第15話
捕まった僕とアンネは、アンネはともかくとして僕の方は危険だと言われ、木を組み合わせてできた檻に入れられた。先に中に入ってる人が二人いた。檻は狭くて、中で立ち上がって背中を伸ばすのは不可能だった。
檻の中の二つの角に一人ずつ男の人が座っている。体格から、どちらも僕よりも年上に見える。左側に寝そべっている人は髪が老人のように真っ白だ。僕からは背中しか見えない。右側に座っていた人は金髪で、僕を見て、ようと片手を上げて挨拶してくれた。
「何やった? 何人殺した?」
金髪の男の人はニヤニヤと笑いながら、好奇心を隠さずに聞いてきた。少し戸惑う。誰も殺してなんかいない。だけど、発音しにくい喉を震わせてそう伝えると、「ここに来る奴はどうしようもない悪人だけだ」と言う。彼は、誤魔化したいなら深くは聞かねえけど、と天井を眺めた。天井は厚い木材が重しのように敷かれている。上に蓋された虫カゴみたいだ。
僕に興味を失ったかのように見えた金髪はしかし、僕がゆっくりと語り出したらちょうどよく相槌を入れて聞いてくれた。妹の願いを叶えたかったんだ、だから半身を切り落として借りただけだ、と。金髪はゲラゲラと下品に大口を開けて笑っていた。よく見ると白髪の彼も肩を震わせている。寝ているのかと思ったけど、きちんと起きて聞いていたらしい。まだお互いの顔も知らないのに、他人の不幸話でよく笑えるものだ。
「誰の半身借りたんだよ」
「それは……モールス」
名前を言っても伝わるかな、と心配したが、袋が裂けるような笑い声が二人分鳴り響き、外の村人が僕達の檻を蹴った。僕はその音と衝撃で肩を大きく揺らしたが、僕とは別の意味で肩を揺らしている白髪の男も振り向いて、「いやモールスだけは笑うわ。よりにもよってそこいっちゃったんだ」と会話に入ってきた。白髪ではあるが、老人を全く想像させない普通のお兄さんだった。肌だって皺ひとつない。
「モールスといえば、村でも特に古株で、村作りに関わった人間。人望も人気も高い。その彼女を瀕死にしたなんて、そりゃ怒られるよ。面白すぎる!」
二人は笑い袋のように笑っていた。檻の外から見張りの村人が、怒り心頭に発するといった様子で「何を騒いでる、何をしたのかわかっているのか」と赤い顔をして檻を揺らす。二人の爆笑はしばらく続いた。
金髪のお兄さんの名前はコウ、白髪のお兄さんの名前はケイジ、だと聞いた。
僕達は狭い檻の中で横になって寝た。川の字になるスペースもなくて、寝返りしようとしたら蹴りが飛んでくる。天井はあるけど、風が吹いてきて寒いし、寝具なんて無かったから体が痛かった。砂の寝床は体温が奪われる。
太陽が昇り、僕達のところにも朝が来た。僕はろくに眠れなかったので体を起こして外を見ていた。森のすぐ近く。村から少し離れて、隠すように檻がある。こんな場所があるとは知らなかった。村人が一人やってきて、檻を激しく蹴りつける。そのまま壊してくれたら逃げるんだけどな、と思いながら、コウとケイジが起きるのを待った。大きな音がするのは、暴力的な人間がいるのは、なんだか懐かしい。
二人が起きる頃、檻の扉が開かれる。横柄な態度の村人は手に太い棍棒を持っていた。扉から三人外に出る。今日の雲は厚い。重い桶を一人二つ渡された。川の水を汲むように言われる。僕は力自慢というほどでもないが、こういう体を使う仕事は嫌いじゃない。無心になれるし、誰かの役に立てるなら。
コウとケイジは文句を言いつつ川へ向かう。桶をぶつけ合ったり、ととても不真面目な態度だ。
川は木漏れ日に照らされて美しかった。浅い川だから入っても足までしか濡れない。でも例の二人がふざけて突き落としたり水をかけたりするので、包帯がぐちゃぐちゃになった。三人ともずぶ濡れだ。遅れて見張りが一人やってきて、完全に遊んでいるこの状況にまた怒鳴り声をあげた。
水を半分ほど入れた桶を運ぼうとしたら、見張りに見つかって怒られた。水はギリギリまで入れなきゃダメだって。満杯の桶二つを運ぶのは、僕にはとても難しかった。そもそも、桶だけでも重いのだ。水はもっと重い。
無理だ、と訴えてもやれの一言。仕方なく、なんとか持ち上げて、少し歩いてすぐ休む。「レネ!!」と僕じゃない名前を呼ばれる。アンネは無事だろうか。今頃どうしているのだろう。
難航してる僕の横を通る時、コウが小声で「歩きながらこぼせ」と言っていった。「あっごめーん」とふざけた調子でケイジが僕の桶に桶をぶつけてくる。だいぶ水の量が減った。なるほど、この二人はこうやって助け合っているのだな。ありがたいことに、僕のことも助け合いの輪に入れようとしてくれているみたいだった。
でも僕は少し思うところがあった。川で遊んだから泥混じりの水になった。これでは飲めないし、水の使い道が狭まって、誰のためにもならないんじゃないか……。僕は、誰かのためになるなら、こうやって労働力として使われてもいい、納得できる。
モールスを半分にしたのは、アンネが望んだから……。アンネを優先したけど、別に村の人に恨みなんてない。皆の幸せを祈れるような、そんな人に僕はなりたい。
(嘘じゃない。心が二つある。僕は五体満足で綺麗な人間が憎かった。壊してしまいたくて、だけど……)
見張りが僕の背や尻をつつく。早く進め、ということだろう。不快で仕方なかったが、確かに遅かった。あの二人はもう見えないくらい先に行ったらしい。
「見た目が化け物なら中身も化け物なんだな。お前怖いよ」
見張りは突然喋り出したけど、独り言だろう。僕に話しかけてるわけではなさそうだ。怖い相手をこんなにつつくなんて、随分甘えて育ったんだろうな。
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