第16話 キサカの独白
キサカは元々、サレドの街から遥か南に存在するとある港町で生まれた。
海が綺麗で、気候も穏やか・・・・・・周囲の魔物も比較的弱いのが多く、自然も豊かという恵まれた環境のキサカの生まれ故郷は、その豊かさ故か、その土地を巡って起きた争いによって滅んでしまった。
そこからキサカは当時、まだ小さな子どもだったという事もあって生き残る事ができた。そこからは様々な人の世話になってアルマーレという街の孤児院で生活する事になった。
キサカの両親はその戦争で亡くなり、争いごとが絶えないこの世界においても不幸な部類の彼ではあったが、様々な人達の善性を一心に浴びて、彼は道を外れること無くサレドの街で衛兵の仕事に就くことが出来た。
衛兵になって五年・・・・・・新人と呼ばれる期間を過ぎて一端の兵士として働くキサカは、その人当たりの良さと仕事の真面目さが評価されて30人隊長に任命されている。
キサカの仕事は主にサレドの街へ出入りする人間の検査することだ。
サレドではあまり無いが、これら検査を行う目的は主に禁制品を持ち運んでいないか、薬物と言った違法な品を所有していないかを調べる事にある。
治める地によっては合法だったり違法だったりする為、悪意が無くともサレドの街に禁制品が持ち込まれる事は偶にある。
他にも明らかに不審な人物だったり、身元不明な者は止めたりするが・・・・・・禁制品を持ち込む者よりは圧倒的に数が少ない。
「そういや、タクマさん達は大丈夫かな・・・・・・」
サレドを一望できる監視塔の上でキサカは昨日出会った恩人の姿を思い出していた。
アルマーレを治める領主に気に入られ、弱冠20歳で街を代表する交易商に成り上がった新進気鋭の商人。
彼がまだ20歳そこらの時に一度だけ、彼がキサカが居た孤児院に寄付をした際に会ったことがある。
その他大勢の孤児の一人であった当時のキサカを彼は覚えていないだろう。ただキサカにとって普段は食べられないような豪華な食事に、使い古されたとはいえ、多くの玩具を孤児院に寄付した彼をしっかりと覚えていた。
「ユリアス伯爵の隠し子、ね・・・・・・」
そんな恩人のタクマがまさかサレドの街へ訪れたのはキサカに取っても驚いた出来事だった。
今も尚、年に一度はアルマーレの孤児院に帰るキサカにとって慣れた道ではあるものの、街で店を構えるような商人が軽々と歩ける距離ではない。
何故、タクマがこの街へやって来たのかは分からない・・・・・・ただキサカが思うに、彼はもっと遠くを目指して旅をしているという事だけは分かった。馬車に乗せられている荷物の量からみて、数日程度の旅行という訳ではないだろう。
そして、キサカの一番の関心事は彼が連れていた不審な三人組だ。
地味めな色合いの外套を羽織り、顔を隠すようにフードを深くかぶれば何処かの暗殺者かのような装いになっている。これで通せというのが無理な話で、その時に検問を担当していたオルドの判断は正しいと思う。
ただタクマはアルマーレでも珍しい、誠実な商人として知られていた。この世界において商人というのは空気を吐くかのように嘘をつくので、余程の世間知らずでも無ければ初見の商人に対してかなりの警戒心を抱くものだ。
商人が客を騙すというのが悪いとはキサカは思っていない、流石に暴利を貪るような輩には目を顰めてしまうが、知らないというのも悪いとキサカは思っているので、それが普通だと感じていた。
ただタクマは例え初見の客であっても、誠実な対応をしているとキサカは街の噂として耳にしている。
それはある意味、悪い意味でも含まれているだろうが、孤児院へ寄付をしたり、詐欺まがいな事をしなかったりと良い人であるというのは間違いないと思っていた。
だからこそ、街の領主からも気に入られたのだとキサカは思った。
「まさか・・・・・・いや、貴族ならありえるのか?」
そして先程、キサカがボソリと呟いたとある噂。
アルマーレの街を治める領主・ユリアスには隠し子が存在するという噂。
貴族である以上、妻以外にも愛人を囲っているというのはそう珍しくは無いが、その中でもユリアス伯爵は例え妾の子であっても分け隔てなく可愛がり、子が立派な大人になるまで養育費をしっかりと払うことで有名だ。
そんな彼がひた隠しにしているという隠し子が伯爵の私有地で幽閉されているという話が、つい十数年前から聞かれている。
何故、彼が子供を隠すかは分からない・・・・・・それは忌み子であったとか、痴呆の気があっただとか色々と話しはあるが、例え生まれながら障害を持っていても、周囲から隠すような育て方をユリアスはしない。
「・・・・・・男児が生まれた?それでも時系列が合わないか」
他に考えられるのは、ユリアスの正妻か側室のどちらかに男児が生まれた可能性だった。
今でこそ、次期当主はユリアスの長女に引き継がれており、近くの有権者から入り婿という形で婿を貰っている。
そんな話が進んでいる間に、もし男児が生まれたら・・・・・・それはお家騒動に発展しかねない事になる。
一般的に貴族社会では、長男が家督を次ぐものであり、例え長女が次期当主に任命されてその様な教育を受けていたとしても、男児が生まれればそちらが優先される・・・・・・と語るものも多い。
ただこれがつい五年の間とかで起きていれば話は分かる。色々と話が進んだ状態で男児が生まれたのなら、どちらが良いのか分からず家が割れる可能性がある。
ただその噂の出処が十数年前なら、別に隠す必要は無いのだ。当時はまだ婿も呼んでいないし、家督を次ぐと言ってもまだ勉強が始まったばかりだった。そうなれば急な方向転換であっても大きな混乱は生じない。
「・・・・・・ただ一般の人間じゃないことは間違いないな」
その隠し子を育てたのは、ユリアス伯爵のお気に入りであるタクマだったという、数十年後は街を指揮する商人と目されていた人物が、十数年という長い時をまるで幽閉されるようにパッタリと急に姿を表さなくなったそうだ。
交易商として仕事は止めていなかったそうだが、それでも取引は減ったようで、その相手も新規の客は殆ど取らずにこれまで付き合いのある客ばかりだったという。
ただここにも色々と謎が多い、隠し子がいたとは言え何故、子飼いの商人に教育を任せるのか、ユリアス伯爵は先の大戦で多大な功績を得て領地を得た人物であり、歴史は浅く信頼できる部下が少ないとは言われているが、それでも無理がある気がする。
何があったのかは不明だが、間違いないことはこの隠し子の噂にタクマが関わっていたというのは間違いないという事、以前、その噂を調べようと物好きな冒険者が屋敷に侵入しようとしたが、厳重な警備に阻まれて牢屋に入れられたという。
そこまで厳重に隠す相手・・・・・・それが隠し子噂の発端なのだが、今回、タクマが連れてきた相手がその人物なんじゃないかとキサカは考えていた。
「ただ・・・・・・三人はねぇ」
その対象が実は一人で、残りは囮と護衛を兼ね備えているのかは分からないが、明らかに怪しかった。
それでも通したのは、タクマの人柄とこれまでキサカが受けてきた恩を返すためだ。
そのためにキサカは保証人にもなり、不服そうだったオルドにも強引に話を通した。
一衛兵としては失格だが、彼なら街の中でも悪さはしないだろうという確信があった。
「・・・・・・街を出る前に一度お礼を言えないかな?」
もしタクマがキサカの勧めに従っていたら、街の南東にある宿へ宿泊しているはずだ。
あそこは価格も控えめで厩舎もあり、市場からも近い。
次の街へ向かおうと考える人間にとっては最高の宿であり、店長こそ無愛想ではあるものの食事も美味しい。
「・・・・・・いや、駄目だ。訳アリだろうし迷惑だな」
色々と考えた結果、キサカは彼が宿泊しているであろう宿に行くのを止めた。
「お、おい・・・・・・キサカ」
考えを巡らせていたキサカを呼び止めるように、同じ班の男が声を掛ける。
「ん?どうした?」
「山から下ってきているの何だ・・・・・・?」
キサカを呼び止めた男は、指を差して東からやって来る黒い集団を指さした。
「今日は騎士団の訓練じゃないよな?報告に無いし」
「あぁ、確かにおかしいな」
一瞬、騎士団が山の方で訓練でもしていたかと考えたが、今日、騎士団が街の外で訓練をするという通達は無い。
では何だ?と考えた際、キサカの脳内に浮かんだのはゴブリンといった人間を襲う人型魔物の襲撃だ。
ゴブリン達は知能が低く、絶対に勝てないであろう規模の街にも襲いかかってくるほど頭が悪い、時折、サレドの街にもやって来て何時も狩られる存在だ。
ただそれにしても・・・・・・
「多くないか?」
サレドの街の東側には山があり、街の周辺は見渡しの良い草原だ。
そんな場所を黒い集団が少しずつ近づいてきた。
「一応、鐘を鳴らしておけ、あとギルドにも報告を」
「了解ッ」
目算では数十体のゴブリンが草原を歩き、近づいてきている。
確かにゴブリンは最弱とも称されるほど弱い魔物だが、あそこまで数が居るとなれば危険だ。
キサカはそう考え、街から外出することを禁ずるレベル2の警報を鳴らす。部下に指示を出すと速やかにカンカンカンと鉄を叩いたような音が鳴り響き、サレドの街に伝わる。
(・・・・・・不安だ)
警報を出しながら、キサカは口に言い表せない焦燥感に駆られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます