第9話 ルイナの価値観

 静寂な森の中を切り裂くように、女性の叫び声が聞こえた瞬間、タクマ以外の三姉妹は一気に目が鋭くなり急激に警戒心を高めた。


「叫び声ッ!?」

『ォォォォォォォオ.......』


 女性の叫び声の後には、雄叫びにも似た太い咆哮が立て続けに聞こえ、遠くからは地鳴りのような音も聞こえてくる。


 娘たちが居る手前、タクマはみっともない真似こそしないものの、頬には汗が伝っており、明らかに動揺した様子が見て取れた。


「『雷獅子』」


 狩人のアルノが素早く木の上に飛び乗り、周囲を警戒する中、ルイナは短く魔法を唱える。


 朝食の際に森へ解き放った鳥と違い、ルイナが召喚した使い魔は馬よりも大柄な体躯を誇ったバチバチと雷を纏う獅子、明らかに過剰戦力である使い魔を召喚してルイナは女性の叫び声が聞こえた場所へ獅子を向かわせた。


 剣士であるシズも換装魔法で一瞬にして完全装備に着替えて馬車の先頭に立って周囲を警戒している。いつもは使わない盾を装備していることから彼女達の本気度を伺えた。




(これは・・・・・・)


 いつもより低い視点になっているルイナは、生い茂る草木を掻き分けて叫び声が聞こえた現場へ向かった。


 使い魔からフィードバックされる五感の情報では、周囲には血の匂いが充満しており、未だ戦闘が続いている。

 ルイナが居る場所まで叫び声が届いた事から、てっきり襲われた人間たちは死んでいるものだと思ったが意外と耐えている様子だった。


「め、メリアッ!?」


 地を掻き分けながら疾走し、開けた視界の先には狼系の魔物に押し倒された血まみれの男が知らない女性の名前を口にして目をつぶり、死を覚悟していた。


 周囲には2~3匹の狼達が死んでいるものの、まだ数は多く、一方の冒険者側は組み敷かれている男を除けば全員が血を流して地面に伏していた。


 男は剣を横にして噛みつこうとする狼をギリギリの所で抑えているが、力負けするのも時間の問題・・・・・・ただ周囲には狼達が見ていることからなぶり殺しに合っていたのだろう。


(・・・・・・仕方ない)


 人助けなんてガラじゃないけど、とルイナは考えながら使い魔を操作して男の喉元へその鋭い牙を突き立てようとしている狼に勢いよく噛み付いた。


 ぐしゃり、と雷獅子の大きな口で、さらけ出されていた狼の横っ腹に噛みつき、背骨ごとそのまま噛み潰す。


 実際ルイナが噛み付いている訳じゃないが、使い魔を通じて鉄臭い臭いが口の中に充満する感覚に襲われるが、この手の敵は初手が大事だとルイナは知っていた。

 

 バチッ!!


 ルイナはそのまま噛み潰した狼を吐き捨て、雷獅子の尻尾を横に振るい、動揺している他の狼達を雷で焼き払う。

 ルイナが使役する雷獅子は、Aランク相当の大変危険な魔物であり、本来であれば平和なこの大陸に居ては行けない魔物だ。


 それをシズの力を借りてどうにか召喚し、色々と被害は被ったもののルイナは使い魔にすることが出来た。雷獅子はルイナが所有する使い魔の中でも上から二番目に位置する強力な魔物であり、強くてEランク相当の魔物しか生息していないサヴラーの森では規格外の魔物だと言えた。


「な、んだ・・・・・・」


 息も絶え絶えといった満身創痍な男は、急に現れた雷獅子を見て呆然としている。

 四足歩行とはいえ、前足をピンと伸ばせば人を見下す事が出来る程の巨躯を持ち、丁度、雷獅子の能力を使ったこともあって立派な鬣はバチバチと電気を纏っていた。


 そんなルイナが操る雷獅子の姿を見て、男は死を悟ったのだろう、そのまま眠るように目を閉じて意識を失った。


(折角助けてあげたのに、失礼じゃない?)


 ルイナは基本的に、義父や二人の妹達以外の人間に対して興味を持っていない。

 別にルイナの目の前で他人が魔物に襲われようが、暴漢に襲われていようが関係なく、義父が一緒に居なければルイナはそのまま森を通り過ぎてサレドの街へ向かっていただろう。


 それは二人の妹達も同じだろうし、例え襲われていた相手が同胞であっても変わらない。


 それが危険を冒して日銭を稼ぐ冒険者なら尚更だ。


 そんな考えを持つルイナが態々人間の冒険者を助けたのも、ただ単純に義父が悲しむ顔を見たくないという一心だ。

 時には冷徹な判断を下せるルイナと違い、義父はとても心優しい人物だ。例え縁もゆかりも無い人間だとしても義父は悲しむだろう。


「・・・・・・治療しないとね」


 原因は取り除いたのだが、襲われた冒険者達は幸いなことに瀕死ではあるが生きている。

 ただ場所が場所なので助けは来ないだろう、唯一、意識が残っていた男がルイナの使い魔を見て気絶してしまった為、そのまま放置していたら彼らが死ぬのは間違いなかった。






「襲われていた冒険者達を助けました。ただ酷い怪我をしているので今から助けに行きましょう」

「おぉ、そうなのか」


 パチンとシーンが切り替わるように、ルイナは意識を戻した。


 隣に居たタクマは心配そうな表情でルイナを見ており、それを見たルイナは自分を心配してくれている事に対して少し嬉しかった。


 ただ事は一刻を争うので、ルイナは気持ちを切り替えて道の先で倒れている冒険者達を治療するべく足早に現場へ向かった。


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