第6話
雨の勢いが強い。ロルフと呼ばれた少年は、城の入り口で門番のような仕事をしていて、森から獣が入ってこないようにする神官なんだそうだ。門番が神官? と当然の疑問を投げかけたが、ロルフは虚ろな目で雨空を眺めていた。雨が止むまで、詰所ではなく城の方に滞在するらしい。
「ね、ねえ。ロルフ……」
かすれて聞きにくい声だったけど、問いかければ返事があった。敵意はないらしい。
僕達、どこへ向かえばいいんだろう? 雨がやんだらここにはいられない。村とかのあるところ、知っているなら教えてほしい……。発声しにくい喉を震わせて、懸命に伝えた。ロルフはゆったりと考えて、知っているけど、やめた方がいい。と言った。
なんで、と声が漏れたのを上書きするように妹の声が重なった。なんで?
ロルフは億劫そうに溜め息を吐いた。「行けばわかる」あっち、と指が指し示した。僕がやってきた方角と逆の方。僕は妹を小さな小さな子供にするようにゆらゆらと揺らしてあげて、雨がやんだら村に行こうな、と約束する。忠告はした、とロルフが言った。
「村にはきっと、大人がいるはずだ。まずお医者を探して、傷を見てもらおう……」
ア、ア、と妹の名前を呼ぼうとした。まさか忘れるわけがない彼女の名前を、口にするのがはばかられる。何度も言い淀んで吃っていると、妹が不思議そうにしていた。
不意にロルフが大きな声を出す。
「大人なんていない」
突然の吐き捨てるような物言いに、衝撃を受けて目眩がした。それはアンネも同じだったようで、狼狽えている。こんなに痛いのに、と。
痛いだけじゃない、虫が、気持ち悪くて、膿んだ皮膚の下で蠢いて、痒くて痛くて、と妹が続ける。虫はここにもついてきている。妹を抱える僕の手に、うぞうぞと動く虫の感触がする。それと腐った柔らかい内臓。
「僕達は家に帰る……」
家。どこにあるんだったか。ここがどこかもわからないのに……いや、もう受け入れようか。死んだ子供の世界だと聞いた。ならば家はもう無いのだろう。
「……静かに暮らすんだ」
先ほどあると言われた村に、妹と行こう。
ロルフはどこか複雑な顔をしていた。
次第に黒い雨は止み、橋の向こうの霧が輝くように見えた。ロルフが、水たまりにも構わずまっすぐに歩いていく。妹を抱えて後を追う。彼の服に泥が飛んでいく。
ロルフは城門の近くの建物、神殿……だろうか。厳かな装飾が施されている。ロルフは最後、神殿に入る直前に、僕達二人をちらと見た。
村へ行こう。
「ねえ、お兄ちゃん」
妹は僕と向き合い、僕は彼女の脇の下に手を回して抱えている。僕の肩に妹の顎が刺さる。なんの痛みでもない、こんなもの。
「どうしたの」
精一杯の優しい声で答えた。不思議な緊張感があった。他人のようだ。これは妹、これは妹、そう思いはしても、それでも。
「お兄ちゃん……私の、名前呼んで?」
「何を今更」
吹き出すように笑ってみた。内心、とても心臓が痛い。妹はごまかされてはくれなかった。沈黙が僕に針を刺す。
橋を渡って、暗い森に戻ってきた。肌がビリビリするくらいの、寒さと緊張感。息を潜めて、森に馴染む。
「……アン、ネ」
妹が息を飲むのが耳に聞こえた。
「そばにいて……レネ、お兄ちゃん」
アンネの震える声が囁く。
僕達は兄妹じゃない。
ずる、と手からこぼれ落ちる臓器を支える。腐った酷い臭いにはもう鼻が慣れた。
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