第42話 ……もしかして?

「今年はお兄ちゃんどうしたの?」


 凛は同じ中学だった友達と2人で夏祭りに来ていた。


「最近彼女ができて、今日も2人出かけてるんだよ」

「あらら、大好きなお兄ちゃん、取られちゃったの?」


 凛が答えると、友達――なつめは含み笑いをする。


「もう、そんなのじゃないし。なつめちゃんだって、去年は彼氏とだったよね?」

「卒業して違う学校になったら、疎遠になっちゃったからね。……で、そのお兄ちゃんの彼女って、どうなの? 可愛い?」


 どうしても気になるようで、なつめが聞いてきた。

 凛は桃香の顔を思い浮かべながら、ひとつため息をついて答えた。


「残念だけど、すごく可愛い。性格も良いし、戦う前からとても敵わないって思えるよ」

「へぇ……。それ、ちょっと見てみたいかも……」


 その話に、なつめが興味を持ったようだった。


「……今日来てるから、どこかで会うかもね」


 ◆


「あら、中村さん……」


 凛がなつめと夏祭りを楽しんでいると、不意に声がかけられた。

 聞き慣れた声に振り返ると、自分のクラスの担任の先生だった。


「こんにちは、吉村先生。来られてたんですね」

「ええ。わたしの家、ここから結構近いから、散歩のつもりでね。……そちらの子は?」

「中学校のときの同級生です」


 凛が説明すると、なつめは会釈をした。


「こんにちは。田中なつめです。凛ちゃんがお世話になってます」

「あら、丁寧にありがとう。わたしは吉村って言います。中村さんのクラスの担任をやってます」


 吉村先生も2人に頭を下げて挨拶を返す。


「女の子だけだと夜危ないから、遅くならないように気をつけてね」

「はい。気をつけます」

「それじゃ、お祭りを楽しんでね。また登校日にね」

「ありがとうございます」


 吉村先生は笑顔で2人に手を振ると、人混みの中に消えていった。


 ◆


「そろそろ、花火大会の会場に向かう?」


 周囲が薄暗くなってきて、会場付近の提灯には煌々とした明かりが灯り始め、人込みは更に多くなってきていた。

 桃香のように、浴衣姿の若い女性も多く目に付いた。


「そだねー。あんまり早く歩けないから、ゆっくり目でね」

「うん」


 片手に団扇うちわを持っていた桃香は、それを背中の帯に差し込んで、空いた手を塔矢の腕に回した。


 この辺りの地理に詳しくない彼女は、塔矢に案内されるまま、海に向けて商店街をのんびりと歩く。


「こっちの方は結構おしゃれな店が多いね」

「再開発されたあたりだからね。元々はこの辺りが古い商店街だったんだけど」

「そうなんだー」


 周りを見ると、まだ新しいブランドショップが多く立ち並んでいて、それまで見てきた古めの商店街とは様相が一変していた。


「でも、1本道を入ると古い飲み屋街だよ。まだ僕らが行くようなところじゃないけどね」

「ん。でもあと2年もしたらお酒飲めるし、塔矢くんとそういう店にも行ってみたいよ」

「大学に入ったらね」


 まだ未成年でお酒のことは分からないが、両親が楽しそうに飲んでいるのを見て、桃香も気にはなっていた。


「――――っ!」


 そのとき、突然塔矢が頭を押さえた。

 一瞬、桃香は彼の怪我が痛んだのかと思ったが、すぐにそうではないことに気付いた。


「――塔矢くん、大丈夫⁉ ……もしかして、また?」

「うん。……嫌なもの視ちゃったよ」


 苦笑いした塔矢は桃香の顔を見た。

 その顔が辛そうで――桃香は彼の腕に力を入れて、しっかりと胸に抱いた。少しでも、彼の辛さが和らぐようにと。


「……何が視えたの?」

「暗い路地で、女の子が襲われるような……」

「場所は分からないよね……?」

「うん。……でもたぶんこの辺りなんだとは思う」


 立ち止まって周りを見渡すが、周囲には華やかなブランドショップしか見当たらなかった。


「暗い路地とか、なくない?」

「裏路地とかだとは思うけど……」


 しかし、この周りには塔矢の知る限り多くの裏路地がある。正確な場所もわからないのでは、動きようがなかった。


「どうしよう……?」

「まだ花火まで時間あるから、ちょっとだけここで待ってみようか」

「うん……。もしかしたら、私も何かわかるかもしれないし」


 桃香は緊張した面持ちで周りを気にする。

 とはいえ、自分達の周囲は、花火の会場に向かう人の流れが続くだけだった。


「……ん?」


 ふと――。

 塔矢はその流れに違和感を覚えた。

 自分達のことなど気にしていない人達の中で、誰かと目が合ったような――気がした。


「何かあった?」

「あ、いや。気のせいかも……」


 塔矢はそう答えたが、すぐにそれが気のせいではなかったことに気付く。

 人の流れのなか、塔矢の方を見ている少女――中学生くらいだろうか――がいた。


「あの子……」


 桃香に伝えようと声を出した途端、その少女はまっすぐ2人の方に近づくと、突然無言のまま両手を塔矢の首に向けて突き出した。


「――なっ!」


 首を掴もうとしてきたとしか思えない動きに、塔矢は咄嗟に身体を捻って身を躱した。


「塔矢くん!」


 驚いた桃香が声を上げるが、少女はそちらには全く見向きもせず、塔矢に飛びかかった。


「ちっ!」


 舌打ちしながら、塔矢はその伸ばされた両手を掴む。

 そのとき、改めて少女と目が合った。


 ――その目は、以前加藤と対峙したときと同じく、意志の感じられない――虚ろな目だった。

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