第43話 ――それは甘美な響き!

(くそっ! どうすれば――⁉)


 塔矢は少女の腕を掴んだまま、必死に考えを巡らせる。

 少女の目を見た瞬間に、高橋先生の異能のことが思い浮かんだ。


 明らかに誰かに操られているのは間違いないが、今の状況だと周りからは自分が少女を襲おうとしているようにも見えるだろう。

 だから、自分からこれ以上手を出すわけにはいかなかった。


 少女の手を掴んだまま、塔矢は桃香に視線だけを向けた。

 しかし、桃香は意外にも塔矢の方を見ておらず、別の場所に視線を向けていた。


『……桃香?』


 無言で桃香に言葉を送ると、彼女は一瞬だけ真剣な顔を塔矢に向け、小さく頷くと――桃香はまっすぐ見ていた方に小走りで駆け出した。


 彼女なりの意図があるのだろうと塔矢が思ったとき――。


 少女の力がふっと抜けて、不思議そうに目をしばたたかせる少女と目が合った。


(――ヤバい!)


 それを見た塔矢は咄嗟に両手を離し、そのまま手を上げて少女から後退あとずさる。

 幸いなことに、正気を取り戻した少女は悲鳴を上げるでもなく、塔矢に話しかけた。


「……あの……どなた……でしょうか?」


 塔矢は大きく息を吐いて、少女の前に片膝を付くと、見上げるようにして少女に聞いた。


「君はこれまでのことを覚えてる? 例えば、ここに来るまでのこととか」


 しばらく頭をかしげて考えていた少女は、小さくかぶりを振った。


「だろうね。……たぶんだけど、君は誰かの異能犯罪に巻き込まれたんだと思う。でも、もう大丈夫。……誰と来たとかは覚えてる?」


 まだ頭が混乱しているのか、少女は少し考えてから小さく頷いた。


「お父さんと来たけど……はぐれちゃって」

「携帯とか持ってる?」

「うん、持ってる」


 少女が頷いたのを確認し、塔矢は立ち上がった。


「それじゃ、お父さんに連絡して、迎えに来てもらってね」

「わかった」


 少女が携帯を取り出して連絡を始めたのを見ていると、ちょうど桃香が駆け寄ってきた。


「――塔矢くん、大丈夫だった?」

「うん。急に術が解けたから……」


 心配そうにする彼女に、塔矢が答えた。

 それを聞いた桃香は、ほっと胸を撫で下ろす。


「よかったー」

「桃香はどこ行ってたの?」


 塔矢が聞くと、桃香は彼の耳元に顔を寄せ、小声で言う。


「……あのとき急に声が聞こえて。女の人の笑い声のような……。それで、周りを見てたら、こっちを見てる人がいて追いかけたの。……逃げられちゃったけど」

「そうだったのか……。それで術が解けたのか。……ありがとう。助かったよ」


 つまり術者が近くにいて、それを見つけた彼女が近づこうとしたから逃げた。それによって、少女の術も解けた。

 そういうことだろうと、塔矢は理解した。


「にしし、少しは役に立てた?」

「うん。大活躍だよ」


 笑顔を見せる桃香の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じた。


「でも、女の人か。てっきり高橋先生だと思ったんだけど」

「だよね。私もそう思った。……恨んでそうだもんね、塔矢くんのこと」


 塔矢の呟きに、桃香も頷いた。


『でも……都合よく同じような異能を持ってて、僕を狙ってくる、なんてことがあるかな?』


 頭の中で疑問を投げかけると、それが聞こえたのか、桃香が頷いた。


「――私は高橋先生が何か絡んでると思う。絶対間違いないよ」


 ◆


 連絡が取れた父親に少女が連れられていくのを見届けてから、ふたりは花火大会の会場に急いだ。

 もう一度襲われる可能性もゼロではなかったが、真っ暗な中では恐らく大丈夫だろうと、元々の予定通り、花火を観ることにした。


「花火、綺麗だね」

「ん。間に合ってよかったー。こんな近くで見るの、久しぶりだよ」


 時間がギリギリになってしまったこともあって、座れるような所は残っていなかったが、なんとか近くで観覧できる場所を確保できた。


 桃香は彼の腕に掴まって、ぴったりと身体を寄せる。


「……『君の方が綺麗だよ』とか、言ってくれたりしないのかにゃ?」

「はは。桃香は綺麗だけど、圧倒的に『可愛い』の方が大きいからね」

「……むむ。なかなか上手い返しだにゃ」


 言いながら彼の肩に頭を乗せると、塔矢も頭を寄せ合う。


 ――そのあとはふたりとも無言で、打ち上がる花火を眺め続けた。


 ◆


「綺麗だとあっという間だねー」


 最後のスターマインまでしっかり見届けてから、一斉に帰路につく人の流れに乗って、ふたりもゆっくり歩く。

 あまりにも人が多すぎて、早く歩くのはとても無理だった。


「うん。はぐれないでね」

「もし逃げられそうになっても逃がさないから大丈夫だよー」


 桃香は軽く笑いながらも、はぐれないように彼の腕をしっかりと掴む。


 すぐに駅に向かうためのシャトルバス乗り場に着いたが、ものすごい行列ができていて、ふたりは顔を見合わせた。


「……塔矢くん、これ待つの? 軽く1時間以上かかりそうだよ……?」

「でも待つしかないよね?」

「うーん……。歩いて帰ったらどのくらいかかるの?」

「普段なら1時間も歩けば着くけど、桃香はそんなに歩けないよね?」


 塔矢の話に桃香は考え込む。

 正直、下駄で1時間歩くのは辛い。

 とはいえ、いつも雪駄せったで歩くのに慣れている自分なら、まだ歩けない距離でもないと思った。


「そのくらいなら、なんとか……。それに、早く帰って塔矢くんと……したいし」


 頬を染めながら桃香は彼の服を引っ張った。


「桃香が良いなら……。もし歩けなくなったら僕がおんぶするよ」

「うにゃにゃ? ――それは甘美な響き! 楽しみにゃー」

「……歩けなくなる前提かよ」


 彼の言葉に急に目を輝かせた桃香に、塔矢は白い目をした。


「冗談にゃ。――それじゃ、散歩しながら帰ろ」

「うん。ゆっくりね」


 桃香の声掛けに頷き、ふたりは列から離れて帰路についた。

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