第一章 アルフレッド編

第4話 王都の偵察

 気が付くとそこは、人気の無い王都の裏通りだった。さすがに人目につく場所は避けてくれたらしい。

「さて、問題の場所は……」

 問題の場所は王都の中心部にある王城の東側、その一角にある大きな石造りの倉庫である。

 俯瞰視点で見たのと実際に見るのとではさすがに違う。フィーナは、とりあえず城を目印に王都の目抜き通りを目指す事にする。目抜き通りに出れば城までは一直線である。

 程なくして裏通りから目抜き通りに出る事が出来た。さすがは通りの中心だけあって人、人、人である。道沿いには様々な店が立ち並び、目移りしてしまいそうだ。

 明日に謎の爆発で吹き飛んでしまうとは夢にも思えない。フィーナは城へと歩みを早める事にした。

 王城に着いてみると、入り口に長槍を携えた門番が二人立っている。目的地は城の敷地内なので、ここはどうしても通らねばならない。

 フィーナの今の姿こそこの国の聖騎士だが、中身は縁も所縁も無い部外者……言ってみればただの不審者である。不法侵入でつまみ出されては目も当てられない。

 幸いにも門自体は空いており、通行する者を門番がチェックする態勢らしい。

「お待ち下さい!」

 何食わぬ顔で門番の横を通り過ぎようとしたフィーナの前を、門番の一人がすかさず槍で進路を塞ぐ。

「どの様なご用件でしょう? また、お名前もお聞かせ願いたい」

 続いてもう一人の門番も尋ねてくる。どうやらこの王国の門番は有能らしい。だが、この程度で狼狽えていては女神は務まらない。フィーナはすぐにエリート軍人の顔を作り、

「フィーナ・フォン・アインホルンだ。西方方面軍への出頭の前に、王都の重要施設の査察に来た。命令書を確認されるか?」

 事前に準備しておいた文言である。ちなみに命令書はすでに偽造済。相手が関係部署に確認しない限りバレる事は無い……はずなのだが。

「失礼致しました!」

 門番の片方が慌てて槍を上げる。だが、もう片方は槍をどける素振りは無い。

「フィーナ殿。貴女を王城で御見かけした事が全く無いのですが。それに聖騎士にしては小柄過ぎます」

 とんだ有能も居たものである。ただの案山子では無いらしい。

「小柄で何か不都合が?私は戦地で叙任された者だ。諸君らが知らないのも無理は無いだろう。」

 フィーナが睨みつける様に言い放つも、門番は槍で欝いだままだ。ここでもたついていては人目につき大事になってしまうかもしれない。

「あくまで通さないつもりか。……仕方無い」

 言い終わるとフィーナはため息をついてみせた。彼女としてはあまり歴史に介入したくは無いのだが……こうなったら実力行使已む無しである。

「ホーリーライト!」

 フィーナはこの世界で一般的な神聖魔法を放つ。かざした左手から眩い光が閃光の様に辺りを包んだ。

「うぐっ! 目が!」

 信仰心の高い者相手には目くらまし程度にしかならないが効果は充分の様だ。

「卑怯な! 騎士のする事か!」

 進路を塞いでいる方の門番が叫ぶが、槍は塞いだそのまま。目を抑えながら腰に挿した剣を抜こうとしている。もう一人はと言うと、突然の光に反応出来ず悶えていた。

「すまないがこちらも命令を受けている身だ。さほど猶予がある訳では無いのでな」

 フィーナはそう話しながら神聖魔法のキュアを二人にかけていく。キュアは、この世界では身体の不調を治す魔法の事である。信仰心に応じてその効果も変動する有用なものだ。外傷を治癒するヒールは多くの者が使えるが、身体の不調を治癒するキュアが使えるのは一握りの神官位なのだ。視力が戻った二人はフィーナを不思議そうに見ている。

「神聖魔法を……祈りも詠唱も無しに……?」

「神の奇跡か……いや、女神の降臨か……!」

彼らが驚くのも無理は無い。人が神聖魔法を使うには二通りあり、神に祈りを捧げその信仰心の対価として神の力を借りる。 あるいは、定められた文言を口にする事で神の力を行使する……そのどちらかしか無いのだ。長い修練を必要とし、誰でも使える詠唱というやり方では、短く無い時間を詠唱に費やさなければならない。

 どちらにしろ、フィーナの様に話しながら神聖魔法を發動させる事など出来るはずがないのだ。

 もっとも、彼女にとっては手足を動かす位自然な事なのではあるのだが……中身が女神なのたから当然ではある。

 ふと、フィーナが二人を見ると……どう見ても尊敬や羨望ではない、信心深い目でこちらを見ている。

「フィーナ殿!どうぞ、お進み下さい!」

「失礼致しました!さぁ!」

 二人の門番は定位置まで戻り直立不動の構えだ。

(…………)

 これは非常によろしく無い。信仰は神に対して集められる事が望まれるのであって、本来人々の信仰心は天界に集まり、然るべき部署を通じて各神々に対し成果に応じて分配される。

 この様に直接異世界に介入し、自身への信仰心を集めるのは違反行為とされている。早い話が、こういった行為は業務上横領に当たってしまうのだ。

「しょ、諸君らの職務への忠実と献身は、神も御覧になられているだろう。

今後も神の御心に違わぬ様にな」

 そう二人に言うフィーナは顔を引きつらせている。彼女はそのまま、そそくさと二人の間を抜け王城敷地へと入っていった。



目的地に着くと、そこには大きな石造りの倉庫があり、衛兵が一人歩哨に就いていた。倉庫を覆う様に結界も張られており警備の厳重さが伺える。

「フィーナ・フォン・アインホルンだ。中を確認させて頂きたい。」

 フィーナは倉庫の警備兵に声を掛けた。

「門番から連絡は来ております。どうぞ、中へ。」

 先程と打って変わって、衛兵の対応は二つ返事である。やや拍子抜けだがフィーナにとってはありがたい事この上無い。

「この倉庫には大量の燃える粉が貯蔵されております。王都で最も重要な施設とされております」

 倉庫の中を進みながら説明する衛兵。石造りの通路が建物の外観に沿ってぐるりと内部を囲む様な構造になっている。

「涼しいでしょう?魔法学園卒の魔術師が適切な温度、湿度管理を行っているのです」

 そうこうしてる間に倉庫の外周を一回りしていた様だ。眼の前には両開きの大きな鉄扉がある。衛兵が鉄扉に手を掛けると金属が軋む音と共に鉄扉が開いていった。

 大きな部屋の中は見渡す限り金属製の箱の様な物で埋め尽くされていた。

「くそぉ! 僕は貴族だぞ! 魔術師だぞ! なんで僕がこんな仕事!」

 唐突に男の怒鳴り声が聞こえてきた。と、思ったら奥からブツクサ言いながら一人の男がやってきた。その男の外見は緑濃色のローブを着たやや小太り、茶色マッシュルーム頭が特徴的である。

「なんだお前達! おい! 僕は昼休憩に行ってくるぞ!」

そう言いながらキノコ頭は部屋の外へと出て行ってしまった。

 昼休憩のたびにあの長い通路をぐるりと回って出ていくのは大変だろうな……とフィーナが考えていると

「今のはここの管理魔術師、ポールです。元は高名な貴族の御曹司だった様ですが、魔法学園でいろいろあったようで家から廃嫡を宣言されてこの仕事に就いたみたいです」

「へぇ、よくご存じなんですね。ところで、ここの管理人は彼だけなんですか?」

真面目で高圧的な聖騎士のキャラ作りを忘れるくらいフィーナは衛兵の話に感心してしまっていた。事情に詳し過ぎると思えたからだ。

「管理人は今のところ彼だけです。それに、さっきの話はいつもキノコ頭がボヤいているのをまとめただけです。ははは……」

 衛兵はやや照れながら答える。まぁ、年頃の女の子に素直に褒められれば照れ臭くなるのも当然か。

「あ、えー……色々感謝する。しばらく一人で見学させて貰いたいのだがよろしいか?」

 素が出た事に今更気づいたフィーナは聖騎士のキャラに戻し衛兵に尋ねる。

「分かりました。何かありましたらいつでもお呼び下さい」

 衛兵は敬礼をしその場から去っていく。

 フィーナは彼を見送ると、早速件の爆発物の確認をする事にした。とりあえず、手近な場所に置いてあった金属製の箱に目をつけ中身を見る。

「やっぱり……」

 案の定、箱の中身は火薬の様だ。薬嚢入りの状態で整然と整えられきちんと箱詰めされている。

 薬嚢一つの大きさから察するに、元から大砲への使用を前提として製造されているのは明らかだ。

 建物周囲の結界と言い、室内の空調管理と言い、火薬を扱うに当たって、この世界で可能な方法の最善を執っている。こうなると後は大爆発の原因だが……

「何だお前! まだ居たのか! 今日はそろそろあいつが来るんだ! もう帰れ!」

 先程のキノコ頭である。もう昼御飯を終えて帰って来たのだろうか。言いたい事をまくしたて、フィーナの横を通り過ぎていく。

「もうすぐだ。もうすぐあいつに仕返しを……」

 キノコ頭はブツブツ言いながら部屋の奥へと消えていった。フィーナは、出来ればキノコ頭にも話を聞こうかと思っていたが、今ので大凡の察しは付いた。だが、確証が無い。

「レアさん、聞こえますか?フィーナです」

 耳に手を当て、自身の行動をトレースしているはずの天界の女神レアに話しかける。

「はいは〜い! 天界のレアでーす!」

 妙にテンションの高い返事が帰って来た。

「この倉庫の管理担当魔術師、キノ…ポールの経歴から明日までの行動を調べて貰えますか?」

 長い通路を出口を目指しながら話すフィーナ。

「ちょっと時間掛かっちゃうけど…分かったら連絡するわね。それじゃ〜!」

レアとの通話が終了する頃にようやく出口が見えてきた。ガチャガチャと鎧の音が通路に響く。レアから連絡が来るまでどう過ごそうかと考える。とりあえず、人気の無い所で装備を変えようか。街中を散策するにしろ聖騎士の格好がどれ位目立つのかも分からない。ボロが出ないうちに着替えるべきか……と、考え事をしていたら、いつの間にか出口に着いていた。

 重い扉を開けると日差しが差し込んで来る。薄暗かった倉庫内に比べると、やはり外は眩しい。

「お疲れ様です、フィーナ殿。査察の結果はいかがでしたか?」

 さっきの衛兵がにこやかに話しかけてきた。

「ああ、概ね良好だ。これからも王国の為、献身よろしく頼む」

 素が出ない様フィーナは改めて気を付けて返答する。やはり慣れない。王城から離れて装備を変えよう……彼女がそんな事を考えていると、

「こんちわ〜。」

 男の気怠い声がする。ふと声の方を見ると、三人の少年少女達が倉庫の入り口にやってきた。

少年の髪はこの国では珍しい黒色だ。少女達の方はと言うと、大人しそうな雰囲気の少女の方がピンク色のボブカット。もう一方は性格がキツそうな女の子で髪の色は藍色の長髪である。彼らが着ているのはこの国の魔法学園の制服の様だ。

「これはアルフレッド殿。こんにちは。今日も施設の見回りですか?」

衛兵が気さくに声をかけるも

「まぁね〜。あいつがちゃんとしてるか気になるしね〜」

頭をかきながら答えるアルフレッド。その様子を見るピンク色の髪の少女はややオロオロしている。少年の礼儀のなってない態度が気になる様だ。

「あれぇ? 騎士さんがなんでこんなトコにぃ?」

誰に話しかけているのか判らない話し方のアルフレッドに対し、

「こちらは聖騎士のフィーナ殿です。この施設の査察にいらっしゃいました」

答える衛兵の態度も手慣れたものである。重ねた年齢故の余裕すら感じられる。

「あんまり面白い物無かったでしょ? まぁ、任せといてくださいよ。俺が王国を護ってみせますから!」

 アルフレッドは言うだけ言って少女達と一緒に倉庫の中へと入っていった。

 その後ろ姿を見ながら、フィーナは初対面のはずのアルフレッドが記憶に引っ掛かるのを感じていた。

(今の人間の感じ……、何処かで……)

 いくら女神でも自らの記憶を的確にすんなり引き出せる訳では無い。

 この衛兵なら何か知っているかもしれない。情報は多いに越した事はないし、聞いてみるのが良いだろう。

「すまない。今の者達は……?」

そう尋ねるフィーナに対し、ちょっと驚いた様子の衛兵が答える。

「あれ? ご存知ありませんか? 魔法学園の生徒であり若くしてこの倉庫の燃える粉を発明したアルフレッド殿ですよ?」

 と、知っているのがさも当然といった態度で返してきた。

「天才っていうのは彼の事を言うんでしょうねぇ。なんでも、この倉庫の設計原案も彼のものだとか」

 衛兵は話を続ける。衛兵の話をまとめると、アルフレッド・オーウェンは魔法学園に入学後、錬金術の実習中に燃える粉を精製したのを皮切りに、幾多もの活用法を考案。それら数々の実証実験も成功させたらしい。

 その成果はやがて国王陛下の知る所となり、現在は新たな兵器開発も進めているとの事。なんでも、貴族が独占している破壊魔法に匹敵する威力の武器が、ほんの少しの訓練で誰にでも扱える様になるという噂なのだそうだ。

 とにかく、国王陛下も一目置く天才との事で今や時の人らしい。

「アルフレッド・オーウェン……そうですか、ありがとうございました。これで、失礼します」

 衛兵にお辞儀をし、フィーナはその場を後にした。完全に素が出てしまったが、今はそれどころではない。

衛兵の話を聞く限り、アルフレッドは転生者である可能性が高い。

 仮にキノコ頭が大爆発の主犯であって、この後、彼を止めたとしても根本的な解決にはならないかもしれない。

(これからどうすれば良いんでしょう……?)

 レアからの連絡はまだ無い。

一度情報を整理したくなったフィーナだったが、王都は相変わらず人だらけである。

 人の多い王都から離れ過ぎず一人になれる様な場所……となれば、思いつくのは宿屋くらいしかない。

 彼女は宿屋を探すため街中へと消えていった。

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