第十話 「必殺技を考えてみよう!」

【8/2 12:50】


俺はあの……あの人に連れられて、謎の部屋に来ていた。ホワイトボードが置いてある、どこかの部屋。

……いや違う、これ黒田組のビル内だ。今思い出した。


「なあ幸樹君。やっぱ楽だったろう?訓練。」

「ちょっと待って、あなた誰でしたっけ……ああそうだ、前川さん。」


いかん、完全に記憶が飛んでいた。何回か恨みの念を送っていた事まで思い出したが、この人にはちゃんと届いてくれただろうか。


「楽な訳ないですけど、まあ終わってみれば実りはありましたよ。

ライフル射撃の反動も余裕で受けられるようになりましたし、脚の持久力も鍛えられた。

筋肉もつきましたしね。終わってみれば、効果はあったと思います。」


「……やれやれ。やっと一人前って所かしら?」


そう言って、誰かが歩いて入ってくる。

そうだ、思い出したぞ。全てを思い出した。


「……その声は。そうだ、君には謝らなきゃいけない!」


俺は、素晴らしい彼女の肩を掴む。


「へっ? へっ!? へ!?」

「すまなかった、この通りだ…!」


俺は彼女を誤解していた。正直面倒臭そうな女だと心中では罵り、指揮官の娘ゆえに贔屓されているのではないかと疑った。


「言ってはいなかったが、心中君を侮辱していた! 蛆虫のような根性をしたこの俺を、許してくれ……!」

「あ、いや、えぁあ…い、いいのよそんなこと! わざわざ言わなくても!」

「そうか……感謝するよ、心から。」


許してもらえた。これが、何と有難い事か。これからは自分の言動には注意を払おう、いやマジで。


「なんでか知らんが、仲良くなったから良しとするか。

さて、君らをわざわざ呼び出したのには理由がある。何だと思う?」

「初任務の話、とか?」

「俺も、そうかと思っています。」

「ノンノンノン。違うよ、二人とも。」


人差し指振って、その上ウィンクまでしてるの腹立つわ。何してんだよ、人差せよその指で。振るための指じゃねえんだぞ。


「じゃあ何です?」

「それはな……すばり、“幸樹君の必殺技を考える会”のためだ!」


何がずばりだよ。何もずばってねえよ。


「おっと、呆れないでくれよ?話はここからなんだから。別に娯楽とか、そういう事しようってんじゃない。

君の能力には、応用性があるからね。私のそれと同じように。」

「……能力って何でしたっけ。使わなさすぎて忘れてました。」

「おいおい、深刻だなこりゃ。なんで忘れたんだ?我々と初めて会った時の事は覚えているかい?」

「それはさっき思い出しました。六月の二日とか、その辺でしたよね?」

「正解だ。記憶の問題は解消されたな。

そして思い出したかな、君の能力。運動を操るんだったっけか。

正直、こういう事は言いたくないんだけど……なんか、抽象的すぎないかい?」


それ、俺も思ってます。すごく思ってます。でもこういうもんだと思ってました。


「でも、父さんだって似たようなものでしょ?」


痛いところを突くな、さすが優子さんだ。格が違いますよ。


「そうだ。そしてだからこそ、この“必殺技を考える会”が……」

「その子供が考えたみたいな名前やめて!」


マジ格が違いますよ、いや本当に。


「おいおい、随分冷たいなぁ。娘のくせに。

まあいい。娘の言った通り、私の能力も抽象的なんだよね。

……私のTは、オン・オフを切り替える能力だ。

『スイッチング』と、僕は勝手に名付けたがね。」


おっと、意外と便利そうだな。聞いただけだと戦闘には全然向いてないように思えるが。


「正直、子供の頃は意味がわからなかったさ。冬場に布団の中から電気のスイッチを手を触れずに切ったり、お風呂のお湯を沸かすスイッチを入れたり……まあ、そのくらいだ。日常では使えるが、地味な能力だと思っていたよ。中学に入るまではね。」


つまり中学で何かあった。そういう話だ。


「なるほど。で、中学で何が起こったんです?」

「おいおい待てよ、説明するから。」

こちとらさっさと本題に入りたいだけなんだ。とっとと言ってくれ。

「僕は当時、所謂運動部に入っていてね。男子のバレーボール部だったかな? とにかく、入っていたんだ。

君が運動部経験があれば分かると思うんだが……なんせ結構キツくてね。それに、顧問もクソ野郎だった。」


ボロクソに言うな。いや、運動部の顧問にはあまりいいイメージはないとはいえ。


「だがそいつに、気付かされたんだ。

ある日、そいつに言われたよ。『気持ち切り替えろ』ってさ。」


まあ、よくある台詞だな。この人の話しぶりからして、やる気が足りないと説教をされている時の言葉だろうか。

まあ、対戦相手に点を取られた時の言葉であるかもしれないが。


「いつもなら軽く流していたんだが、妙に気になってな。

俺の能力、それはオンオフを切り替える能力。ならば、人の気持ちも切り替えられるんじゃないのか。

いいや、感情だけではない。人間の隠された機能、本来出来ない行動、それの如何をオンオフで切り替えられるんじゃないかってね。」


……なるほど。確かに、何のオンオフを切り替えるかは本人の匙加減。能力の持つ深い部分を、発現させられたという事か。これなら戦闘にも……使えるかなぁ。


「……それが、俺にもできると?」

「そうだ。例えば感情の話で言うなら、『心が動く』という表現方法がある。

その理屈で言うのならば、心は運動している事になる。」

「そんな滅茶苦茶な理屈が通るんですか⁉︎」

「通るとも。何故なら、Tというもの自体無茶苦茶だからだ。

考えてもみろ。非能力者にとっては、我々は無茶苦茶な存在だ。

物理法則を完全に無視し、目視不可能な感情の世界に入り込んだりもしてしまう。しまいには、能力で能力を止められるようにもなった。訳分からんだろう?」


まあ、一理ある。それにTには本人の精神が反映されるとこの人自身が言っていたし、できるもんなんだろう。それで納得するしかない。


「だからこそ、必殺技が必要なんだ。できると思える事を増やし、自分の技術を向上させなければならない。」

「なるほど。非常に興味深いですが、俺には課題がありますので。」

俺はそれだけ告げると鞄から筆記具と夏季休暇課題を……

「おいおい、冷たいじゃないか。コミュニケーション大事だよ?」

「ちょっと待って、何か分かったような気がする……

そうか、そういう事か!」

「おっ、何か閃いた?」

「待ってください、今から実演します。」


試しに適当な問題集のページを開き、最初から解き進めていく。

教科は古文。苦手なはずだったが、次から次へと回答が頭に浮かぶ。そしてあっという間に、見開き二ページを終わらせてしまった。


「おお、速い速い。得意なのかい?」

「いえ、クソ苦手です。能力のおかげですよ。

ほら、『頭の回転』とかそういう言葉あるでしょう? それも運動として見ると、このように知能が上がるんです。」

「いいね、いい感じだ! その調子でガンガン考えていこう!」


もう何というか、我ながらトチ狂っている。しかし、自分で案を出した以上止める事は不可能だ。

まあ、やってやるとするかーーーー


【8/29 14:29】


「よし。それじゃ今日は、今まで出してきた技の整理をしてみよう。」


そう言われて来たのは、射撃演習場。ここで技の練習をする訳だ。とはいえ俺も全部は覚えていないので、ある物を持って来た。

手帳だ。相川さんに書いとけと言われて、一応メモを取っておいた手帳。

マジで使うとは思わなかったよ。まあ、意外と有用なやつも多かったが。


「わかりました。何から行きます?」

「まあ、普通に思いついた順でいいんじゃないか?最初のアレとか。」

「それ、もう既に使ってます。“スピニングヘッド”でしょう?

……なんか今更ですけど、名前ダサくないですかね?」

「ないない、全然ない!カッコイイぞ!」


本当か……?絶対嘘だろ。

まあいい。次のやつは結構使えるからな。


「じゃあ、次のやつやりますよ。“ホット・ストップ”!」


上の方にある窓ガラスに向かって能力を使うと、ガラスが粉々に砕け散る。


「おぉー、見事なもんだな。確か科学の勉強してる時に思いついたんだったか?」

「ええ。物体の熱運動の話を聞いて、ピンときましたよ。

熱運動の速度を低下させてから、急激に上昇させる事でガラスなんかを破壊する。

いわゆる泥棒が使うような“焼き破り”を擬似的に起こすんです。」

「熱運動を能力で停止寸前まで遅くして、そこから急激に速度を上げる。理屈よく分かってなかったけど、そういう事だったか。」

「はい。ただ欠点がありまして、あんまり使いすぎると頭痛くなるんですよね。」


これも、俺がこの一ヶ月で身につけた知識だ。

T能力は本人の精神に左右される。逆も然りだ。Tを使い過ぎると、精神に異常をきたす。だから、あんまり使い過ぎる訳にはいかないのだ。


「減速の部分がダメなんだっけ? つってもまあ、それで十分でしょ。」

「まあ、そうですけどね。

お、次とその次は結構簡単だな。連続で行きますね。

“ハード・ジャンプ”!そして、“トリック・ショット”!」


一つ目の技で吹っ飛びながら跳躍し、二つ目を使って置いてあった弾丸を飛ばす。

弾丸は的に向かって直進していたが、着弾の直前で弾道が上に跳ね上がる。そのまま後ろから回り込み、的は貫かれた。


「へぇ、自分も飛ばせるようになったのか!

成長したじゃん。」

「ええ、まあ。結構日常でも便利で、助かってますよ。」


……こんな感じに、今日は一日中新技を披露し続けたのであった。

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