第十一話 「作戦開始」

【9/12 16:22】


……視界が、不明瞭だ。光が出たり入ったりしている。

俺を呼ぶ声もするような気がするんだが、耳までイカれちまっているせいで何にもわからない。

なんで、こうなったんだっけ?

……ああ、そうだ、思い出したぞ。確か、あの時……


【8/31 8:00】


「よし、二人とも集まったな。これより、君達の任務を説明する。」


相川さんが、いつになく真面目だ。

それもそのはず、今日は俺と優子さんの着任する任務の最終確認を行うからだ。


「明日、九月一日より、君たちは初任務に参加してもらう。

内容は、私立高明高等学校に対する内部調査。前田幸樹はそのまま学生として、そして相川優子には、転校生として学内に潜入してもらう。

そして我々がもし何か情報を見つけた時、君たちにはその真偽を内部にて確認してもらう。それが、君たちに課せられた役割だ。」


……こうして改めて聞くと、結構な任務だぞ。危険も伴うし、バレたら終わる。


「説明は以上。質問は? ……ない、か。よし、結構だ。これにて作戦の説明を終了する。」


堅苦しい説明が終わると、相川さんは俺たちに優しく語りかけてきた。


「二人とも、そう緊張するな。諜報部が情報を拾って来るまでは暇なんだからな。大丈夫、お前たちになら出来る。お互いに助け合えればな。」

「……了解、です。お父さん。」

「必ず、己の義務を完遂いたします。」

「よし、結構だ。では学校の準備をして、寝ろ!」


そう言った彼の表情は、まさしく父親そのものだった。


【9/11 12:59】


……なんて事は、もう十日前。二学期が始まったが、俺の学内での立場に変化はなし。しかし優子さんは転校生、しかも女子という事もあり人気だ。

噂ではファンクラブまで作られようとしているらしいが……もう、訳がわからん。

しかし、情報収集かぁ。俺たちがこの作戦に任命されてから少し経つが、まだ本部からの連絡はない。それに、俺たちも何の情報も集められずにいる。

いや、俺だって分かってるんだぞ? そんな一朝一夕で集まるほど情報戦ってのは甘くはないって。

だが、もどかしさはある。何もできない、という辛さがようやく知れた気がするな。

……ま、こんな所でうだうだ考えていても始まらん。ネットで調べてみるくらいはするとしよう。

とりあえず、手に持っていた最後の一口を口に放り込む。やはりアンパンはこしあんが一番うまい。


「……おいお前、何やってるんだ。集会が始まるぞ。とっとと来い。」


……突然、誰かが話しかけてきた。誰だこいつ?なんだって昼飯を食い終わった直後の俺にかまけていやがるんだ。俺、そんなに人気がある訳じゃないだろうに。

というか、馴れ馴れしすぎるだろう。初対面の相手には敬語くらい使えんのか?


「……集会? 集会ってなんだ?」


とりあえず、話を合わせてみる。面倒だから、軽くあしらってやろうか。


「……お前、まさかあの時欠席していた新入りか?だったら知らんのも無理はないか。

今日、俺たちの集会があるんだよ。後数分で始まるから、とっとと行かなきゃならん!」


何言ってんだこいつ。あの時ってどの時だ? というか俺は何も知らされていないぞ?


「おい待ってくれ、訳がわからない! 集会って何だ? だいたい、何処でやるんだ?」

「そんな事、言える訳ないだろう!行くぞ、同族!」

「おい、ちょ待っ……!」


かなりの力で手を引かれ、俺は仕方なく着いていく。護衛任務はほったらかしだが、まあ自衛くらいはできるだろう。

もしかしたら、仲間がミーティングでもしているのかも知れない。せっかくなので、着いていくことにしよう。


【13:03】


「それでは、高等部二年生全体での集会を開始する。」


軽い気持ちな俺が連れてこられたのは、使われていないはずの教室。勝手に生徒が入るのはマズいはずだが、こいつら大丈夫なのか。というか、鍵はどうやって開けたのか。

見る限りでは、事情を知ってそうな奴が集まってる。分かっていないのは俺だけらしいな。さて、この状況をどうするか。


「よし、スクリーンに映せ。」


その一声で、前列の誰かが操作を行う。すると操作に対して相違なく、会議用のミーティング画面が映写機で黒板に映し出される。

その相手側に写されているのは、黒い覆面を被った何者か。男か女かはわからないが、いかにも怪しそうな風貌を漂わせている。


『……こちらの音声は届いているか?』


この声は、間違いなく変声機だ。人間の声にしては、違和感が強すぎる。あの探偵ものを昔見ていたから、見破り方はバッチリさ。

まさか、向こうも同じようにガキが話してるなんて事はないよな?


「はい、まったく問題ありません。そちらはどうでしょうか?」

『こちらも問題ない。始めよう。』


若干一名、問題あるやついるんだけど。

そんな事を考える暇さえなく、突如高音が響き渡る。

脳みそが融解してしまいそうなほどの高音。

……俺は、この感覚を知っていた。この音を知っていた。突如として音が停止した所で、正確に確認する。

あれは間違いなく、この前の作戦説明で聞かせてもらえたあの音だった。八月位だったろうか?あれは人間として隠されていたクローンを、誰かにとっての従順な道具に戻すための音だ。


『おい、そこのお前。A組担当のお前だ。今の音で苦しんでいたようだが?我らの者ではないな、何者だ?』


……ヤバい。こいつらはクローン共だ。何で俺を呼んだのか知らんが、組織の人間だとバレたらえらい事になるぞ。

そんなヤバい時に、俺の隣の奴が席を立つ。


「お待ちを。彼は前回欠席していた新入りのようです。」


……助け舟? おいおい、味方か? 俺たちの組織に属してる人間が、助けに来てくれたのか?

まあいい、どちらにせよ俺の正体は明かさないのが賢明だな。


『……なるほど、初回か。担当者が設定を忘れていたらしいな。担当者への注意はこちらから行っておく。報告に際して問題があるならば、今のうちに言っておけよ。』

「いえ、何ら問題はありません!」

『……そうか、ならば良い。それでは総員、報告を行え。』


仲間のおかげで切り抜けた。全く、俺も運がいいな。

そして最初に立ち上がったのは、さっきまで仕切っていた奴。そして、その横の男だった。


「まず、三年A組担当より報告いたします。現状、特段問題はありません。我々の秘密を知る者は、居ません。」


……横の男は補佐だろうか、一向に話さない。あいつ要らないだろ。


『よし。では、他の者も続けて報告せよ。』


画面越しの奴は、それだけ告げる。そしてその言葉に続いて、三のB、C……Eまで行った所で、その学年は終わり。順番から言うと、次は俺たちのクラスだろう。

俺の横の奴が立ったので、俺も慌てて立ち上がる。


「……二年A組担当より報告いたします。二年A組に所属している桐島という女が我々の存在を掴み、探り始めているようです。

また彼女はオカルト研究部に所属しており、部活動の一環として当該の情報を公表し始めています。」


……桐島。その名前は、よく知っている。

美人だが高飛車な奴で、大抵の奴は近付こうとも思わない。いじめ一歩手前のようにも見えるが、その事実に到達する事は決して無いはずだ。なまじ美人であること、そしてその気の強さが故に。

それらは自分の首を絞める反面、致命傷から紙一重で自分を守っている。

自分の意思を貫く姿勢には尊敬も表するが、人間的には絶対に近寄りたくない相手だ。

……といっても俺には少しばかり違うし、関わりもあるから嫌な奴なんだが。


『……なるほど。それで、解決策はあるのか?』

「はい。解決策…んと言うと少々異なるのですが、彼女の学内での評価は最悪に近いです。その上、部活動といっても部員は彼女一人。誰も信じる事はありません。

むしろ根拠なきオカルトの類として扱われ、逆に我々の存在を嘘のものとして覆い隠してくれる事でしょう。」

『……なるほど、理解した。しかし念のため、彼女とその所属する部活動に悪評を流しておけ。念には念を入れる。それに越した事はないからな。』

「分かりました。我々は、そのように。」

『よし。では、二年B組も続けろ。』


そのまま報告は続いていったが、俺の頭は着いていけなかった。桐島の事だけが、頭に響いていた。


【16:43】


『では、君はクローン共と接触したと⁉︎』

「はい。何故俺を同類だと思ったのかは分かりません。確認が行われなかった理由も不明です。しかし何故か警戒されない、というかそもそもあちら側から接触してきましたよ。」

『マジか……お前、尾行はされていたのか?』

「されていません。確認してます。偽装された情報である確率は低いでしょう。

第一、尾行なんてしていたら組織の事がバレているはずだ。だがそれは知られていない、ならばされていないと考えるのが自然です。」

『そうか……とにかく、明日当該の場所に行ってみてくれ。何という部だった?』

「オカルト研究部…いえ、正式にはオカルト研究同好会です。部活動としての規定人数を満たしていないので、同好会として扱われています。」

『顧問は?』

「うちの担任です。」

『…分かった。それでは、上官として君達に命令を行う。

明日の放課後、オカルト研究同好会の構成員である桐島結衣と接触。情報を集めろ。

必要であれば、人を使っても構わない。人員はこちらで用意し、付近に配置しよう。

分かっているとは思うが、慎重にやれよ。

君たちの命だけではない。下手をこくと、学内の民間人まで死ぬ。そのうえ、情報を再び入手するのはほぼ不可能になるだろう。重要な仕事だ、頼んだぞ!』

「了解!」

「了解です!」


……相川さんめ、何が暇だ、結構忙しいじゃねえか。

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