第八話 「解明」

【18:20】


「さて、どこから話そうかな。

……まあまずは、我々について話すとするか。」

そう言って前川さんは、上着の内側に手を入れる。そのまま革製の何かを取り出し、中を開いた。

そこに書かれていたのは、警視庁の文字。そして、金色の紋章も埋め込まれていた。


「俺は立場の上では、警視庁公安部のT犯罪対策課だ。といっても、仮の姿だがな。」

「仮の姿?」

「ああ。ここからが少々ややこしいんだが……

T犯罪対策課自体は、存在するんだ。実績だって、かなり上げている。

だが俺は、T犯罪対策課であってT犯罪対策課ではないんだ。その皮を被っただけで、中身は全くの別物さ。

俺たちが本当に所属している組織、つまるところはこの組織に、定められた名前は存在しない。

要するに、我々は政府お抱えの機密諜報機関って所だな。名前が存在しないのも、少しでも追跡を避けようとする懸命な努力だな。まったく、頭が下がるよ。」


……マジかよ、なんてこった。MI6やCIAなんかと同じような組織が、本当に日本にあったとは。

そいつらと違うのは、まだ最高機密を隠せているという所か。英国は一応MI6の存在を否定してはいるものの、『ミッション・インポッシブル』みたく商業展開が始まるぐらいには有名だ。CIAも例外じゃない。『ジャック・ライアン』は俺も見たことがあるからな。

こいつらも、似たような者たちなのか。


「他の奴らも、たいていは同様だ。刑事部や公安部は当然、全くの別組織の人間さえいる。例えば……自衛隊、とかな。

とにかくだ。そいつらに共通している事項が、一つだけある。“スカウトを受けた、超一流”である事。ここの職員は、基本的に引き抜かれた人間で構成されてる。まあ、自分から『秘密組織に入りたいです!』なんて言う奴は、存在しないといえばそうだがな。」


「なるほど、隠れ蓑ですか。って事は、コンビニの店長って役職も偽装工作として使われているんでしょうね?」

「ああ、そうだな。この組織の収入源となる、傘下の企業や店舗なんかの運営を任されてる奴もいる。俺や、桐咲君のようにな。

まあ、こんなもんでいいか? こういう世界に慣れていない君のために、結構噛み砕いて説明したつもりだったが。理解できた?」


……まあ、理解できたさ。少なくとも、こいつらに同行するには十分なほどに。

だが、俺にはもっと知りたい事がある。俺がなぜ、死ななければいけないのか。つまるところ、彼らの娘が狙われる理由。この組織が何をしているのか、知る必要があるな。


「ええ、大体は。ただ、それはそれとして……

“貴方たちが何をやってるのか”についても、教えて頂けます?」

「なに、言うつもりだったさ。そう焦るなよ。

そうだな……ならまずは、我々組織の行動理念から教えよう。

我々は基本的に、日本のために働く。我々のように国内で活動を行うことはもちろん、必要があれば国外に飛んだりもするな。

例えば、国際テロ組織による攻撃なんかがそれに当たるな。拠点が日本国外にあり、尚且つ日本が攻撃を受けると言い切れる情報がある、あるいは本当に攻撃を受けても我々は組織を潰しに向かう。

まあ、日本国内でテロなんてそう多くないがね。だいたいは日本が攻撃される前に情報を掴んで、どうにかして止める。俺たちか、或いはそれに類するような人間がな。

敵性勢力を壊滅させなければ攻撃を防げない状況ならそうするし、逆にその必要が無ければ不必要に相手を刺激することもない。

極論を言えば、日本さえこの地球に残っていれば後はどうでも良いのさ。」


それはまた、随分な極論を言ってくるな。だがまあ、理念としてはそういうことなんだろう。


「そして今、日本のために俺たちがしている事は……生体クローン研究所の監視だ。」


生体クローン研究所……? なんだ、それは。聞いた事はないが、絶っっっっ対にロクな場所ではない。俺の勘が、全力で危険信号を出している。


「生体クローン研究所……略してクロ研と呼ぶが、そいつらがクローン生成された能力者を利用して大規模なT犯罪を始めるかもしれない。」

「……T犯罪? クローン? 馬鹿な、そんなことが出来る訳がない!」

「ああ、民間人は知らないんだったな。それじゃあ一つ、復習をしておこう。いや、予習になるのかな?

T能力を持つ者と持たざる者、何が違うか答えられるか?」

「……遺伝子です。もっと詳しく言うと、塩基配列という事になるんですかね。」

「正解。では、能力が個人ごとに異なる理由は?」

「……それも、遺伝子的要因じゃないんですか?」


前川さんが、立ち止まる。考え込んでいるが、遺伝子的要因じゃないのか? なら何なんだ。


「……んー、間違いじゃない。実際間違いではないんだが、半分だけの正解とも言える。」

「半分だけ?」

「そう、半分だ。理由はもう一つある。Tの性能や性質が、本人の精神にあわせて変化する。

“心”や“性格”にあわせて、変化するんだ。」

「な、なるほど。その理由は何なんです?」

「そこはまだ未解明だ。未解明だからこそ、いや未解明でなくても結局伏せられているんだがな。」

「何で伏せるんです? 伏せる理由はあるんですか?」

「何でかって? おいおい、考えてもみろ。

本人の性格を映す鏡だぞ? 誰だって、自分の本心を知られたくはない。それに、変な憶測を生むだけだ。

例えば、周囲を破壊し尽くしてしまうような能力者がいるとするだろう? もしこの情報が伏せられていなかったら、そいつは『ヤバい奴』として扱われるだろう。本人の性格の如何に関わらず、だ。これだけでも、理由には十分だ。」


確かに、一理ある。それに、わざわざ言ったからといってどうこうなる話でもないしな。


「話を戻そう。クロ研は、遺伝子を操作して能力を制御する方の技術を身につけた。そこまでは……良い、とは言えないが、少なくとも能力者に対する理解はこれまで以上に深まった。それに、その技術を応用した装置も既に世に出ている。」

「……待ってください、世に出ている? 一般的に用いられている物に応用されているんですか?」

「ああ。主に、能力者に対してのみ発動できるような能力がな。」


能力者にのみ発動する能力……能力者が、一般的にされること。

……まさか、まさかだ。そんな事あるか?

あれは、あの装置は、まさか。


「T検査機……いや、それだけじゃない。T停止システム、T強化システムも、ですか⁉︎

俺たちのTに営業を与える装置は、全て……⁉︎」

「ああ、君の想像通りだ。」


……T停止装置、強化システム、検査機。それらは開発されて以降、飛ぶ鳥を落とすようにバカ売れを果たしている。何せ、Tを持っていない人間でも持っている人間に対抗できるようになるんだからな。

今やTに対して影響を与えられる装置は、世界に必要不可欠なものになっている。だがもし今この事実が明らかになれば、人道的観点から莫大な反対が出るのは確実……か。道理で、機密になるわけだ。


「っていうか、話を戻すって言ったばかりだろう?この程度で突っ込みを入れていたら、一生終わらないぞ。」


「……はあ、すいません。」

「まあいい。もう一度戻そう。

技術を手に入れた、そこまでは良かった。だが残念なことに、そういう物は悪用されるのが世の常だ。クロ研には現在、二つの容疑がかけられている。

一つ目は、クローン兵士の国外輸出。

国外で起こったテロ活動の調査により、我々が追う研究所で生成されたクローンが加担している可能性が出てきた。それも、複数のテロ組織でだ。」


確かに、能力者に対し通常の手段で対策する事はまず困難だ。警察どころか、Tの性能次第ではテロ対策を専門とした部隊でも難しい所はあると考えられる。

本来そいつらは、簡単にポンポン生み出せるものではないのだが……そういうのが金で買えるとわかれば、売れまくるのも当然だ。全く、ヤバいことを考えつくもんだな。


「考えうる限りの理由としては、研究費用の調達だろうな。そしてもし仮にそうであればだが、当時の調査で出てきた組織だけで終わりなんて事はないだろう。世界中に輸出しているはずだ。

しかしそんな組織が日本にあるなど、他国にも自国内にも知られる訳にはいかない。」

「なるほど……それで、二つ目は何なんです?」

「二つ目? ああ、二つ目か。やっぱ聞くよな、当然だ。」


……なんか、教えることを渋っている。この話にも、嫌な予感が反応してる気がするぞ。

しかし前川さんは俺の方を見て雰囲気に気づき、優しさを感じさせる口調で言った。


「いや、教えられないって訳じゃないんだ。そこは安心してくれ。だが……君には、教えづらいんだ。」

「御託はいいんです、とっとと言ってください。」

「まったく……君なぁ。ま、いいんだけどさ。

二つ目の嫌疑は一つ目のそれにも繋がってくる事なんだが……能力者育成のための高等学校に、さっき言ったクローン兵が混ざっている可能性がある。

もしくは、誰も知らない所で訓練施設として用いられているかもしれないが。」


この一分間の彼の行動に納得した。能力者育成のための、高等学校。最悪だ。

要するに彼は、高明にクローン兵士が居ると間接的に言っている。そして、そいつらを探しにきたという事も。

そして俺には、次に言う事がわかる。


「さて、前田幸樹君。今までの話を聞いた事で、君には責任が生じた。」

「高明の生徒である俺があんたらに協力して、クローン兵を探せってんでしょう? わかりますよ。」

「話が早くて助かるよ。なにぶん僕も、自分の口から君に言うのはハードル高くてさ。」

「いいですよ、別に。高明に誇りとか抱いてないてますし。」

「そうか……さて、ここからは話してもいい情報になるんだがな。前田幸樹君。君はまだ戦闘要員としては、はっきり言って未熟だ。」




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