異世界転生係で神畜の女神やってます

大鳳

プロローグ

第1話 いつもの日常

「それでは御自身の死亡時の状況は理解されましたか?」

 目に映る範囲の全てが真っ白な空間、そこにポツンと置かれた二つのソファーに座った男女が向かい合って会話をしていた。二人の会話は会話と言うよりは女性が男を窘めていると言った方が正解かもしれない。

「だから言ってんじゃん女神さまぁ? 異世界行くならチートくれってば」

 高校のブレザーの制服を着た十代半ばの黒髪の少年はソファーから立ち上がり女性に詰め寄っている。しかし女性はそんな少年をクレーマー扱いでもするかの様にしており、まともに取り合うつもりは無い様だ。

「私達にあなたを特別扱いする理由はありません。どなたかに異世界行きをお願いさせて頂いている立場ではありますが……別に魔王退治とかをお願いしている訳でもありません。あなたの転生先として異世界を勧めさせて頂いているだけです」

 女神と呼ばれた女性はため息をつきながら呆れた様に答えている。彼女は十代後半から二十代前半の見た目であり、白く丈の長いドレスを着た金髪碧眼で背中には鳥類を思わせる真っ白な羽根が畳まれている。

 椅子に座る彼女の白いドレスから伸びる細くて長い足は白いストッキングで包まれており白いパンプスを履いている。ドレスの上半身部分はゆったりしたタイプで長時間着用していても疲れないものとなっている。

(またですか……はぁ)

 最近特に多い転生候補者に女神は頭を悩ませていた。誰が言い始めたのかは分からないが異世界への転生を告げると、皆一様に狂喜するという事例が増えてきていた。それだけならまだかわいいものだが、彼らは口々にチートよこせとか女神に詰め寄ってくるのだ。異世界への転生は別段珍しいものでは無く、転生先が異世界なだけで何も特別な事は無いのだ。

「じゃあさ、何かすごいアイテムとかくれよ〜。なんかすっごいスマホとかさぁ」

 このままゴネてもチートなどもらえなさそうなのを悟った少年は少し方向性を変えてきた。


ーパアアァァァ!ー


 女神は少年を宥める為にあるものを神の奇跡で生成する。女神の手が光を放ったかと思うとすぐに光は収まり、女神の手には小さな何かが握られていた。

「なら、これをお渡ししましょう。どうぞ」

 女神は少年に生成したばかりの小さい何かを手渡す。受け取った小さい物を見た少年はプルプルと肩を震わせ始めた。そして

「なんだよコレ! ただのガラケーじゃん! しかもらくちんホンとかのジジイ向けのケータイじゃねーか! こんなんでどうしろってんだよ!」


ーガンッ!ー


少年は受け取ったガラケーを思い切り床に叩きつけた。

「ご安心下さい。三和音に対応してますから。ご希望のカラーがあればお教え下さい」

 女神はやる気のない声で何のフォローにもなってない事実と配慮を少年に伝えた。しかし、そんな事で少年が落ち着くはずも無く……

「ふざけんな! そんな事を言うなら転生してやらねーぞ!」

 機嫌を損ねた少年は子供の様に駄々を捏ね始めた。少年は子供だからある意味間違いではないのだが……。

 彼が承けなければ女神は別の魂を勧誘するだけである。

「あなたは事故で亡くなられましたよね?」

 女神は唐突に少年に自らが死んだ時の事を問い正す。

「そ、それが何だよ?」

 少年は女神の言葉の真意が分からずに聞き返すしかなかった。優しげだった女神の表情が真面目なものへと変わる。そして

「あなたは自転車に乗っていて事故に遭いました。見通しの悪い交差点での一時停止義務違反、無灯火、自転車の整備不良などなど……。本来であれば罪を悔いて償わなければならない立場にあります」

 淡々と話す女神の言葉に少年は黙ってしまった。

「あなたの不注意でどれだけの数の人々の平穏を奪ってしまったか自覚されていらっしゃいますか?」

 女神の淡々とした言葉は続く。少年のさっきまでの勢いは影を潜めバツが悪そうにしている。

「残された御家族の方々もそうです。あなたは迷惑と悲しみを残してこちらに来てしまったのです。本来異世界行きを喜べる立場ではないのです。まずは後悔、そして贖罪の気持ちであって然るべきです」

 説教を終えた女神は一息つき、改めて少年に向き直ると再び話し始めた。

「こちらの要請を拒むのでしたら、あなたは本来の予定通りに懲罰的な来世へと送られる事になります。えーと……」

 女神は言葉の途中でどこからともなく書類を取り出し目を通し始めた。

「あなたの来世は蝉として転生し続けセミファイナルを繰り返す人生になります。……頑張って死にかけの時に道行く人を驚かせてあげて下さいね」

女神はそう言うと少年に右手を向け来世へのレールに転移させようとした。ここまでの女神の行動には一切の躊躇が無かった。

 女神の本気度を悟った少年は

「待って待って! 分かった、行く! 行きます!」

 両手を前に出し女神に対し必死で来世行きを止めさせた。彼はようやく異世界への転生を了承したらしく、さすがにセミファイナルよりは普通の人間として生まれ変わる事を選んだ様だ。

「分かってもらえれば良いんです。それでは次の人生、頑張って下さいね。」

 女神は少年にさっきとは別の書類を差し出した。

「次の転生先……農家の次男かよ。しかも早死って……」

 蝉よりはマシと納得しかけた少年だったが転生先の自分の将来を見て明らかに落胆している。

「そちらの人生をよりよいものへと切り開くのがあなたの役割です。必死に生きて幸せを掴んでください。」

「他人事だと思って簡単に言うなよ! こいつ不細工だし短足だし……」

 少年の言葉が言い終わるより先に少年は女神の手によって異世界を司る神の元へと送られていった。

「はぁ……」

 少年が居なくなったソファーを見て女神は再び大きなため息をついた。今日の仕事は彼だけでは無くまだまだ大勢控えているのだ。せめて次の候補者はもの分かりの良い人であって欲しい。

 そんな事をただひたすらに願う女神であった。

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