第9話
小鳥を見つけた。壊れかけの城で見た、硝子の小鳥ではない。何気なく手を伸ばしたら、手のひらに乗ってきた。青い羽を撫でる。柔らかくて暖かい。やけに人馴れしている。誰かが餌付けしたのだろうか。
アンネにも見せてやろう。そう思って家に帰る。見せるまでは手の中にいておくれ、と蓋をするように両手で閉じ込めた。鳥は少し暴れている。
「え、お兄ちゃん? うわぁっ! 鳥!?」
ソファで編み物をしていたアンネの顔のすぐ前で、鳥を離した。バタバタと羽を落として暴れて逃げていく。小鳥は家からどうすれば出られるのかわからず、壁や窓にぶつかっている。
嬉しい? とアンネに聞いたら、意図がわからないと戸惑っていたようだった。綺麗な鳥だと思ったから、見せに連れてきたのだ。だが、慌てている鳥の姿は、美しくはない。とても残念だ。
外へ帰してやろうと思って手を伸ばしたが、今度は手のひらに止まらない。連れてくるんじゃなかった、そう思う。アンネはビクビクと身を固まらせている。そんな時にモールスが帰ってきた。冷たい風が家の入り口から入り込んできて、鳥は突進するようにして外に出ていった。危うくぶつかりそうになっていたモールスは、腕で顔を覆っていた。
「何、今のは?」
僕はアンネを喜ばせたかっただけだ。
モールスには鳥だと伝えた。青い人馴れした鳥、と話すとモールスは心当たりがあるようだった。やはり村の誰かが餌付けしているらしい。村で可愛がっているモノの一つだから、丁重に扱ってくれ、とモールスは頬をかきながら言った。
僕はわかったような返事をしておいたけど、丁重って言葉を僕は知らない。ニュアンスで曖昧に捉えている。今日のような扱いはしてはいけない、ということだろう。とにかく。
ああ、命とは暖かい。鳥を両手で包んだ時の、暖かさと柔らかさが、とても良いものに思えた。
「引き受けちゃった。手伝ってくれない? ご近所さんの林檎収穫」
半ば無理矢理モールスに連れ出された。ほとんどの林檎は僕の身長では苦しい位置にあった。精一杯腕を伸ばして、足の爪先に力を込めて、背伸びをしてようやく収穫することができた。僕の手には歪な形をした小さな赤い実。本当にこれが林檎なのか? しげしげと眺めていたら、中から芋虫が這い出てきた。驚いて投げ捨てる。
林檎を育てている村人が、声を上げて僕を見た。虫がいたんだ、と説明したが、当たり前だろうと語気を強めて言われる。よほど豊かな国にいたのか、と責められたが、どうも聞いていると確かにその通りみたいだ。僕は品種改良されて農薬のかかった林檎しか知らない。
働かざる者がなんだかって聞いた。僕は気を引き締めて作業に戻った。怒られたこともあって、無心でせっせと手を動かしていたら、作業の速度が大きく上がった。単純作業であるし。背伸びをする足は辛いが。
林檎の育て主は、僕の作業や態度を見て、随分と柔らかな物言いになった。あらかた片付くと、ありがとうと拍手をしてくれた。いつもよりずっと早く終わったと。悪い気分ではない。収穫の手伝いのお礼として、多めの林檎を分けてもらった。モールスに渡せばパイにしてくれる、とその人は言う。「料理してしまえばね、酸味もアクセントになるし、虫食いも気にならなくなる」僕は何度も礼を言った。アンネは甘い物は好きだろうか。そうだといい。
モールスは手際良く林檎をバラバラにしていった。アンネはパイ生地を編んでいる。暖かな部屋はどこか穏やかな柔らかい光が満ちていた。窓の外はもう暗い夜になっていたけど、この部屋の中だけ午後の日光浴みたい。僕は皿洗いでもしようと思ったけど、手の包帯が濡れるから、と本を渡されて椅子に座らせられた。なんだ絵本じゃないか、と思ったら知らない言語の本だった。この世界には、沢山の子供が集まるから、相互理解のための絵本がふんだんに用意されているのだそうだ。誰が用意したんだ? 絵本の中には手作りらしき冊子も多い。
林檎がパイ生地に閉じ込められて、オーブンに飲み込まれる。近所に配る分があるため、林檎のパイはとても大きい。モールスがあとは待つだけだと晴れ晴れと言った。
アンネは年頃の女の子らしく微笑んでいる。僕は飛び出す絵本をアンネの元に持っていった。
「君たちは本当に仲が良いねぇ」
アンネが少し恥ずかしそうだった。
その後、焼けたパイを出来立て熱々の状態でさっくり頂いた。なぜだろう、目頭が熱くなる。アンネが美味しい美味しいと喜んで食べていたので、僕の分も少し分けてあげようとした。でも元が大きいパイだ、分ける必要もなくお腹いっぱいになる。
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