第47話 なにもできなくてゴメンね……。
「……桃香は家から離れてて。状況は知らせるから、すぐに警察に連絡できるように待機してて」
離れたところから明かりのついた自宅を見ながら、塔矢は桃香に言った。
もう一度、両親に電話をしてみたが、やはり繋がらなかった。
不安そうな顔をする桃香の頭をそっと撫でると、彼女は小さく頷く。
「うん、任せて。……気をつけて」
「大丈夫。加藤もいるから心配ないよ。……それじゃ」
今、ここにはふたりしかいない。
事前に計画を立てて、加藤と凛には別行動をしてもらっていた。
「待って」
「――なに?」
行こうとする塔矢を桃香が呼び止めると、彼女は鞄を開けて、御守りをひとつ取り出した。
「これ私がいつも持ってる、うちの神社の御守り。塔矢くんにあげる。……きっと守ってくれるから」
「ありがとう」
手渡された御守りを、塔矢はポロシャツの胸ポケットに入れた。
そして、彼女を残して玄関に向かった。
◆
(鍵がかかってるな……)
物音をあまり立てないように、そっと玄関ドアを開けようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。
塔矢はひとつ深呼吸をして、ポケットの中のキーケースから鍵を出して――開ける。
――カチャ。
鍵を開ける音が周囲に響く。
(この静かさなら……気付かれただろうな)
塔矢はそう思い、あえて自分の居場所を示すように、大きな声で言った。
「――ただいま!」
それは近くにいるであろう、加藤と凛のふたりに知らせる意図もあった。
塔矢は慎重に玄関で靴を脱いで――そのまま靴下も脱ぐ。
フローリングで滑るのが致命傷になることを、経験上知っているからだ。
そして――リビングのドアを開けた。
「……思ったより遅かったな」
ダイニングの奥にあるキッチンから、よく知った声が聞こえて、塔矢はそちらを睨んだ。
(やっぱりか……)
一番奥に立つ高橋先生は、包丁を手にしていて――それはその前で虚ろな目をして立っている母――朱美に突きつけられている。
そして、手前のリビングには、塔矢の父が――同じく生気のない表情で立っていた。
『桃香、予想通りだ。すぐ警察を呼んでくれ。僕は時間を稼ぐから』
すぐに塔矢は無言で桃香に情報を伝える。
高橋先生はそれを見て不満だったのか、塔矢を睨んだ。
「……先生は何がしたかったんだ?」
「別に理由はないさ。せっかくの力――使わないと損だろう? ……私が命じたら、どんな女も喜んで股を開くんだ。はははは……」
その言葉を聞いて、頭に血が昇りそうになるのを、塔矢は歯を食いしばって我慢する。
「そうか……。それで、このあとどうするつもりだ?」
「あの役立たずの女のせいで……もう日常に戻るのは諦めたよ。……最後にお前を殺して逃げるさ。――こいつが殺されたくなかったら、そこを動くなよ?」
『役立たずの女』とは、吉村先生のことだろうか。
包丁を朱美の首にあてがいながら、高橋先生は塔矢に命じた。
ただ、塔矢も素直に言うことを聞くつもりはなかった。
(……父さんと母さんが離れてる今は、母さんを刺すと人質の意味がなくなる)
そう考えた塔矢は、すぐに
「――ま、待てっ! 追いかけろ!」
背後から高橋先生の慌てた声が響いた。
塔矢の父に命じて追わせようとしたのだろう。
「――凛!」
塔矢は走りながら、大声で妹の名前を叫んだ。
そのとき――。
――パチン!
小さな音と共に、突然周囲が闇に包まれた。家の明かりが全て消えたのだ。
「――なんだ……っ⁉」
背後から高橋先生の戸惑う声が聞こえる。
手筈通りのタイミングで、塔矢はもう一度向きを変えて、キッチンの方に走った。
――自分の家だ。
真っ暗だとしても、どこに何があるかなど、塔矢には手に取るように分かっていた。
◆
――その僅か前。
音を立てないように、裏にある勝手口から先に入っていた加藤と凛は、塔矢と高橋先生のやりとりを身を潜めて聞いていた。
凛は塔矢の言いつけ通り、声をかけられた時に家のブレーカーを落とす役目を担っていた。
いつでもスイッチを落とせるように、震える手を伸ばして待つ。
その横で加藤は目を閉じ、下を向いて自分の出番を待っていた。
塔矢が高橋先生と話す内容から、そろそろだと思ったとき――。
『――凛!』
塔矢の声が響いた。
それとほぼ同時に、凛は思い切ってスイッチを押し下げた。
――パチン!
指に伝わる小さな衝撃と共に、周囲が真っ暗に変わる。
加藤は周囲が暗くなった瞬間、目を開けてターゲットを探して駆け出した。
そう、すぐに目が闇に慣れるようにと、ずっと目を閉じて待っていたのだ。
◆
「――くそッ!」
予想外の事態に、高橋先生は悪態をつく。
逃げた塔矢を追うのはもう無理だと判断して、こうなったら、せめて彼の大事な家族を殺してやると、考えを切り替えた。
暗くてよく見えないが、近くにいるだろう塔矢の母に向けて、包丁を振り下ろそうとした――。
――ドスッ!
しかし、それよりも前に、鈍い音と共に腹部に強い衝撃を感じた。
「がは……っ!」
高橋先生は呻き声を上げ、身体をくの字に折り曲げる。
意識が飛びそうになるほどの痛みで、包丁が手からこぼれ落ちた。
「――凛!」
もう一度、凛の名前を呼ぶ、塔矢の声が響いた。
そして、少し間があってから周囲に明かりが戻る。
そこには――塔矢に後ろから羽交締めにされた高橋先生と、床に倒れた朱美。
それと加藤に押さえられた塔矢の父がいた。
◆
「ぐぅ……っ!」
塔矢に首を極められて、高橋先生は呻き声を漏らした。
こうなれば力の差は大きく、必死で爪を立てて塔矢の腕を引き剥がそうとするが、すぐに塔矢に締められて意識が朦朧とし……だらりと両腕を垂らした。
それと同時に、塔矢の両親も意識を失って床に倒れた。
塔矢は慎重に床に高橋先生を転がすと、裏から出てきた凛からロープを受け取って、後ろ手に縛り上げた。
そして加藤に声をかける。
「加藤に頼むにしては簡単すぎる仕事だったね」
「ああ。……楽勝さ」
にやりと笑った加藤と、塔矢はパチンとハイタッチを交わした。
「自慢の彼女を呼んでやったらどうだ?」
加藤の言葉に小さく頷き、塔矢は全て終わったことを桃香に伝える。
『桃香、片付いた。……もう家に入っても大丈夫』
すると、心配で家の近くにいたのだろう。すぐに玄関の扉が開く音が聞こえた。
「――塔矢くん! よかった……」
塔矢の顔を見るなり、桃香は安堵の声を漏らした。
そんな彼女に照れながら塔矢は答える。
「加藤と凛のおかげだよ。これだけうまくいったのは」
「うん……。私、なにもできなくてゴメンね……」
桃香が申し訳なさそうな顔をしたとき、今日2度目のサイレン音が聞こえてきた。
「はは、熊野さんが呼んでくれたんだろ? お手柄じゃないか」
そう言って加藤が笑うのを、桃香は少し照れながら聞いていた。
◆
【第5章 あとがき】
再び登場した加藤クン。
お前、彼女居たんかーい!
と、ツッコミたくなるけど、それはさておき。
戦力にはならなくても、結局いろんなところで桃香がキーを握っていることにはかわりません。
うーん、便利ですね……。
でも、自分の意思に関係なく聞こえてしまうんですよ。
それはそれで困りものですね。
さて、残りはラストエピソードのみです。
最後までよろしくお願いします。
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