第13話

 ロルフの背中が見えなくなる頃、やっと人だかりは解消した。林檎を育てているお兄さんが、僕の両肩にポンと手を置いて道端に移動させる。レネ、城の連中に関わるな。特に村では、奴等に好意的な態度を取るんじゃない、それを見られるのはもっとまずい。

「どうして?」

 ……俺達が集団だから、かな。

 解散していく人達は、「狡い連中だ」とか、「天国への扉を隠している」とか言っている。なんでなんで、と尋ね続ける。何が狡いの。「あの連中は最初から屋根のある城を勝手に四人で占領した。広い城をたった四人で!」人によっては三人だとも言っていた。

 なんで、という疑問以前に、天国への扉? そんなものが本当にあるのだろうか? 城の地下には巨大な迷宮があって、そこには恐ろしい怪物がいるけれど、僕らに『終わり』をくれる神様が待っているのだという。林檎屋のお兄さん曰く、胸が大きくて大層美人な女神様らしい。白いスレスレな危ない布? を着ているそうな。寒くないんだろうか。

 その女神様に会えたら天国へ昇ることができるのだそうだ。

 もちろん、村で何かしらの自分の条件を満たすことができれば、女神に会いに行かなくても天国への扉が迎えに来るとか。

 自分の条件、それは何なんだろう。達成するまではわからない。


 近隣住民の仕事を手伝って、日が沈んだら家に帰る。部屋は明るくランプが灯り、暖かな空気が僕を迎える。既にモールスは帰宅しており、アンネの床擦れに薬を塗っていた。薬を塗るために服をはだけさせていたアンネに僕は仰天して、目を離したが、アンネは明るい声色で、

「お兄ちゃん! おかえりなさい」

 と僕を迎えた。早く服を着てほしい。のんびりした様子のモールスが、ちょっと待ってねーと言っている。一瞬見えた二人は、どちらもにこにこと笑っていて、特にアンネは屈託なく、姉妹のように仲睦まじい様子だった。

 アンネは小柄だ。年齢も僕より下だろうと思う。おへそがかろうじて残っているくらいの身長。黒い塔の中で散乱していた腸は、もうダメになってしまっていたので僕が引きちぎった。

『足が欲しいわ』

 アンネの望みが僕の望みだ。誰の足を借りよう、と思った。メグ。想像ではちょうどいいサイズだと感じたが、改めて二人の胴回りを比べてみると、メグは小さすぎる。そして、メグの足を借りるには、トーマスを黙らせないといけない。厄介なことだ。

 借りるだけだ。もしかしたら本人の了承すら取れるかもしれない。モールス、彼女の下半身を切って、繋げて。大丈夫、この世界は死ににくく、死んでも生き返る。だから借りるだけ。死ぬのはとても痛くて、怖いけど。モールスの足を使おう。痛くないように即死させて、それから足を切り出して……あれ、でも死んだ体はいつの間にか消えている。とすると、死なないように切り出せば足は消えない。モールスには可哀想だけど……。大丈夫。アンネと同じように、お世話をしよう。できる限りのお世話を。

 だって、不幸をお裾分けする権利が僕達にはある。この村の誰よりも、僕とアンネにはそれがある。後ろ指さされるのがずっと続くこの生活。ほんの少しの腹いせと、八つ当たり。構わないだろう。手が滑ったからと言ってモールスを。


 月の綺麗な夜だった。二人はすっかり寝付いてしまって、穏やかな寝息がかすかに聞こえた。僕は外から持ち込んだ、斧を取り出す。月の光が窓から入り込み、斧を光らせる。ゆりかごを揺らした。アンネがうめいて、目を開ける。アンネが僕の持つ物を見た。

「今日、するのね」

 アンネは寝ぼけ眼を手でこする。

 僕はモールスのベッドに近付く。彼女はそこに寝ている。ゆっくりと布団を剥ぎ取った。起こさないように注意する。モールスはワンピース型の寝間着を着ていた。薪を割る感覚をよく思い出して反復した。汗で持ち手が滑る。強く握って、狙いを定めて。何度か躊躇って、よしと斧を振り下ろした。ズン、と、柔らかい、肉を断つ感触……。じわりと寝間着が濡れていく。赤い色が滲み出てくる。

「う……う」

 モールスが苦しそうに顔を歪めて腹部を押さえた。ぼんやりと目を開ける。僕は急に後ろめたくなって、モールスの目を閉じさせたくて、もう一度、二度、と彼女の腹部に斧を落とした。衝動的に斧を振るから、血が広範囲に広がる。生臭い鉄の匂いがした。

「痛い、痛いよ……」

 モールスが手で斧を遮ろうとする。腕の先が落ちた。とても簡単に。モールスは苦痛に顔を歪め、引き攣った口元が笑っているかのようにも見える。目に涙が滲み出てきて、雫になり、決壊して頬を伝い落ちるのが、とても綺麗に見えた。

 背骨だろうか、中々切れない部分がある。硬い。斧をノコギリのように動かすと、モールスが「ああ、ああ止めて」とか細い声で言う。僕のようにしゃがれてもいない綺麗な声。

 血が流れ出て僕の足元を濡らす。モールスはたすけ、と言って、虚ろな目をして泡を吐いていた。そろそろ体は切れただろうか。足を持って、下半身が狙い通り千切れたことを確認する。ずるりと内臓が引き出されて、上と下をかろうじて繋いでいる。手でちぎろうとしたが、まだ健康な内臓はアンネと違って中々切れない。斧で立ち切り、ごぽごぽと血を吹き出す下半身をベットから引きずりだす。

「モールス、ありがとう」

 彼女にはもう意識がないようだ。

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