第九話 「トレーニング・キャンプ」

【18:30】


「君はまだ、未熟なんだよ。」


……まあ、そう言われるとは思っていた。俺はつい昨日初めて実戦を経験しただけの素人だ。本物の特殊部隊である彼らに、追いつける訳はない。むしろ、追いつける方がおかしいもんな。


「君の学校、夏休みはいつだ?」

「確か……7月の28から、8月の31まででしたね。」

「よし。明日、いや今日からトレーニングを開始させてもらう。君からの異論を認める気はないから、覚悟しておけよ。」


……トレーニングのお誘いか。まあ、そうまでしないと特殊部隊なんて足手纏いにもなれないんだろうという事は分かっている。特に、俺のような雑魚には。


「ええ、構いませんよ。構わないは構わないんですが……ちなみに、どの位のトレーニングなんですか? まさか、あなた達と同程度なんて言わないですよね?」

「いやいや、そこは安心してくれたまえ。元はと言えば、君はただの高校生だからね。自衛隊レベルで済ませるよ。」


……おいおいおいおい、それもまあ結構なんじゃないのか⁉︎ きついだろ、民間人上がりには!


「きつい、って顔してるけど大丈夫さ。」


……足音が、後ろから聞こえる。女物の靴が響かせる、足音だ。


「私の娘も、その位はしているよ?」


それを聞き、彼女が来たのかと耳から理解する。


「そうね。お父さんにやれって言われてるからだけど。」


そういえばこいつ、特殊部隊員の娘だったな。その位はさせられているか。


「……なんか、昨日の自分の行動がますますアホみたいに感じられてきましたよ。俺、何しに行ったんです?」

「本人の前で言う? そういうの。」


知るか。俺は本人の前でそういう事言うような人間なんだよ。

……そんな人間だったら、なんであんな事したんだ? 放っとけば良かったのに。クソ、こいつのせいで嫌な事ばかり思いつく。


「どうしてだ? 別に良いじゃないか、結果的には。」

「いや、だってですよ? こいつ俺より腕っぷし強いって事でしょう? つまるところ、昨日のあれがただのナンパだった場合ですよ。俺は何もしなくていい、どころか無駄だった可能性さえある。……溜息が出ますよ、全く。」


俺は、いつもこうだ。人助けをしようとして、えげつない目にしょっちゅう遭う。


「だが君がそういう人間だったから、能力が進化した。自分の遺伝子を超えられたんだ。違うか?」

「ありゃ、今までの俺がTを使いこなせてなかっただけですよ。だいたい性格が反映されるとは言いますけど、じゃあ俺って何なんです?

『運動を操る』って、抽象的すぎるでしょうよ。」


まったく、反吐が出そうだ。自衛隊のレベルに近い訓練なんて、嫌ったらありゃしない。


「まあ、その辺りの訓練は後からやろう。基礎体力を高めるための訓練を今日から約二ヶ月、その後T専門の訓練を一ヶ月行う。

あとそれに並行して、高校一年二学期までの学習内容を進める。

それさえ終われば、君も晴れて組織の一員だ。そして、自分の高校で初任務ができる。こんないい事があるか?」


俺のさらに嫌そうな顔を察してか、相川さんが俺と肩を組んでくる。


「大丈夫さ。大した難易度じゃない。多少キツさはあるが、すぐ慣れる。それにたったの二ヶ月だぞ?心配ないって。」

「分かりました、分かってますよ……」

「ちょっと、相川さん!そうやって無理に引き入れようとするのやめろって、私にも言ってたじゃないですか!」


そう言ったのは、桐咲……さん⁉︎

待て、この人どっから出てきた。歩いてきたなら、さっきのように足音で分かるはずだぞ⁉︎

俺たちだって移動してた訳じゃない。精神がTに及ぼす影響の話をしようとして相川さんが止まっていた時から、俺たちは全く動いていないはずだ。


「マジ? 俺そんな事言ってたっけな。」

「言ってましたー!

……幸樹君。経験者から言わせてもらうけど、訓練はきついよ? 実戦をしたとはいえ、君はほぼ民間人なんだ。

ここで辞めても、誰も何も言わない。よく考えて選んだ方が……」


……ええい、そういう事を言われると弱いタイプなんだよ、俺は。


「いえ、やりますよ。偶然とはいえ、俺が選んだ道なんだ。最後までやり切ってやります。

それに、俺はメンタルだけは強いんだ。安心してくださいよ。」

「よく言ったぞ、前田幸樹!  よし、その意気は合格だ。お前の寮に案内してやるよ。ついてこい!」


そう強く言った相川さんが、横の壁を押す。すると壁は、奥の方へ少しばかり移動する。そしてそのまま、彼は壁を横にスライドさせた。先からは、光が来ている。外への出口らしい。

……ここから来たんだ、桐咲さん。


【7/29 20:43】


『新人の精神状況に関する記録

記録者 桐咲葵

被記録者 前田幸樹』


以下、一部本人の日記を引用して抜粋。


【一日目】


『以下の日記は、上から記録しろと言われたので記録するものである。おそらく誰かが見るのだろうが、気にせずにやってよいと言われたので遠慮なく書かせてもらう。

今日は主に検査をした。大体の成績は平均を割っていたが、射撃能力と足回りは優秀だったらしい。

他にも同年代の訓練生はいたが、俺は射撃でトップ。足回りは上から数えて20人に入るくらいだ。だいたい百人くらいいるので、この位できれば十二分に良い結果だろう。

明日からは本格的にトレーニングが始まる。まあ、せいぜい着いていけるようにはしようと思う。

今日の夜食はポテトチップスだ。

おやすみ。』


【7日目】


『今日は楽だった。一週間に一日だけ、走るだけのトレーニングの日があるらしい。そして、それが今日だったと。

まだ何とかなった。走るのは得意だったからだ。だが、明日からはまた最悪の日々が始まる。放課後に訓練をするというのは、簡単ではないな。こうやって意味の介在する文章を書けるのは、今日が楽だったからに他ならない。この楽さを謳歌し、寝よう。

今日の夜食は、十円のカルパスを三本だ。

おやすみ。』


【14日目】


『……正直に言うのならば、ここまでとは思っていなかった。無論楽なものではないとは理解していたが、想像していたよりも最悪の度合いが違った。

教官はクソ野郎だし、訓練もクソきつい。

というかなんせ、持久力が持たない。いや、それを強化するためにやってるんだろうが。

まあいい。寝る。今日の夜食は、100円で買ったガムだ。

おやすみ。』


【22日目】


『だんだん、この生活に慣れてきた気もする。それに、もうすぐ夏季休暇だ。学校との兼業も終わる。終われば多少楽になるだろうよ。

希望が見えてきた。さらに言うなら、後一週間で半分だ。このままやればいけるぞ。

今日の夜食は、昨日の夜食った残りのナッツだ。

おやすみ。』


【29日目】


『これで、半分なのか?こんな地獄みたいな目に遭って、半分?

最悪だ。最悪だが、もう逃げられない。

おととい同室の横田が逃げたが、教官が言うには今日見つかったらしい。街の中に潜伏していたらしいが、見つかったと。その後の話は聞いていない。まあ、聞けたとしても絶対に聞かないが。

恐ろしすぎるだろう? あいつがどうなったか知るのは。

まあいいさ。俺はまだ残っているんだ。このまま後半分、逃げ切ってやる。

明日は休みだし、これからに備えて一日中寝ておくか。

今日の夜食は、疲れたからなしだ。

おやすみ。』


【37日目】


『つかrた きょうはもじを内ち込むことすうらmzうかしいい ねる

おやすみ』


【44日目】


『にわかには、信じられない。まさか自分がオタクである事を、誇れる日が来るようになるとは思わなかった。

予習ができたのは、俺と数人だけだろう。

常々思っていたが、誰がこんな事を考えるんだ? ただの高校生にSERE訓練をやらせるなんて、俺は全く聞いていない。

米軍の訓練とか、調べておいてマジで良かった。あれを調べられていなければ、俺は腕を折られていたと思う。もしくは、他の奴のようにリタイアになるか。

今日の夜食は流石にない。今日までの数日間はこれを書けていなかったが、腕を折られたら今日も書けなかったと思って許して欲しい。

おやすみ。』


【52日目】


『二週間に一日の休みを、活用できていない気がする。昨日何をしたか記憶がない。

今日の訓練も厳しかったが、もう慣れてきた気もする。後一週間、気を抜いて死んじまわないように頑張ろう。

今日も夜食なし。もうこの項目を省いても良いかもしれない。

おやすみ。』


【57日目】


『終わった終わった終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり終わり!!!!!!

忘れかけてた初日のテストまた受けて、合格!!!

今日は合格者だけで、お祝いに菓子や飲み物を盛大に食って飲んで、残っていた22人でパーティーをやった。

夜食は食いすぎて覚えていない。

もうこれを打ち込むのは最後だと思うと名残惜しいが……

今までありがとう。おやすみ。』



以上の内容から見て、最終的に精神状況には問題がないと判断します。


追記:身体能力テストの結果を不審に思った教官が無断で前田幸樹の肉体を検査しましたが、彼の脚には研究所による特別な強化が行われていませんでした。

また、教官から異常との評価を受けていた反応速度や銃の射撃精度等に関しても同様です。

純粋な彼の戦闘技量は、訓練生内でもトップクラスとの評価を受けています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る