第3話 エルフの国

 タクマがエルフの三姉妹と出会って、もう五年が経つ。


 人間の子供であれば、既に成長期を迎えてそろそろ大人の体つきになってもおかしくないのだが、彼女たちはエルフという長命な種族ということもあって身体的な成長は殆ど見られない。


「んぅ・・・・・・」


 ただそれ以外の部分では三姉妹は予想を遥かに超えるほど著しい成長を見せており、勉強はタクマが教えなくても問題ないレベルになり、長女のルイナに至っては更に難しい勉強を自主的に行っている。


 すぅ、すぅと寝息をたてながらタクマの膝を枕にして気持ちよさそうに眠るのは三女のシズ、おっとりで天才肌の彼女は眠るのが好きだ。


 最近はより一層タクマに懐いたのか、暇があればタクマの膝を枕にして眠ることが日課となっており、起きたらタクマでも理解できない難しい魔法に関する本を読んだりしている。


「眠るのはいいけど、もう一時間もすればユリアス様の屋敷に行かないとだよ?」

「・・・・・・いや、お家で眠る」


 そんな平和な日常を過ごすタクマと三姉妹ではあるが、今日はユリアスの屋敷に出向いて途中経過を報告しなければならない。


 途中経過といっても、彼女たちはまだまだ子供と呼べる歳なので明日いきなり側室に・・・・・・という事は無い、ただしっかりと教養を身に着けているかといった、マナーに関する試験が行われる。


「僕も出来ればシズ達には行ってて欲しくないけどなぁ」

「・・・・・・じゃあお父さんも一緒に眠ろ?気持ちいいよ」


 タクマの膝の上に頭を乗せて寝ているシズの綺麗な髪を手櫛で梳きながらボソッと呟く。


 最初こそ義務感で三姉妹を育てていたものの、流石に五年間も一緒に過ごせば彼女たちに対して親としての情も湧く。

 ただいつかは側室として嫁に出さなければ行けない、そう頭の中で分かっていても気持ちとして納得できなかった。


 一瞬暗い表情を浮かべたタクマに対して、シズはゆったりとした動作でタクマの頬を優しく撫でた。


 今でこそシズはタクマに心を開いて懐いてくれているが、意外にも三姉妹の中で一番心を開いてくれるのが遅かったのがシズだったりする。


 タクマ自身、どの時点で心を開いてくれたかは不明だが、懐いてくれた後は二人の姉たちに比べて結構べったりとくっついてくる。


 長女のルイナに関しては、懐くというよりは信頼しているといったほうが正しいようで、次女のアルノや三女のシズと違って年相応に甘えるという事はしない。


 しっかり者の長女、天真爛漫な次女、人見知りだが実は甘えん坊の三女といったイメージをタクマは彼女たちに抱いていた。


「・・・・・・意外とそうでもないかもよ?」

「?・・・・・・どうした、シズ?」


 三姉妹に対してタクマはそう考えていた中、ジーッとタクマの顔を見つめていたシズは意味深な言葉を残して目を閉じて再び眠り始めた。





「やはりエルフは成長が遅いか・・・・・・」

「そうですね、話によれば成人と呼ばれるまで20年は掛かると」


 タクマの言葉に対してユリアスは、ふむ、と頷いて顎を擦る。


 見た目麗しいエルフの三姉妹を購入した彼はアルマーレの街を始めとして複数の街を治めている。


 元々彼は王国北部の名家の生まれであり、タクマがこの世界で生まれる前に起こった戦争で活躍して今の領地を拝領した。


 そんなユリアスは今年で御年50歳、既に壮年と呼べる年齢ではあるが今も尚精力的に働いている人物だ。三姉妹を購入した経緯からして好色家とも勘違いされそうだが、貴族のとして考えれば決してそんな事は無く、治めている街には彼の愛人が住んでいるが、どこも豊かに暮らせるほどの生活費を渡しており、生まれた子供も可愛がっている。


「本来は私の側室として迎え入れようと考えていたが、もう歳が歳だ。売却する事も視野に入れるべきか」

「・・・・・・高騰しておりますしね、エルフの奴隷は」

「仕方なかろう、王国がエルフと正式に国交を結んだとなれば、公にエルフを攫うことは出来ん」


 そんな彼が次の案として持ってきたのは今所有しているエルフの三姉妹を別の貴族に売り払うことだった。

 ユリアスの家は男児に恵まれず、入り婿という形で他から婿を呼んでいる。


 愛する娘の夫つまり義理の息子に対して、元々自身が迎える予定だった側室を譲る訳も無く、だからといって有効活用しなければ大損だ。


 そこでユリアスが考えたのが他貴族へエルフの三姉妹を売り払う事だった。


 元々エルフの奴隷というのは、人間の奴隷よりも何十倍も高く数が少なくとても希少だ。当時、ユリアスが購入した時も結構な大金がかかったはずだが、今は当時と比較にならないほど値段が高騰している。


 その理由は幾つもあるが、一番の原因は、今から丁度一年前に王国とエルフの国が正式に国交を結んだことに端を発する。


 それまで国交を結んでいなかった王国とエルフの国は、度重なる戦争に嫌気が差した結果、国交を結んで様々な条約を盛り込んだ同盟を組んだ。

 その内容は不可侵だったり、文化交流や交易だったりと様々あるそうだが、その内容の一つにエルフの奴隷化の禁止が盛り込まれていた。


 その為、奴隷商達は合法的にエルフを奴隷にすることが出来なくなり、結果として同盟が正式に決まってからここ一年の間でエルフの奴隷の価値は非常に高まっている。加えて対象が若く清らかな者となれば想像もつかない値が付くことだろう。


「本当なら君に譲ってもいいのだがな、流石に物が物だ。おいそれとは譲れんよ」

「・・・・・・充分承知しております」


 エルフの三姉妹を育て始めてから五年、その間にもタクマは交易に関する商いを続けていたが、充分な黒字こそあれどエルフの三姉妹の子育ても同時に行わないと行けなかったため、事業拡大とはなっていない。


 その為、購入しようと考えれば億に達する可能性がある三姉妹を引き取るのは難しく、ユリアスもタクマが三姉妹に対して親の情を抱いている分かっていながらも額が額なので、それらを無理して彼女たちを売却する話を出している。


 それに対してタクマは自らの不甲斐なさに歯痒い気持ちを持ちつつも、三姉妹には悟られないように努力していた。


「・・・・・・まぁ、場合によっては彼女達を元の国に返すかもしれん、そう心配するな」


 ユリアスは普段から合理的な考えをしているが、決して悪党という訳ではない、メリットとデメリットを天秤に掛けて厳しい判断を下すことはあれど、他人の気持ちを汲み取れないほど狭量な人物でもなかった。


「それなら私としては嬉しいですが・・・・・・」

「幸いにも彼女達からの印象は悪くない、国交が正常に戻ったことで彼女を元の場所へ返すとなれば相手方の心象も良くなるだろう」


 領主としてユリアスは、正式に国交が開かれたエルフの国に対して関係を結ぼうと考えていた。エルフは古くから薬学に精通しており、高品質なポーションや魔法薬を生み出している。


 これらを取引できれば莫大な利益が見込めるため、ユリアスは彼女らを手土産として関係を構築しようとしていた。


 その内心は純粋な白では無いにしろ、義父として彼女たちが元の国へ戻って幸せに生きてくれればそれに越したことはない。


 勿論、彼女たちが傍から離れる事は悲しいが、それこそ、下手に貴族に売り払って彼女たちが酷い目に遭うよりは全然マシだった。


「既定路線としては、エルフの国と関係を築くために彼女たちを差し出す事を考えている・・・・・・私ももう歳だしな、これから側室を迎え入れるというのは難しい、ただ絶対では無いことに留意しておいてくれ」

「承知しました」


 ユリアスの決定にタクマは頭を下げると、ユリアスの執務室から退室してまだ屋敷に留まっている三姉妹を迎えに行くために足を運んだ。

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