第10話 サレド検問所

 ルイナが使う回復魔法は、使い手の少ない希少な魔法だ。


 優れた使い手ともなれば、千切れた四肢を再生させて黄泉の国へ旅立つ患者を連れ戻すことすら出来ると言われている。


 なので優れた回復魔法の使い手は、王国から手厚く保護されて豊かな暮らしをしている。


「・・・・・・はい、これで問題有りません」


 狼系の魔物に襲われた冒険者パーティーは、辺りが血の海になるほどの大怪我をしていたが、ルイナはものの十数分で全員を回復魔法て治療した。


 回復魔法には大量の魔力が必要なのだが、ルイナはエルフの中でも指折りの魔力量を誇り、五人に治療したところで問題はない、幸いにも狼達は冒険者達を弄ぶように襲っていた為、見た目以上に命の危険は無かった。


「でもこの場に放置するのは不味いよね?」

「これだけ血の臭いが充満してると他の魔物が来ちゃうかも」


 ルイナが完璧に治療したとは言え、治療した冒険者は未だ意識を失ったままだ。


 そんな中でこれほど血の臭いが充満していると、その臭いにつられてきたモンスターに襲われる恐れもあり、治療したからこのまま放置、という訳にはいかなかった。


「連れてきた荷車に乗せようか?幸いにも街は近いしね」

「・・・・・・そうですね」


 折角助けたのにこのまま放置して死なれても夢見が悪い、ここまでする義理は無いが、助けたのなら最後まで面倒もみるのも仕方ない、そう思いルイナはタクマの言葉に頷いた。






 森を抜けるのはそう難しくなかった。タクマ達は荷車に冒険者を乗せて道沿いを歩いて進んだが、道中で他の冒険者と出会うこともなく、そのまま夕方頃にはサレドの検問所まで到着していた。


「これは想定外、片田舎の街だから検問所とか無いと思ったんだけどなぁ」


 そろそろ日も落ちて街の門は閉まる時刻なので外から来た商人や冒険者、旅人達が長蛇の列を成して並んでいた。

 そんな中でタクマ達は馬車を引き連れて待機しているが、荷車にはピクリとも動かない冒険者が数人寝ているので周囲からは異様な目に映っていた。


 加えて、三姉妹がフードを深く被り、姿を隠しているのもその異様さを際立たせている。


「・・・・・・その荷車に乗っている奴らはどうした?」


 約一時間ほど待たされて、タクマ達はサレドの検問所にやって来た。


 全身金属の鎧を着込んだ大男が訝しげな表情で、タクマが所有する荷車の上を見ている。


「森で魔物に襲われてまして・・・・・・治療は済ませていますのでこのまま乗せて来ました」


 タクマの言葉に、警備の男はそのまま荷車へ近づくと倒れている冒険者たちをコツンと殴る。


 すると気を失っている冒険者はうっと条件反射でうなされるような表情を浮かべる。

 それを見て男はうむ、と頷いてタクマが語った事が半ば事実だと確認した。


「なるほど、理由は分かった。後はコイツらを詰め所で寝かしておいて起きたら再度事実確認をする。ではその後ろの人間、フードを下ろせ」

(やっぱりそうなるよねぇ)


 アルマーレであれば、そのトップがタクマの知り合いということもあって検問所も素通り出来たのだが、縁もゆかりも無いサレドの街ではそうも行かない。


 男は真面目に業務を行っているだけで、タクマに意地悪をしようだとかそういう考えは一切ない、不審な者は街に入れない・・・・・・そういう仕事なので、男が三姉妹に対してフードを下ろせというのは至極当然な指示だった。


 ただフードを被っているのは、国交が樹立されたとはいえ、未だ王国内では珍しいエルフだ。それも見た目麗しい女となれば騒ぎになることは間違いない、寧ろ、エルフの女を三人も侍らせているとなればタクマに要らぬ嫌疑が掛けられる可能性すらあった。


「・・・・・・これは使えますでしょうか?」

「これは・・・・・・アルマーレの通行書か、しかも領主直筆の・・・・・・だが駄目だ。ここはサレド、ファスト男爵が治める場所だ。他領主からの通行書は受け付けられない」


 やっぱり、と男の言葉を聞いてタクマは思った。


 前世の日本と違い、ここは都市や街を治める貴族達の自治権が非常に強い。

 流石に同じ王国民であれば少しの検査程度で入ることは出来るが、それでも全く検査無しというのは不可能だ。


 これは困った。とどうしようかとタクマが考えていると、後ろに控えていたルイナがタクマの直ぐ側までやって来て小声で喋り始めた。


(・・・・・・まだ食料は持ちますし、サレドを避けてもう少し小さな街に行きましょう、そちらであれば検問も無いでしょうし、ここは何やら面倒事が起こりそうです)


 セレナが言う面倒事とは、やはり森で起きた狼の一件だろう。


 森の異変は解決したが、何故、狼の魔物達が山から降りてきたのか?という根本的な原因はまだ不明だ。

 事が大きくなれば、ギルドが調査するだろうが・・・・・・もし、その原因が自分たちの予想を遥かに超えるものだったら、そう思えばセレナが警戒するのも分かる。


(うん、そうしよっか)

(その方が良いと思います。サレドの街は少々規模が大きいようです)


 実際、検問を行う街というのは意外と少ない。


 それも検問を行う人員を割くだけの余裕が無いと出来ないので当たり前といえば当たり前なのだが、人目を避ける旅にしてはサレドの街は規模が大きすぎると思い知った。


 ヒソヒソと小声でセレナとやり取りをして、タクマは代表として目の前に立つ男にこう語る。


「わかりました。では、私達はこのまま次の街を目指します・・・・・・治療した冒険者を預かってもらっても良いでしょうか?」


 タクマの言葉に、男は予想外だったのか酷く驚いた表情を浮かべていた。

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