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「ていうことがあってさー」
「へー」
「それがこうなってー」
「そうなんだ」
「聞いてないだろ」
そういわれて、私は視線を窓からくるみの方に移した。
「ごめんごめん、で何だっけ?」
「ほら、やっぱり聞いてない。だからお昼食べる友達私しかいないんだよ」
高校生女子の平均身長より五センチほど低く、黒く透き通った瞳が目立つ童顔が私を見てそう言う。
「いや、あれ見てたんだよ」
さっき見ていた方向に指を向けると、くるみも同じ所に目を見遣る。
「あー、福田君ね。美沙とは違って、顔だけじゃなく性格もいいし、友達も多いよね。成績もいいから、女子からモテる。そりゃあんな人だかりもできるよ」
「ちょっと、私のこと褒めてくれたのは嬉しいけど、顔だけって何?それに私は友達が少ないんじゃなくて、くるみにしか気を許せないってだけ」
「はいはい、私だけを好いてくれてありがと。てか次、移動教室だから早く行こ」
「分かった」
「髪が長くて容姿端麗、成績優秀だが友達が少なく一年次は別室登校……」
何やらぼそぼそとした声が廊下から聞こえる。準備が終わり、私が筆箱だけ持って廊下に
出ると、先程の声と同じ持ち主がうるさい声に変わり私の後ろで挨拶をしていた。
「こんにちは!! 天野さん」
私の名前だったが、同じ名前なんてもう一人くらいいるだろう。人違いだと思って、まだ教科書の準備をしているくるみを待った。
「こんにちは!!! 天野さん」
誰かが私と同姓の人に、諦めず挨拶している。
「こんにちは!!!! 天野さん」
こんなにやかましい声で挨拶してるんだから、早く返事してやれよ私以外の天野さん。挨拶している人が可哀想、と思い溜息をついてまっていると、準備が終わったくるみが、きまずそうな顔で私に言った。
「天野美沙。あんたに挨拶してるんだよ」
くるみにそう言われ後ろを振り返ると、さっき窓から見ていた人だかりがあった。つまり、その中心にいる人は……。
「この人が福田君か」
その声が周りに聞こえたらしく、あちこちから驚きの声が聞こえた。
「福田君のこと知らない人がいるなんて」
「福田君のこと、今知ったの?」
周りがざわざわする。そんな中、くるみも同じような疑問を投げかけてきた。
「あんたさっき、福田君のこと知らないで聞いてきてたの?」
「だって私、一年の頃ほとんど学校行ってなかったし、行っても別室登校だったじゃん」
「あー、確かに。なら知らないか」
「だから、福田君の肉声聞いたのも初めて」
「肉声て」
二人でひそひそ話をしていると、福田君が近づいてきた。
「君が天野美沙さんで間違いないな?実際に会ったのは今日が初めてだが、これからよろしく頼む!」
普段ならフル無視するところだけど、面はいいし、茶髪なのにチャラくないまっすぐな目で挨拶をしてくれていたし、こちらを見ている人も多いので返事だけはすることにした。
「あーうん」
そう返事すると、何あの態度?とかいう言葉が私の耳に入る前に、人だかりから走って抜け、次の授業の教室の場所へ向かった。
「最悪! もう最悪ッ! なんであんたは、いつも塩対応かフル無視しかできないの?よろしくね! くらい言えないわけ?」
「だってあんな大人数の中で長々としゃべりたくないし、あの人の声うるさいんだもん」
「まあ確かに。そういや、表で明るい人って、裏で闇抱えてるらしいよ」
「そうなの?私は絶対、あの人悩みないと思うけどなあ」
そうして、その日の五限は始まった。
次の日の朝、くるみからラインが来た。
「今日は風邪で学校行けない、ごめん。私居なくても、しっかり学校行くんだよ?」
「うわ、今日休むなんて。タイミング悪いな」
OKのスタンプ押して、学校に行った。本当は行きたくなかったが、一年の時の担任が二年次にしっかり登校するのなら、進級できるようにすると言ったので渋々承諾した。しっかり登校って何?定義を教えてほしい。まあ、そんな話は置いておいて、私も高卒くらいはとっておきたいし、親泣かせになりたいわけでもないので、仕方なく学校へ行く。教室に着き、ドアを開けた。いつもはドアを開けると、先に着いているくるみが向かってくるが、今日はいない。携帯をいじりながら、授業時間を過ごす。別に、くるみがいないからと言って、辛い訳ではない。今日は、新学期が始まってすぐだから短縮授業だし、授業中はみんな静かだから、話す相手がいなくても平気。それにいつも、音楽を聴きながらネットサーフィンしてるだけだし。けどもし、辛いことがあるとしたら、この後かな。
最後の授業終了のチャイムが鳴る。部活生は練習の前に昼食を取るため、同じ部活動同士の人たちで固まり、帰宅部生はいつメン同士で帰る。そして、私の元にも(くるみが欠席している時限定の)いつメンがくる。
「天野さん、一緒にかーえろ?」
クラスの一軍女子軍団が、私に声を掛ける。
「いいよ」
明らかに帰り道ではない場所、ゴミ倉庫横に連れていかれるが、私は何も言わずくるみが居ない日の習慣が始まる。
「調子乗ってんじゃねーよ、お前!」
私のお腹に拳が一発入る。このいつメンたちは、私が一年の最初、まだ学校に行っていたときにくるみが知り合った人たちで、私も話しかけられた。私はくるみ以外と関わる気がないから、昨日の福田君のような対応をした。その場は代わりにくるみが謝ってくれたおかげで解決した。最初にくるみ意外と関わる気はない、と話をしたのに、しつこく話しかけてきたからフル無視をしてた。その結果、くるみに痛い目を負わされたくなければ、黙って罰を受けろと言われ、このように陰で私のことを殴っている。くるみは、このことを知らない。
「何なの?昨日の福田君へのあの態度、私たちの時もだけど、すかしててキモイんだけど!」
今度は頬に入る。うわすご、いつも痛かったけど、昨日の福田君のこともあって、拳により力が入っている気がする。女の嫉妬って怖、と思い笑うとさらに殴られる。
「何笑ってんだよ!」
次に脛を蹴られ、力が入らなくなり倒れていると、記憶に新しい大きな肉声が聞こえた。
「お前達!? 何をしているんだ!?」
ゴミ倉庫横は、業者の人が少し通るくらいで、普段の人通りは物凄く少ない。なのに、何で?
「ふ、福田君、こんなところにいるなんて珍しいね。生徒でここに来る人なんて滅多にいないよ?」
「うむ、そうだな。しかし、今ここにいる俺は生徒会長だ!ただの生徒ではないぞ!」
「も、もちろん知っているよ! でも、なんでここに?」
「先生から、学校の設備や器具に問題はないか、見てきてくれと言われてな! そちらの問題はなかったんだが、どうやらここには別の問題がありそうだな」
「これは違うんだよ、よろけてたところを助けようと思ってた所で……。ね?大丈夫?天野さん」
誰にも見られたくなかったし、知られたくなかった。でも知られてしまった以上、少しでも福田君の記憶に残らないように、さっさと一軍女子を肯定して見掛け上、穏便に済ませようと思った。
「そうそう、ありがとね……」
「天野は何も言わなくいい、答えなくていい。殴っていたところから見ていたからわかる、これは遊びで済まされる問題ではない。これはいじめであり、犯罪だ。そして犯罪はいかなる理由であってもしてはならない。俺は、このことを先生に報告する」
福田君が人の話を全部聞き終わる前に、話し始めるのは意外だった。声色もいつもの福田君の通りやすい声であることは間違いないけど、恐らく、福田君を囲んでいる人だかりの一人も知らないであろう低いトーン声だった。
「み、認めるよ。確かにいじめてた。でも、私たちの話を聞いてほしい。だって……」
「認めてくれたか! では、俺に金輪際関わらないでほしい!それと天野にもな! ではさようなら!」
福田君は、いつも通りのうるさい声に戻った。
「立てるか?保健室に向かうぞ」
「大丈夫。それに福田君に助けてもらう理由なんてない」
そういって、一人で立とうとするとさっきの痛みが戻ってきて倒れそうになった。
「ならば理由を作ろう! 生徒会長が生徒を救うのは当然!」
そう言って福田君は私を無理やり納得させ、倒れそうになった私を支え、支持搬送のような形で私を保健室に連れて行ってくれた。
保健室で手当てを終えて廊下に出ると、待ってくれていた福田君が話しかけてきた。
「今日は短縮授業で、まだお昼だ。体調が大丈夫ならランチでも行かないか?」
距離の詰め方がえぐいと思いつつも、助けてくれた人だし明日からはまた他人同士に戻るんだから、誘いに乗ることにした。
「ランチってこれ?」
福田君に連れられた場所は、有名ハンバーガーショップだった。
「ああ、そうだ!ここのハンバーガーはとても美味いんだぞ!」
「そうなんだー」
「きっと、天野も気に入るだろう!」
世間知らずなのか、私がこの店を知らない体で、知る人ぞ知る店みたいな感じで紹介してきた。ランチにここを選ぶとは、なかなかのセンスしてるなぁ。まぁ、助けてくれた人にそんなこと言えないんだけど。すぐに注文しようと思い、レジへ並ぶと福田君に呼び止められた。
「待ってくれ!天野。ここは俺に払わせてくれ!俺が誘ったのだからな!」
「でも、そんなの悪いし……。自分で払うよ」
そういって財布を出そうとすると、福田君が私の財布を取り、代わりに福田君の学生証を渡してきた。
「俺が払うからこの財布は預かっておく!天野に一銭も出させるわけにはいかないからな!もちろん店を出るときに返すから財布を盗むつもりはないが、もし安心できないのであれば、その学生証の住所を写真にとって警察に届け出を提出してくれ!」
まあまあだるいな、コイツ。まあでも、福田君なりに慰めてくれてるというか、救ってくれているんだろう。時々乱暴な面もあるけど。
「天野!何セットがいい?」
「Aセットで」
「ふむ、なら俺もそうするとしよう!」
注文が終わり、二階の席に座った。
「それで」
私はドキッとした。さっきのことを深堀されると思ったからだ。自分では心の中で抑えることができていると思っていたけど、顔に出てしまっていたらしく、福田君が躊躇いながら聞いてきた。
「いや、その、答えたくないならいいんだが……。天野は、音楽が好きなのか?」
「え?」
「いや、移動教室で天野のクラスの前を通ることがあってな。その時は音楽を聴いていたし、昼休みもよくイヤホンをしているだろう?」
自分が予想していた質問とは、全く違いすぎる角度のものだった。わざと違う話題にしてくれているのか、単純な疑問なのか分からない。とりあえず、聞かれてることにはこたえようと思った。
「あー好きだよ。音楽っていうか、Lieっていうユニットが好きなんだけど」
「Lie?俺も知っているぞ!よく聞いている!ハッキリ言って、俺もファンだ!」
同志がいたことに嬉しさを覚え、少し微笑んでしまった。テンションが上がった私は、福田君に問いかける。
「じゃあじゃあ、何の曲が好きなの?」
「君に、だ」
はい、ミーハー。さっきまで最高潮に上がっていた私のテンションはダダ下がりした。それは一番人気のある曲で、公式MVが一億回再生ストリーミング再生一位の曲だったからだ。福田君は本当に好きであるから、その曲を言ったんだろう。別に私はそれが嫌なわけではない。嫌なのは、一番人気の曲だけを知ってそのユニットを知った気になっていること、ファンになった気になっていることだ。福田君はどっちの人種か……。
「あー、うん。そうだよねー。あれいいよね。ちなみにほかの曲知ってる?」
「ん?知らんが?」
あ、嫌いな人種だった。下がっていたテンションは更に下がり、代わりに怒りがどんどん上がってきて、それが口から放たれた。
「Lieっていうのは二人組のユニットで、元ボカロPであるIさんが作詞作曲担当、Leさんがボーカル担当っていうことは知ってるよね?」
「そうなのか?ボーカルの女性一人で活動してると思っていたぞ!しかし、元ボカロPの人は知らないな」
「君と嘘」
「ああ、その曲の方か!TikTakで流行っていたな!知っているぞ!サビの部分だけしかわからんが、あの曲は大好きだ!」
嫌いな人種の中でも、一番嫌いな人だった。まあ、このハンバーガー店を得意気に紹介してきたところで、香ばしい匂いはしてたけど。ハンバーガーとサイドメニューを食べ終わり、コーラを飲んでいると、また福田君が質問してきた。
「ちなみに、天野が一番好きな曲は何なんだ?」
私は考えた。考えたが、無限に考えてしまい、思考がまとまらない。
「Lieを結成して一曲目の真もいいし、詩が一番好きなのは君色だし、メロディーラインが好きなのは燈火だし、まあいい曲だから君に、も一億再生されたんだし、IさんのボカロP時代も好きだし……」
「本当に好きなんだな」
福田君がふふっと笑う。その顔を見て、私は早口でべらべらと話していたことに気づく。好きな分野の話になると、饒舌に喋ることができるこの病気に名前を付けたい。
「そんなに表情が豊かだったんだな。元々顔立ちが整っているとは思っていたが、感情を出している方がもっとよく見えるぞ」
恋に落ちてしまうようなことを普通に言う。だから、学年一モテるんだろうな。まあ、私は声がデカいのが気になってしようがないから無理だけど。
外を見ると、夕日が綺麗だった。結構話し込んでいたらしい。おすすめ曲を聞いてきたので、私が全部良いというと、福田君は片っ端から聞き始めてくれた。ミーハーだけど、知ろうとしてくれるミーハーは大好きだ。福田君の門限もあるので、数曲一緒に聞いてここで帰ることにした。お互い店から家は近かったが、お互い帰る方向が反対だったので、店で解散することになった。解散する前に、福田君にメッセージアプリで連絡先を交換しようと言われた。私は快く承諾し、明日になったらブロックしよう、と決意して帰った。帰りながら思ったことだが、私のことしか話をしていないことに気づいた。それに少し悔しさを感じていると、もう家に着いたので、財布に入っている鍵を取り出そうとした。すると、財布がないことに気づいた。あの時だ。学生証に書いてある住所を携帯で調べ、財布を返してもらうために向かった。
その住所に着き、ついさっき交換した連絡先にメッセージを送った。既読、はつかない。インターホンを見つけたが、故障していた。夕日が明るくて眩しいからか、福田君の家の窓はほぼ全てカーテンが閉まっていた。一つだけ小窓が開いており、そこを見ると人影が見えた。あ、やばい、福田君くらいの大きさの人影が、成人男性の大きさの人影に殴られてる。助けを呼ばないと。でも、目が離れない。何でだろう。あ、これ私だ。さっきの私。福田君も私と同じなんだ。同士として助けないと。私は、財布を返してもらうという体で、電話を掛けた。
「もしもし、財布返してもらってないでしょ?学生証見て、家の前まで来たんだけど」
「そうか!すまない!すぐに出るから待っててくれ!」
電話越しではいつもの、いや、いつもより少し明るめの福田君がいた。電話が切れてすぐドアは開いた。するとそこには、声だけは何とか元気な福田君がいた。
「なんと、本当に盗んでしまう所だったな!すまない!気をつけないといけないな!」
「その顔の傷どうしたの」
「実は、店で解散した後、すぐにこけてしまってな!恥ずかしいものだ!」
「じゃ、その腕の傷は?肩は?膝は?首は?」
福田君は何も答えられず、少しの間沈黙が続いた。
「家庭での俺には、もう関わらないでくれ。父親が大企業の経営者なんだ。成績優秀なお前ならわかるだろう?だから、警察や身内、先生友達、誰にも言わないでくれ」
私は考えた。考えたが、分からなかった。福田君の顔を見ると、今にも溢れ出しそうな藍色が瞳を覆っていた。それを見て、私は何も言えず歩いた。
「では、また明日学校で会うとしよう!」
私は耳を塞いで歩いた。福田君の声がうるさかったから。
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