第2話 過去
「うーん、ここは……?」
一人の女性が目を覚ますと、そこは何も無い真っ白な空間だった。見渡す限り何も無い。
「そこの若いの〜、こっちじゃ、こっち〜」
突然聞こえてくる老人の声。振り向くとやや離れた場所に六畳の畳と電気コタツ、白装束の老人の姿があった。長い白ひげを儲えたその老人はすっかり寛いでいた。
「ほれ、ぼさっと突っ立ってないで。入れ、入れ」
言われるがまま、こたつに入る女性。今の状況がさっぱり理解できていない。
「あの……、ここはどこなんでしょうか? 私は一体……?」
キョロキョロと当りを見回す女性に対し老人が
「お前さん、死んだんじゃ。信号無視のトラックにドーンとやられちゃってな。残念残念」
あっさりと話す老人。その声に気を遣っている様子など全く無い。いつもの事といった具合だ。
(…………)
女性がふと思い返してみると、確かに横断歩道を渡っていた記憶はある。その時なにか悲鳴も聞こえた様な……
「そうですか。私死んじゃったんですか……」
あっけらかんと死んでしまったと言われてしまっただけに死んだという現実感は無い。
しかし、見知らぬ空間に居る現実と夢ではない事実は、嫌でも受け入れるより他は無い。
「で、お前さんの今後なんじゃが。異世界転生の要請が来ておってな。異世界で必要な魂が足りなくなっておるらしい。それでな……」
と、老人は話を続ける。転生先の世界観はよくある中世ヨーロッパ風、剣と魔法の世界なのだそうだ。
「とある王国の第一王女。両親に愛され健やかに成長、容姿端麗、才色兼備、性格も穏やかで優しく、王国民からも大変慕われている……と、どうじゃ? 非の打ち所の無い人生じゃろ」
そこまで人生決まっちゃってるのかぁ~……と思いながら女性はこれまでの人生を振り返る。
思えば仕事ばかりの人生だった。だが、やり甲斐もあり悪くない人生でもあった。しかしまぁ、今度は満たされた穏やかな人生を過ごすのも悪くは無い。
「そんな王女様じゃから魔王に見初められ、なんやかんやあって若い命を散らしてしまうんじゃがな。じゃあ早速転生の準備を……」
あっけらかんと老人は話を進めようとする。だが、一番知っておきたい部分をなんやかんやで省かれても困ってしまう。
「いや、ちょっと待って下さいよ! 誰が喜ぶんですか、そんなサプライズ!」
当然のクレームである。満たされた人生の最後の最後でドンデン返されてはたまったものではない。とんだ罰ゲームだろう。
ふと女性は思いつく。
「あ、もしかしてそんな王女様に転生して運命を変えてくれ……とか?」
思いついた事をそのまま口にしてみる。しかし……
「あ~、そういうの駄目。王女が亡くなる事で勇者が覚醒して魔王を倒してめでたしめでたし……て流れじゃから。後世にも影響するしの」
老人は横に手を振り女性の意見を否定する。めでたしと言われても、その当事者になるのでは到底納得出来るものではない。
「私、そんな人生嫌です。せめて健康に長生きしたいです」
女性は率直な希望を口にするが……
「その世界にはその世界の筋書き……アカシックレコードというものがあってな。それに影響を与えてはならんのじゃ。余計な仕事が増えてしまうからのぅ」
と、いう事らしい。どうやら歴史の改変は無理な様だ。
「すみません。他には良いのないんですか? きちんと天寿を全う出来る様な……楽したいとかお金持ちになりたいとかの贅沢は言わないんで」
「そうは言われてもな。今回の中では一番の優良物件なんじゃが……」
老人はどこからか取り出した何枚かの書類を眺めながら言う。
「他にもあるじゃないですか! 見せてくださいよ、全部!」
老人から書類を奪い取り眼を通し始める女性、熟読しているのか、しばらくお互い無言のまま静かな時が流れた。
書類を読み終えたらしい女性の手がプルプルと震え始める。そして……
「貴族令嬢、没落して失意のうちに病死! 弓使いエルフ、オークの群れに襲われ凌辱された上で戦死! 地方農民の娘、結婚一年目でゴブリンに襲われ死亡!」
女性が言うように天寿を真っ当出来そうな人生は一つもなかった。むしろ王女様が一番マシまである。
「ハズレばっかり! 私、前世でとんでもない業でも積みましたかね?」
「じゃから、さっきの王女様が一番じゃと……」
老人は励ます様にに言うが、女性はすっかり落ち込んでしまった。うっすらと涙ぐんでいる様にも見える。
「転生が嫌なら……神様やってみんか?」
老人がボソリと言う。
「神様……?そんな簡単になれるわけ……」
「なぁに、ワシの後任じゃ。推薦さえあれば誰でも神様になれる。まぁそこまで上位にはなれんがの。ワシも候補が見つかれば輪廻の輪に戻って下界に転生して良い事になっとる」
老人は蓄えた長い髭をさすりながら言うが、女性はまだ半信半疑の様だ。
「後任て事は、あなたは……?」
「飽きた。もう同じ事の繰り返しは飽き飽きなんじゃ。それにこの容姿、前任者の口車にのせられてこのザマじゃ。何が神様は威厳が大事~じゃ! 何が見た目が説得力を与えるから~じゃ!」
唐突に老人は思い出し怒りし始めた。誰かに愚痴りたい程度には不満があるらしい。
一方の女性はと言うと、上司の愚癡もこんな感じだったかな~と、取り止めもない事を稽えていた。
目の前の神様の愚痴を聞き流しなら、女性は少し考えてみる。さっきの転生先に比べたら神様の方がよほど良いのかもしれない。
自分にとって同じ事の繰り返しはさはど気にならないし、見た感じ衣食住にも困る様子は無さそうだ。衣食住という概念が神様の世界にあるかどうかは別にして。
コタツの上にミカンがあるところ食という行為はあるのだろう。ならば、神様の機嫌が変わる前に自分から立候補してしまうのも得策かもしれない。
「あの~、私、神様やってみようかなって思うんですけど……」
愚痴の真っ最中、ボルテージも上がってきた所だったらしいが、老人の愚痴はピタリと止まる。
「そうかそうか! やってくれるか! これでワシも心置きなく異世界転生出来るってもんじゃ!」
一転、神様はすっかり上機嫌である。
「まずはお主の見た目からじゃな。」
神様が手を翳すと女性は光に包まれ……光が収まるとそこには金髪の幼女がちょこんと座っていた。服装も白いフリルの付いたドレスになっている。
「あの……なんかコタツが大きくなった要な……」
「ほれ、鏡」
老人が手をかざすと、幼女の右隣に全身を映せるくらいの大鏡が現れた。
「え?えええええ〜! なんですかコレ!」
「ワシの趣味じゃ」
素っ頓狂な声を上げている幼女に対し、何食わぬ顔で老人は答える。
「おまわりさん、こいつです。」
老人を指差し誰に言うともなく幼女は言う。その表情はすっかり呆れ顔である。
「もうちょっと年齢上げて貰って良いですか? 今更こんななりじゃ何かと不便そうで……」
「仕方ないのう。ほれ」
再び光に包まれる幼女。その姿はどんどん大きくなっていく。そして十数才年齢が増えた所で止まった。服装は相変わらずだが……
「次は名前じゃの。女神っぽい名前……フィーナでどうじゃ?」
この老人、自分の趣味に走っているのかすっかりノリノリである。
「あの、そういうのなんか気恥ずかしくて……他の名前とかじゃ駄目ですか? マリア様とかそういう……」
顔を真っ赤にしながら少女は手を上げておずおずと意見する。しかし……
「それはもう商標登録されとる。他の名前だとゴンザレス田中になるがよろしいか?」
「フィーナで」
即決やむなしである。
「それでは引き継ぎを始めるとするか」
老人は立ち上がると何も無い空間を指し示す。そこに行けという事らしい。フィーナが移動したところで老人も付いてきた。
「なぁに、すぐに終わる。ワシの神様としての智識をお主に移すだけじゃ」
老人の話を要約すると、人間の頃の常識が無くなり天界の常識が上書きされる。人間としての経験は残るがそれは経験ではなく知識として残る。例えていうなら、先の人生は夢の中での経験という程度の認識に変わる、と言ったところだろうか。
「ま、やってみた方が早いじゃろ」
老人が床に手をかざさすと二人の足元に緑色の法陣が現れた。法陣は光を放ち二人を包んでいく。
「あ……!」
フィーナに知識が流れ込んでくる。天界の規模、自身の所属する事になる組織の詳細。今いる空間や法陣の活用法に至るまで。これから天界で暮らしていく事に何も支障はなさそうだ。
人間の頃の記憶は確かにあるものの、どこか現実味が無い。しっかり覚えている夢といった感じだ。
「さてと、こんな感じじゃ」
眼の前に居る老人、さっきまでは分からなかったのに今ではその素性がはっきり分かる。もちろん名前も……
「あなた……、名前はラスプーチ……」
「待て待て待て! 言うな! 言うな!」
老人は慌ててフィーナの口を抑える。
「前任者の悪ふざけのせいで変な名前をつけられたんじや。だがそれももう終わる」
フィーナの口から手を放すと、老人は見た事も無いような爽やかな笑顔を作り
「さぁ、ワシを転生させてくれ! お前さんならもう出来るはずじゃ!」
いきなり無茶振り……でもない。フィーナにはこの後の手順が、すんなりと頭に浮かんでくる。何百何千と繰り返してきた日常動作の様に。
「わかりました。それでは転生先の説明から始めましょう」
こうしてフィーナの天界での生活が始まったのである。
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