第14話
「さあ、アンネ」
血塗れの下半身をアンネの元へ運ぶ。ゆりかごから下ろし、床に寝させ、モールスの足をあてがった。
「お兄ちゃん、ありがとう……」
血溜まりの中にいるアンネは、不思議と妖艶に見える。例えて言うなら、蓮の花のような。危なげな微笑を浮かべていた。鉄の匂いが充満する家の中、僕は兄として誇らしく思う。
血は少しの時間が経つだけで粘性を帯びて落ちにくくなる。アンネの周囲の血を掃除していたら、モールスのベッドまで手が回らなかった。気が付いたら日が昇っていて、「レネ」と諭すような声がする。
「どうしてこんなことをしたの?」
か細くて少し震えているその声は、モールスのものだ。痛みに震えているのだろう。ぐっしょりと赤く湿った彼女の寝床は、薔薇の花みたい。
「兄として、妹の願いを叶えたくてさ」
アンネは僕のベッドに眠っている。下半身を紐で縫い付けてある。動かせはしなくても、見た目は繋がって見える。血が出てくるのはどうにもできず、モールスほどではないものの、ベッドはしっかりとどす黒く染まっている。
「そう……。ねえ、お願いがあるんだけど」
「なあに?」
掃除のためにずっと中腰だったので、背中を伸ばして腰を少しトントンと叩く。モールスはアンネの恩人だ。僕とアンネを家に置いてくれたから、重ねて二人の恩人だ。そんな彼女の頼みなら聞いてあげようと思った。
「早く……殺してくれない? なるべく痛くない方法で……今も、物凄く辛くて、酷く寒いんだけど……」
いいよ、と言ってあげたかったけど、モールスが死んだらその体の一部の足も共に消えるだろう。この世界の人間は死んだら消えて生き返る。死ににくくなる。何もしなければモールスも生き続けるだろう。アンネと同じだ。多分。
「それはできない、ごめんね」
アンネは引き攣って笑ってるみたいな顔で「そう」と言った。痛いんだろうな。麻酔とかあれば良かったけど、無いからな。だからごめんね。痛かったよね。痛いよね。ざまあみろ。気分はどうだい。心のどこかで僕達を哀れみ、見下げていたのに、よくもまあ自分一人「良い人」のポジションに立ち続けたよね。いつもいつも優しくしてくれて、本当にありがとう。
僕がひっそりと笑っていると、「それなら、ドアを開けてくれない? できれば窓も……血の匂いがすごくて」とモールスが言う。僕は了承した。血の匂いがあまりにも外に漏れるようだと困るので、少しだけ開けた。朝のまだ冷えた風が吹き込んでくる。
「これでいい?」
「うん、それじゃあ……元気でね」
モールスは大きく息を吸った。
「誰か! 誰か来てえ! 助けて! 痛い! 痛い……誰かあ!」
モールスは家が近い者の名前を順々に叫び始めた。僕は慌てて扉を閉じたけど、少しの間もおかずに戸を叩かれる。何事だ、大丈夫か、と次々人の声が増えていって、扉を押さえていられなくなった。アンネは目を丸くして起き上がっている。
「これは……なんて酷い……」
袖で口と鼻を覆った村人が言う。モールスは必死の形相で叫び続けている。このままではどんどん人が集まる、囲まれたらまずい。
僕はアンネを抱き抱え、狭い玄関に集結している人たちの群れに突っ込んだ。アンネの動かない足を引きずってしまって、いつものように運べない。ズルズルと削れるように血の跡がつく。大雑把に繋いでおいた紐がぶちぶちと千切れて、上半身から下半身が離れてしまう。
「おい、レネ何があったんだよ」
林檎を育てているお兄さんが頬を掻きながら尋ねてきた。僕の腕の中のアンネを見て、「おい、まさかその足……」と手を止める。僕は何も言わずに人の間を走り抜けた。森へと逃げるが、血痕がずっと道を作る。不格好なアンネはわあわあと泣いていた。それに動かない足はとても邪魔だった。
足音がする……村の年長者達だろう。お説教では終わらない筈だ。……もっと、計画をよく練るんだった。
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