第8話 サヴラーの森
『「風の疾鳥」・・・・・・鳥たちよ、森を捜索しなさい』
太陽がのぼり始めた早朝、長女のルイナは一人朝早く起きて、使い魔である鳥をサヴラーの森へ放った。
五匹の風を纏った使い魔達は、ルイナの命令により一瞬にして鬱蒼と生い茂る森の中へ入っていく、昨日に比べて森のざわめきは収まりつつあるものの、まだ動物たちが騒いでいる気配がしていた。
一仕事終えたルイナは、義父と妹達が起床するまえに朝食の準備を始める。道中で拾った野生種の野菜ときのこを中心にアルマーレから持ち運んだ調味料を入れて炒めていく。
しばらくすると、ルイナが準備した食事の匂いに誘われてタクマとアルノが目を覚まし、テントの入り口を開いて太陽の日差しを浴びる。
んー、とくぐもった声を出しながら強張った身体を伸ばし、大きく行きを吐いた。
「シズは?」
「シズはまだ寝てるよ、もう少しすれば起きると思う」
食事を作りながらタクマも朝食の準備に加わり、アルノはテントを片付ける準備を始める。
テントの中ではシズがまだ眠いと訴えているが、彼女は昨日真っ先に眠り、他よりも充分な睡眠を取ったはずなので、アルノ半ば強引にシズを起こして無理やりテントの片付けを手伝わせる。
「それで、森はどんな感じだった?」
「昨日、山の方から狼の一団が降りてきたようです。その為に森の魔物や動物たちが騒ぎを起こしていたようですね」
昨夜の森のざわめきは、近くの山から降りてきた狼の群れによるものだったらしい、サヴラーの森に住む動物や魔物よりも山に住む動物や魔物の方が強く、山から降りてきた狼は一夜にして森の王者になったそうだ。
早朝の内に放った使い魔の鳥達がルイナの肩に止まり、フッと糸が解けるように消えて無くなる。そして鳥たちが集めた情報は主人であるルイナにフィードバックされて、今、森の中に住む狼達の住処を特定していた。
「じゃあ今は森の中は危険なのか」
「いつもより危険ではありますが、狼程度であれば問題ないでしょう・・・・・・それよりも」
「何か気になる部分があるのか?」
急ぐ旅でも無いので、森が危険であれば迂回しようとタクマが提案した所、ルイナは原因が狼であれば問題ないだろうと答えた。しかし、彼女にはまだ別の懸念があるらしく、珍しく言葉を濁らせた。
「森に逃げた狼は通常より多いのです。百には及びませんが、相当数が森にやって来ているかと」
「それは・・・・・・多いね」
狼の群れと言えば、精々5~6頭程度だと予想していたが、ルイナが放った使い魔の情報だと百に満たない数の狼が森にやって来ているそうだ。
それが一時的なものなのかは分からない、ただ異常事態なのは間違いなく、その原因は狼達が住んでいた山になるだろう。
「調べる?」
「いえ、それはサレドの冒険者達がやるでしょう、私達は早めにサレドの街から離れた方が良いかもません」
何か嫌な予感がします・・・・・・と、ルイナはそう言い、話は終わった。
昨夜の不気味な雰囲気と違い、太陽が昇っている時間帯の森の景色は大変美しく、朝露の水滴が輝き幻想的な光景が広がっていた。
そんな森にはサレドの街へ続く道が整備されており、馬車が通れるほどには傾斜は緩く、森の中にいると考えれば見渡しはかなり良い。
「この森はサレドの冒険者が多くやって来ます。なので私達はフードは被っていた方が良いでしょう」
ルイナはそう言い、妹たちにフードを深く被るように指示する。アルノもシズも素直に従い、タクマ一行は森の中を順調に進んでいた。
「太陽が昇っている間に森を抜けれるかな?」
「問題ないでしょう、森自体は規模が大きくないので」
サヴラーの森は比較的危険度の低い場所となっている。
高濃度の魔素が満ちているダンジョンと違い、生息している魔物も低級ばかりで、冒険者になりたての新人とかが日銭を稼ぐために使うような場所だ。
ただ今は山の方から狼の群れが降りてきているという、森と違い、山に住む動物や魔物は強力なのが多く、今のサヴラーの森は危険だと言えた。
「もし山から降りてきた狼達に襲われても問題ありません、精々D級そこらの魔物ですので」
冒険者を束ねる組織、通称・ギルドと呼ばれる場所ではまるでゲームのように魔物の危険度に合わせてランク付けがなされている。
G〜Sの区分でランク付けがなされており、D級の魔物は一般的な冒険者が複数人で事に当たれば問題なく対処できる難易度だという。
勿論、一般人であるタクマが一人でこれらD級の魔物に相対してしまえば、無惨な死体になってしまうが・・・・・・充分な訓練を積んだ三姉妹では赤子の手をひねる程度の強さだ。
ただ狼は基本群れて襲ってくる生き物だ。幾ら三姉妹が強いとは言え、一般市民を護衛しながらとなれば、何があるか分からない。
だから警戒だけは解かないように、とルイナは警戒心を切らさずに森を見ていた。
そんな中・・・・・・
『キャアアアアアア!!』
タクマ一行に、異変を知らせる女性の甲高い叫び声が森の中に響いた。
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