第8話
モールスは気を使ってくれて、僕の体を隠す包帯を山ほど用意してくれた。見た目で恐れられることはまだあるだろうけど、マシになったはずだ。モールスはさらにアンネにも、膝掛けの長い布を用意した。下半身が無いとは気付かれないだろう。一見普通の女の子に見える。モールスはよく気のつく人なのだなぁ。お返しできることが思い当たらない。道を歩けば村の隣人達が怖々と挨拶してくれるので、僕は手を上げてやあ、と挨拶していった。少しずつ、村に馴染んでいく。村の年長者が、木製の車椅子を作ってくれて、アンネをたまに日光浴させる。気持ちよさそうに眠るアンネを見る時、僕は幸福を感じた。
薪を割る。なかなか上手くいかない。村の人達が遠巻きに僕を見て何か言っている。前にモールスが言っていた。レネやアンネほど損傷の酷い子供は少ないって。だから皆見に来るらしい。少し不愉快だ。許してあげて、とは言われたけれど。
モールスは僕らを治療しようとした。死因の傷は残ったままこの世界に来るらしい。アンネが何か言いたそうにしていたけど、それよりモールスは「痛くないの」と驚いていた。
僕の体は、改めて見てみると自分でも、気持ち悪いと思う……酷い火傷の痕がある。全身が溶けるように皮膚が硬くなって、人の体としてはおかしい。モールスは戸惑いながら僕の肌に包帯を巻いて隠してくれた。帽子、マフラー、靴に、手袋。
アンネも手当を受けた。それでも無くなった足は戻らない。具合は悪いまま。清潔にした患部も壊死してそれは上に広がっていく。いつかはアンネも死ぬだろう。そして蘇る。不完全な姿で。
どうやらそうなっているらしい。この世界は、死に続けるのだと、モールスが教えてくれた。
「全然上手く割れてないね」
びくりと肩を揺らした。いつの間にか小さい女の子がすぐそばにいる。アンネより小さい。八歳ぐらいだろうか。こら、といって僕と同じくらいの背丈の男の子が、小さい子を抱えた。女の子が暴れる。
「だって本当に下手なんだもん!」
「そもそも薪割りの近くは危ないって言ってるだろ!」
「お兄ちゃんが教えてあげればいいじゃない! 村の人は仲間なんでしょ」
こいつら兄妹なのか……と内心苦い気持ちになる。兄と呼ばれた方を見てみると、なんだ、最初に村に来た時に僕を囲んだ一人。気まずいんだろう。僕と目を合わせるとわかりやすいほどに狼狽えていた。すぐに目を外して伺い見てはまたビクビクと。
「薪割り上手?」
僕は首をかしげた。彼より先に小さい子が高い声で叫ぶ。あなたよりはね! 彼は妹を小突いていた。
「もしよければ教えてよ……やったことないんだ」
マフラーと帽子を調整して、剥き出しの歯も、溶けた鼻も、隠して斧を手渡す。少したじろいだ彼だったが、薪割りの効率的なやり方を丁寧に教えてくれた。モールスの家を暖かくする薪がたくさんできた。上手く割れると気持ちがいい。僕は力が強いみたいで、力の入れ方さえ覚えてしまえば作業はとても速くなった。
「そう、村の子が教えてくれたの。良かった、歓迎の気持ちだよ。きっとね」
モールスは暖かく笑う。兄妹だった、と言ったら、結構いるよと教えてくれる。中には全く血縁関係のない兄妹もいるとか、いないとか。まさに僕とアンネなんだけど、わざわざ言う必要も無いと思って、言わなかった。
アンネとモールスは生前の手遊びをしていた。国や地方が違うのか、言語は通じるのに手遊びは大体知らない。それが面白いから、とモールスはよく村人の間でもするらしい。僕も何かあったかなと思い出す。ずいずいずっころばし、ごまみそずい。何それと笑われて終わり。なんだっけこれ。
こんな生活がゆったりと続いていくのだろうか。そして、いつか終わりが……来るのだろうか? 個人によって違うなんらかの条件を満たすと、天国に行けるらしい。村でよく聞く、この暮らしの終わり。
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