第14話 拡大する異変

 サレドの朝市は昼間と違い、一般客が相手ではなく食堂や宿を営む人達向けに開かれている。


 朝焼けが眩しい、サレドの市場には一般家庭では使い切れない量の食材がまとめ売りされており、山のように積まれた食材が一度の売買で目減りしていくほどだ。


「朝市って凄いね」

「業者向けに用意されているからね、少量を買うことは出来ないけど、その分安いんだよ」


 人が疎らな朝市通りを歩きながら、タクマとアルノは食材の調達を行う。今回買うのは保存が聞く穀物や調味料の補充が主な目的だ。


 昔からタクマの店について来ていたアルノは、他の姉妹たちと違って好奇心が強く人付き合いもそこまで苦にしない。

 エルフという立場もあって、直接会話をする相手は限られているものの、必要でなければ話そうとすらしないルイナやシズと違い、アルノは積極的に話しかけたりしている。


 そんな彼女であっても、早朝の朝市は初めての経験だったようで、通りを歩きながらキョロキョロと露店を観察していた。


 サレドの朝市は活気はあれど、人はそこまで多くない、市場の通りは道幅が広いのもあって、誰かと肩をぶつけるといったほど混雑もしていない。


 なのでアルノの変装が解ける心配もあまりなかった。その事にタクマはホッとしつつ、朝市を巡っていく・・・・・・


 すると―――――


「どいてくれ!!急患だ!!!」


 丁度、タクマとアルノが朝市通りをめぐり終わり通りの端へ到着した所で、タクマ達の目の前を横切るように荷車が通る。


 幾ら人混みの少ない早朝とは言え、街中を結構なスピードで走る荷車にタクマが驚いていると、異変に気がついた周囲の人達はザワザワと騒ぎ始めた。


「またか、今週に入って四度目だぞ?」

「やはり森は危険みたいだな、このままだとサレドの街に冒険者がいなくなるぞ」


 サレドの街で商売を営んでいるのであろう男性二人が、荷車に乗っけられていた血まみれの冒険者を見てそう話していた。


 そのまま直接話しを伺いたい気持ちに駆られたが、側にはアルノも居るので感づかれない程度に聞き耳を立てる。


「昨日の夜にも運ばれたみたいだしな、薬草採取の依頼は高騰するかもしれん」

「命あっての物種だ。文句は言えんな」


 やはりというか、森の異変はサレドの住民にも届いているようだった。


 今週で四度目・・・・・・一体どれほどの数の冒険者が毎日森へ入っているかは不明だが、週に四組も冒険者パーティーが治療院に運ばれるというのは異常事態だ。


 中には個人で森に入って襲われた冒険者も居るだろうが、それでも被害者は多い。


 アルマーレであれば、多少の怪我はあれど重傷となれば半年に一回あるかないかというレベルだ。冒険者は冒険しない・・・・・・と格言があるように、ギルドは厳しく管理しており、実力不足な冒険者が無謀な任務を受けるのを絶対阻止するはずだ。


 それなのに、被害が拡大している・・・・・・サレドの冒険者ギルドはどうしているんだ?と思っている中、タクマが聞き耳を立てていた男性二人は更に興味深い話を喋り始めた。


「これは騎士団案件だろうな、ファスト騎士団が出てくるかもしれん・・・・・・そしたらここら一帯は一時封鎖されるだろうな」

「だったら早く食材を買い溜めしないといかんな、封鎖となれば価格が高騰するかもしれん」


 商人らしい見通しを出して男性二人は、市場の中へ入っていった・・・・・・


「結構大事になってきているね、お父さん」

「うん、これは早く出立しないと足止めされそうだ」


 タクマと同じようにアルノも聞き耳を立てていたようだ。名も知らぬ商人二人が話していた内容は、森の異変に対処すべくサレドの街を護る騎士団が出張ってくるという話。


 何組も冒険者パーティーが壊滅したとなれば、最後の砦である騎士団が出張ってくるのは当然の帰結だ。

 彼らは戦闘のプロであり、冒険者のランクで表すなら一般兵でDランク以上の実力があるとされており、その頂点である騎士団長ともなればBランク以上の実力があると言われている。


 もし、サレドの街を守護する騎士団が動けば、異変が起きているとは言え、精々Dランク相当の魔物しかいない森も問題なく解決されるだろう。


「サレドの街には高位の冒険者が居ないのかな?」

「アルマーレに比べたら小さい街だからじゃない?」


 アルマーレであれば、高位冒険者と呼ばれるCランク以上の冒険者が数名存在していたが、サレドの街にはそれら高位冒険者は存在していないようだった。


「街を封鎖されるのは困っちゃうね、食材も買えたし今日にも出発する?」

「うん、その方が良いと思う」


 ギルドが無理に冒険者を森へ向かわせたのも、事が大きくなって街が封鎖されないよう試行錯誤したのかもしれない・・・・・・ただ、その結果は何組もの冒険者パーティーを壊滅させるという失敗に終わったのだが、気持ちは分かる。


 街を封鎖となれば、経済活動は一時的に滞るだろうし特に困るのは商人達だ。


 もしかしたらギルドはこれら商人から圧力を受けていたのかもしれない、ギルドにとって発行される依頼の殆どが商人から出される・・・・・・つまり、お得意様であり頭の上がらない相手だ。


「・・・・・・いや、考えるのはやめよう、俺に出来ることは無いしな」


 もし旅が自分だけ・・・・・・そして解決出来る力があるのなら、タクマはこの異変を解決しようと行動に移したかもしれない。


 ただ現状は自身に解決出来る力はなく、しかもタクマには旅を共にする同行者もおり、その相手は義理とは言え愛する娘達だ。


 彼女たちに迷惑は掛けられない・・・・・・一種の英雄願望のような気持ちが身体の中で燻るのを感じつつも、タクマはその考えを振り払うように朝市を後にした。


「・・・・・・」


 そんな悩みに暮れるタクマの後ろ姿を、アルノはジーッとその美しい翡翠の瞳で見つめていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る