で、大体半月まで程だという。

 それだけの期間で、オーガの変異種が出現したとなれば、山の方で何か異変が起きているのは間違いなく、もしかしたら今回シズが討伐したオーガの変異種よりも強力な魔物が潜んでいるかもしれない。


 そうなれば、サレドの冒険者や騎士団では到底解決できる案件では無くなるので、問題が長期化する恐れがあった。


 現在ではキサカら警備隊や騎士団が調査に乗り出しているようだが、未だ原因は特定できていないらしく、通行も一時的に封鎖されている。


 このまま待機していても、下手をすれば半月以上足止めを食う可能性もあったので、ある程度、原因が予想ついていたルイナはシズの甘えん坊期が終わるまでの間に解決させようとしたらしい。


「大丈夫」

「問題有りません、私もアルノも近接戦には自信がありますので」


 タクマが言いたい事は決してそういう訳じゃないのだが、ルイナが問題ないと断言するのなら危険を冒さずに解決する手段があるのだろう。


もしここでタクマが強く制止すれば、ルイナ達はその言葉に従ってくれるだろう、ただそれで良いのか?と同時にタクマは思った。



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