第3話 平穏な日々

「はい。それでは心の準備はよろしいですね?良い人生を」

 フィーナの呼び出した法陣の光に包まれ、今日も新たな転生者が異世界へと旅立っていく。 もっとも、このまま直接異世界行きという訳ではなく異世界担当の神を経由するのだが。

 彼女が前任者から仕事を引き継いでしばらくの時が経過していた。前任者の助言通り、転生者に対しては優しく落ち着いて接する事が、仕事を滞りなく進ませる最善手だという事を彼女は実感していた。

 転生者をこき下ろして散々な目にあった神様、転生者から仕事にダメ出しをされて顔真っ赤になる様な煽り耐性ゼロな神様などなどこれまで色々な神様が居たらしい。天界の者とて感情の無いロボットではないという事だ。

 また、転生者を異世界に斡旋する係の女神としては、転生者をただ異世界に転生させればそれで終わりという訳では無い。適切な事後対応も必要なのだ。

 神界の主な目的は、神の力の根源である信仰を増やす事なのだから。


ーピピピ、ピピピ……ー


 フィーナの頭に呼び出しアラームの音が届く。これは業務上の呼び出しを意味するものだ。彼女が法陣を発動させると、その法陣から男の声が聞こえてきた。

「フィーナ、君が以前送った異世界転生者の世界に、看過出来ない大問題が起きた。至急、異世界の神に連絡を取り問題の解決に当たって欲しい。詳細についてはのちほど送信する」

 転生課からの業務連絡だった。これまで幾人も転生者を送り出しているため、誰の事かまでば瞬時に分かるものではない。とは言え、大多数の転生者はおおむね転生先で何事もなく人生を全うする。問題を起こす転生者は大体何かの拍子で前世の記憶を取り戻した人間だ。

 転生者の行く異世界は、ごく一部を除いて信仰を集めやすい剣や魔法、神々と悪魔が相対する世界である。

「フィーナちゃ〜ん! 急いでこっち来て〜!」

 フィーナの頭に間延びした女性の声が響く。先程転生課から連絡があった異世界管理担当の女神レアからである。こちらが連絡を取る前の催促とはよくよくである。

「わかりました。すぐにそちらに向かいます」

フィーナは頭の中で返信すると、すぐに法陣を空間の一角に呼び出す。

(今回もまた出張かなぁ……)

彼女は取り止めもない事を考えながら、法陣の光に包まれて消えていった。



「フィーナちゃ〜ん、こっちこっち〜!」

 フィーナが移動した先にあったのは、真っ白い空間に、無数の球体が整然と並べられた女神レアの仕事場。声の主は当然レアである。

 彼女は両手をブンブン振りながら背中の羽もパタパタさせて、自身の居場所をアピールしている。

 彼女の見た目はフィーナよりやや年上……天界の者に年齢という概念があればの話だが。レアの豊満とも言えるその身体つきも年上に見えるその証だ。

 レアの近くにある球体の一つに黒いモヤのようなものが発生している。呼び出されたのはこれが原因の様だ。

「昨日までは普通だったのよ~。困ったわね~」

レアは頬に手を当て本当に困った様子をしている。黒いモヤが出ているという事は、その異世界は神への信仰心より負の感情が優先される世界に変わってしまったという事だ。

 とにかく現状把握が最優先と、フィーナは問題の球体に手をかざす。するとその球体の中で紡がれる歴史が見えてきた。

最終的にはモンスターが大地を自由に闊歩する世界へと変貌してしまっていた。人の住んでいたであろう都や街、集落に至るまで例外無く廃墟と化している。信仰心を生み出す人間が居ない世界は神界にとってもよろしくない。

 過去に何かがあったのだろう。フィーナは歴史を巻き戻していく……。時間を遡るとともに人間の勢力圏も広がっていくのが見て取れた。

 人々の動きはやがて一つの王国へと集約されていく。この世界最大の王都……そこは完全な廃墟となり魔物が我が物顔で住み着いている。しばらくすると魔物は王都から居なくなり、代わりに人々が王都へと帰ってきた。時間を巻き戻しているので、帰ってきたという表現もややおかしいか。

 人々が廃墟へと戻ったほんの少しの後、王都の外周のさらに外から王都を囲む様に現れた空気の壁が、王都の一角へ灰色の煙と共に集中していく。空気の壁が通り過ぎた廃墟は綺麗な建物となっていた。ここでフィーナは一度時間を止める。

「これは……爆発ですね。それも一度で王都を崩壊させる程の巨大な……。でもどうして……?」

 少し考えてみるが原因の見当はつかない。ここは魔法が発達した世界。都市を一撃で壊滅させる程の魔法は存在しない上に、仮に爆裂魔法の威力を底上げするにしても、個人でどうにかなる魔力量でもない。となると考えられるのは……

「化学……? まさか、この魔法の発展した世界で……?」

 しかし、爆発の規模から考えると火薬やそれに類する物である方がより説得力がある。小麦粉による粉塵爆発の線も爆発規模から考えればありえない。  フィーナは球体にかざしていた手を戻すと

「レアさん。私、行ってきます。サポートお願いします。」

 このまま球体を通して事態を把握するのは、あまり効率が良いとは言えない。細かい事象の確認に関してはは現地調査に勝るものは無い。

「えーと、この国の聖騎士の格好は…」

 フィーナの身体が光に包まれると、いつものドレスから件の世界の上位職である聖騎士の姿へと変わっていく。背中の羽も消えてしまい、光が落ち着いた頃には女神の出で立ちではなく、すっかり王国軍所属の一聖騎士の姿になっていた。その姿を見るレアの目は輝いている。

「あら~、フィーナちゃん素敵〜! それじゃあ待っててね。今、転移の法陣準備するから!」

 いそいそと転移法陣の準備を始める。もっとも、転移だけならフィーナ自身の力だけでも十分可能だ。しかし、ここにある異世界を管理している女神はレアである。万が一を考えれば彼女にやってもらうに越した事は無い。非常時の支援も期待出来る。

「でも、どうせならもう少し攻めた格好の方が良かったのに~。ビキニアーマーとか……」

 法陣を用意しながらレアがボヤく。考えただけで寒気が走る。あんな防御という言葉をどこかに置いてきたか分からない様な鎧を着るなどたまったものでは無い。

 そんな防具が主流の世界じゃなくて本当に良かったとフィーナは心の底から思う。

「は〜い、完成〜! それじゃ早く乗って! ちゃんと爆発の一日前にしておいたから♪」

レアに促され法陣に乗るフィーナ。

「それじゃ、行ってきます。支援お願いしますね」

 フィーナの言葉にレアは自らの胸を叩いて見せる。任せとけと言わんばかりに。

「お願いしますよ。ほんとに……」

 一抹の不安を感じながらフィーナは異世界へと転移していった。

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