第5話 魔法と弓と剣と

 タクマがエルフの三姉妹と出会ってから、かれこれ十年の年月が流れた。


 タクマも30歳を過ぎ、人よりも成長の遅いルイナ、アルノ、シズの三姉妹は人間で言うところの15歳ぐらいまで成長している。


 大人とも子供とも、両方の要素を持ち合わせる姿の彼女達は、あと十年もすれば立派な大人に成長するのだが、人間の寿命に換算すればまだ二歳児程度である。


 タクマは自身が年齢を重ねるにつれて、人間とエルフの種族の差をヒシヒシと感じる中、当の三姉妹達は現在家のすぐ側にある敷地で戦闘訓練をしていた。


『「ファイアボルト!!」』


 タクマが自身の伝手を使って取り寄せた、エルフの国で広く扱われている汎用的な魔法の長杖、黒い木で作られた杖をルイナは高く掲げ、魔法を唱える。


 ファイアボルトと呼ばれた火魔法に雷の性質を合わせた彼女オリジナルの魔法、最初の頃は中々発動しなかったが、今では長ったらしい詠唱を短縮して発動できるようにまでなっていた。


 燃え盛る炎は、まるで雷のように疾く稲妻のように駆け抜けて目標の土人形に直撃する。

 ズガーン!と落雷が発生した様な轟音が周囲に鳴り響き、硬い土人形は砕け周囲にパラパラと砕けた土の欠片が飛び散る。そして残った残骸には、まるでナパームのように火が纏わりついて燃え広がっていた。


「完璧」


 短くそう語り、自信げに胸を張って確かに実った2つの果実を揺らしながら、ルイナは己の道が魔法使いと見定めて、数年前から本格的に魔法の勉強を始めた。


 元々、エルフとして高い魔法素質を持つルイナは適性にも恵まれたようで、火・水・土・雷・風の五大属性と呼ばれる基本的な魔法の全てと、治癒・自然の特異魔法の適性を持っていた。


 ただ彼女は火・水・治癒・自然の4つの魔法を重点的に訓練しており、最近では複数の異なる属性の魔法を掛け合わせて魔法を開発していたりする。


 転生者であるタクマよりもよっぽど転生者らしいルイナではあるが、同じ姉妹であるアルノやシズも負けてはいない。


 次女のアルノは弓を、三女のシズは意外にも剣を扱う。それぞれ違った分野で才覚を伸ばしつつあり、天才肌であるシズに至っては学び始めて3日でユリアス家に仕える騎士長を一方的に倒せるほどだ。


 アルノに関しては最初、ルイナやシズと同じように魔法使いや剣士を目指していたみたいだが、色々と試行錯誤をしていく内に、自分が弓において天性の才を持っていることに気がついたようで、今では立派な弓使いとなっている。


 アルノの適性は風・雷と長女のルイナに比べて適性の幅は狭いが、その分、風魔法に関してはずば抜けた才覚を持っており、彼女の弓の射程は冗談抜きで千里にも達する。


 というのも彼女が風魔法を込めて射た矢は、物理的に破壊されない限り目標を追い続けるという不思議な効果を持っており、最初にアルノが魔力を込めて適当に射た矢は彼女の感覚ではあるものの、一週間ほど空を飛んでいたらしい。


 下世話な話になってしまうが、発育という意味で一番育っているのは実は次女のアルノだったりする。

 最初こそは男勝りの性格をしており、姉妹の中でも発育は良くなかったのだが、つい三年前から急激に成長期が訪れており、今ではタクマと肩を並べる程にまで成長している。


 ただ弓使いとしては、これ以上発育が良くなってしまうと支障が生じるらしく偶にタクマに愚痴を語っている・・・・・・そんな中で、アルノに正反対に発育に恵まれなかった三女のシズは半ば八つ当たりにも似た形でアルノと剣を交えていた。


「シズつよーーい!!」


 アルノも既に一人前の弓の技術を持っているとは言え、最低限は近接戦闘も出来ないといけない、それは長女のルイナも同じであり、時折、彼女たちは三女のシズに一対一の稽古を付けてもらっている。


「・・・・・・おっぱい星人のアルには負けない、その駄肉、私が削いであげる」


 負けた―!と言わんばかりに大の字で地面に倒れ込むアルノに対して、何やら物騒な事を語るシズは、騎士長との試合で無事勝利した際に頂いた美しい剣を光らせて妖しく目を細める。


 色々な分野に才覚を伸ばす三姉妹に置いて、一番強いのは誰か?と言えばまず間違いなく最強なのはシズだと全員が答える。


 元々、魔法も得意な彼女は剣士としての才能にも恵まれており、今では魔法も剣も両方使う魔法剣士となっていた。


 同じ魔法を使うルイナと違うのは、シズはシンプルで強力な魔法を好んで使うことだろうか?シズの適性は火・水・土・雷に加えて光・闇の魔法に適性がある。


 魔力量においても実はシズの方が一番高く、時点でルイナ、アルノとなっている。ただ知識面ではルイナが圧倒的なので単純な魔法の撃ち合いではルイナに軍配があがる。


 ただ彼女には豊富な魔力を生かした身体強化魔法で、目にも止まらぬ速さで距離を詰めて斬りかかってくるので、純粋な戦闘においてはやはりシズが一番だと思われる。


「そろそろ日も落ちるから家に戻るよ~」


 そんな感じでルイナの魔法研究とアルノ、シズの試合を見終えたタクマはパンパンと軽く手を叩き家の中に戻るよう指示する。


 はーいと三人の返事を貰い、タクマは一足先に家の中へと戻った。今日は煮込み料理なのでいつもよりも早い時間帯から下ごしらえをしていた為だ。




「来年にはこの家ともおさらばか~」


 今日、タクマが夕食に用意したのはシンプルな魚の煮付け、トマトに似た甘酸っぱい野菜と一緒に煮込み、他にもサラダといった料理も用意してある。


 最近ではルイナも料理を始めたので昔に比べて随分と食事は豪華になった。広いテーブルの上には所狭しと料理が並んでおり、アルノは料理を口に頬張りながら、最近決まった予定に付いて話す。


「ユリアス様に強くゴネて正解でした。最悪の場合、この街を破壊しなければいけませんでした」

「物騒な事を言うのは止めてよ?ルイナ、あの時は本当に生きた心地しなかったんだからね」


 数年前、三姉妹の所有者であるユリアスは自身の年齢や最近の世情を鑑みて、彼女たちを当初の予定通りにエルフの国へ送り届ける事になった。


 それらは既に書面に記載されており、来年にはこの家を引き払ってエルフの国へ向かうことになる。その際は色々とあってタクマも一緒に向かう事となっており、タクマは商人を引退して彼女達の親として一緒に暮らすことになった。


 当初の予定だとタクマは三姉妹と離れて元の生活に戻る予定だったのだが、長女のルイナを始めとした三姉妹が領主のユリアスを脅した為に一緒に付いていく事になった。


 タクマ自身、そろそろ親離れの時期だと考えていたので、彼女たちが無事にエルフの国に帰るのならそれでいいと思っていた。加えてタクマは既にこの世界では30歳を過ぎている。前世と違って若い間に結婚して子を儲けることの多いこの世界だと、立派な行き遅れとなってしまっていたので、そこに負い目を感じたユリアスの伝手で縁談の話もあった。


 それに怒ったのは三女のシズであり、一番強い彼女が暴れた場合、周りに止められる者は居らず、ユリアス家の騎士長を含めた多くの騎士をその手で叩きのめしたのは記憶に新しい。


 その時には既に彼女たちは自力で奴隷に掛けられる魔法を突破しており、自由の身になっていた。その為、彼女たちを止められる者はこのアルマーレの街に存在しないが、彼女たちもこれまで育てて貰った恩もあるので、気に入らない事以外であればユリアスの命令にも比較的従順だ。


「次何か不穏な事を考えていたら私が叩きのめす。大丈夫、既に逃走ルートは確保済み」


 長女のルイナと同じように物騒なことを語るのは三女のシズだった。


 そんな彼女の言葉を聞いたタクマは、今では立場が逆転していると感じていた。既に姉妹たちを制御する枷は無く、実力にも差がある。


 三姉妹の中でタクマの主人であるユリアスを殊更嫌っているのがシズだったりする。その理由は先述した通り、彼が義父であるタクマの縁談を画策した為だ。

 そしてユリアスをが所有する騎士団を一方的に叩きのめして、シズが屋敷に訪れると屋敷を警備している騎士達はこぞって逃げる。


 果たしてそれは仕事としてどうなのだろうか?とタクマは思わなくもないが、最近ではシズだけ屋敷に呼ばれなかったりと露骨に距離を置かれている気もするので、特別問題が起きるわけでもないので、タクマは気にしない事にした。




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