第6話 旅立ち

 三姉妹達と出会ってから十年が経ち、昔と違い、タクマもエルフの三姉妹も本当の家族としてお互いを認識している。


 普段であればタクマの言葉には殊更聞き分けの良い三姉妹ではあるものの、彼女たちがエルフの国へ帰ることが決まった際に、義父であるタクマも付いてくるよに三姉妹は暴れに暴れた。


 その勢いはタクマの言葉にも耳を貸さない程で、実年齢では20を超え、見た目も15歳程となっているが、精神的にはまだ幼いとタクマは感じた。


「随分と寂しくなっちゃったね」


 タクマが三姉妹に付いていく事が決まったことで、タクマは自分の店を畳むことに決めた。

 扱っていた交易品の殆どは知人かユリアスに売払い、今のタクマはちょっとしたお金持ちとなっている。


 そして今日、最後の一つが無事に売られたことにより、タクマの店には物が何もなくなり、その手伝いをしていたアルノは率直な感想を述べた。


「まぁ、これでこの街で思い残しは無いよ」


 タクマの言葉に対して、アルノは何故だか嬉しそうな笑みを浮かべている。そのアルノの表情にタクマは首を傾げるが、当のアルノは何でも無い、とごきげんな様子でそう言ってはぐらかした。


 タクマは既に30歳を過ぎている。最近では歳を取ったとしみじみと思うことが幾つも増え、三姉妹を育てたせいかどうも結婚に対してもそこまで興味が無くなっていた。


 その為、エルフの国に一緒に向かうことにはそこまで躊躇いが無かった。元々、若い時から商人として頭角を表していたため、親しいと呼べる人もそう多くはなく、寧ろタクマを敵視している人間のほうが多いぐらいだ。


 もし、エルフの国に行くのならば今が一番いい時期だとタクマは思っていた。エルフの国『サンディアーノ』は、アルマーレから遠い西の方に位置しており、周囲は山々に囲われて天然の要塞となっている。


 そんな険しい旅路を碌に冒険もしたこと無い人間が、40歳とか老いた状態で行くのは難しい、タクマにとってもルイナ、アルノ、シズは目に入れても痛くないほど可愛い娘達だ。今生の別れとなれば悲しいのは間違いない。


 一方でエルフの国での生活に対してもタクマは不安に思っていた。今までと違い、ホームグラウンドは姉妹達の方に変わる。それまでもてなしていたタクマが、逆にもてなされる側に変わるのだ。


 全く知らない生活になるだろう、とタクマは思っていた。エルフの国、サンディアーノは大陸の内側に囲われており海に面した場所が無い、国交が開かれて既に5年の月日が経つが、今も尚、交流はそこまで進んでいないという。


 人種の差というのはそれほどまでに高く厚い壁があるようだった。






 タクマと三姉妹の旅立ちの日は、とても静かのものだった。


 太陽が遠くから顔を覗かせ始めた早朝、アルマーレの街の外れには馬車を引く馬の手綱を持つ使用人が一人。


 それ以外には誰も居らず、周囲には鳥の鳴き声しか聞こえてこない。


「三人は問題ない?」


 盛大な宴は昨日の夜にユリアスの屋敷で行われた。


 動物の肉が苦手な三姉妹に気を遣って、魚と野菜料理を中心に、果実酒といった飲み物も出された豪華な宴となった。


 それでも、タクマと三姉妹は明日の朝から出発するのでお酒も程々に、主であるユリアスとも短いやり取りを終えてタクマ達は帰路につくた。


 そして旅立ちの朝は、ユリアスの計らいによって騎士団で育てられた立派な馬が一頭と、食料やテントといった荷物を乗せる馬車が一台、馬にはタクマが乗り、三人は徒歩で移動するという形になる。


 アルマーレからエルフの国、サンディアーノの交流都市・ケミルまでは約一年程かかる長い旅だ。中には色々なトラブルに見舞われて遅れが生じるかもしれない。


 最短距離で向かうなら、アルマーレの港から船で最寄りの街まで向かうのが一番良いのだが、海は危険で万が一の場合がある。旅もそう急ぐものでも無かったので今回は見聞を広める為にも陸路で向かうこととなった。


「問題ないよ、お父さん」


 アルマーレの住民を含めたこの地方の人間たちは、茶色い髪をしている者が多い、そんな中で輝かんばかりの白金の髪をしている三姉妹は遠目から見てもかなり目立つ。


 その為、三人はフードを常備しており、基本的に山道や人気がない場所以外ではフードを深く被ることになっていた。


 その為、タクマ一行は4人中3人がフードを被るという、不審者の集まりとなっていた。加えて、アルノとシズにはそれぞれ弓と剣が装備されているとなれば余計にそう感じるだろう。


「よいしょっと」


 最終確認を終えたタクマ達は、街の外れまで馬と馬車を持ってきてくれた部下の人に感謝を述べて、いよいよ出発することにした。


 四人の中で一番体力に乏しいタクマが馬に乗り、その横でシズがタクマが乗る馬の手綱を手に握る。


 タクマ自身、自分もエルフの国へ向かうことになってから乗馬訓練は行ったが旅にイレギュラーは付き物だ。念のため一番馬の扱いに長けているシズが横でサポートすることになっていた。


「・・・・・・」

「名残惜しい?」


 ゆったりと歩き始めた馬に乗りながら、タクマはふと後ろを振り返り赤茶色の屋根が建ち並ぶアルマーレの街並みを見ていた。

 そんな様子に気がついたシズは、ただ短く名残惜しい?とタクマへ話しかける。


「名残惜しくないと言えば嘘だけど、それ以上にシズ達が大切だからね」

「・・・・・・そっか」


 アルマーレに留まるか、それともシズ達三姉妹についていくか、どちらも大切で悩ましい事ではあるが、もし何のしがらみも無いと仮定すればタクマはシズ達を選びたいと思っていた。


 子も子なら親も親であり、タクマ自身、自分が子離れ出来ていないなとシズの問いかけに対して、タクマはふとそう思った。


 タクマの答えに対して、シズはそっかと短く答えると、ジーッとタクマを覗いてきた顔は既に前を向いている。彼女が今の答えに対してどう思っているかは不明だが、その足取りはなんとなく軽そうに思えた。

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