第16話
村に帰ってきて、おや? と思った。あの二人はそれぞれ、野菜に、果樹にと水を届けに行ったらしい。僕が連れて行かれたのは檻の方。見張りや村の人間達がニヤニヤと卑しい笑顔で、檻の中に水をこぼせと指示をした。そんなことをすると寝床が泥だらけになってしまう。寝床はただの砂だから。
早くやれ、と囃し立てられて、僕は桶の水を村人達に被せようと振りかぶった。予想されていたのか、桶も腕も押さえられて僕は跪かされる。触れるもの全て煩わしい。皆消えて無くなればいい。僕はこんな時に言う言葉を知らない。
結局、寝床はドロドロになったし、僕は一方的に殴られ蹴られ、ぐったりしたところをドロドロの檻に押し込められた。痛む体を抱いて僕は少し泣いた。
寒くて、体中が痛い。僕は体を起こそうとして、低い天井に頭をぶつけた。白かった包帯が無惨に変色している。包帯だらけで真っ白だった僕の体はまた真っ黒に。これなら包帯なんてあっても無いのと同じことだ。僕は優しかった村人達を思い出しながら、濡れている包帯を一枚一枚、剥がして、捨てて。黒く焼け爛れた元の皮膚が姿を現す。これが僕だ。
ぐう、とお腹が鳴る。死んでも空腹になる。僕は檻の中にいる。コウは腕を組んで座った状態で目を閉じている。ケイジはいつものように死んだように横になっている。泥の中によく横たわる気になるものだ。外は真っ暗だ。
体が重い。アンネ、アンネはどこにいるだろう。心の安定のために、僕には妹が必要だった。なぜこんなにも妹に執着しているのか……思い出そうとしても思い出せない。忘れている生前の記憶を手に入れれば、全てわかるのだろうか。
あの子が今どうしているのか……。ひもじい思いをしていなければいい。
檻の中と外には大きな違いがあった。中にいる者は、まっすぐ立つことすらできない。卑屈に背を曲げるしかできない。
「水が、飲みたい……」
僕が注目したのは、濡れた黒い土……。泥を少し手に取って、込み上げてきた衝動をそのままに投げつける。檻に当たったが、檻は当然歪みもしなかった。
次の日、僕らには食事が与えられた。死なない程度に貰えるらしい。食事は、内臓のような物、しかも生のそれを顔をしかめて食した。血の滴る生の肉が比較的美味しくて、三人で取り合って食べた。
「レネ。モールスが死んだ」
村の人間が唐突に言った。どうでもよかった。
「何を今更」
神妙な顔をした村の人間は棒立ちしている。モールスが死んだならすぐ元に戻るだろう。くだらない豚箱遊びだ。優しいモールス、僕らを許してくれないだろうか。会いたい、と要望を出そうとしたが、それより先に相手が口を開いた。
「彼女は天国に行った。もう戻ることはない」
なんてこと。……モールスの条件は、一定回数の死だったらしい。村人は唇を噛みしめてすごい目で僕を見る。それは逆恨みでしょう。僕がたまたま最後に手をつけただけで、今までも何度も死んできたなら、僕の責任は最後の一回だけであるべきだ。なのに、モールスの死を僕だけに負わせているんだろうな、この人達は。
「アンネはどこでどうしている?」
僕の問いに対して檻の外の男は、本当に妹が好きなんだな。と無感情に言った。
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