第41話 同じ時間を刻みたいから。

 時間はまだ日が傾き始めた頃。

 公園にはステージが設けられて、今はそこで地元の子供達だろうか、キッズダンスが行われていた。

 プログラムを見ると、時間帯によってはゲストのお笑い芸人のショーがあったりもするようだ。


「やっぱ人多いねー」


 早速屋台で買ったイカ焼きを食べながら、桃香が呟いた。

 会場だけではなく、近くに続く商店街の方でも祭りを盛り上げようと、地元の商工会などが屋台やイベントを開催していた。


「うん。去年は凛と来たんだけどね。まだ中学生だったから」

「そっか。……凛ちゃんって小柄で可愛いよね。結構モテるんじゃない?」

「あんまりそんな話は聞いたことないけど……。まぁ、分からなくもないかな。どっちかっていうと、のんびりしてるように見えるよね。性格は全然そんなことないんだけど」


 塔矢が言うように、凛は小柄でおっとりとした容姿をしていて、男からすれば守ってあげたくなるようなタイプに見える。

 しかし、そうじゃないことはふたりともよく知っていた。


「あはは、確かに。大人しそうなのに、結構グイグイ来るもんね。……塔矢くんとそっくりかも」

「そうかなぁ……」

「えぇー、自覚ないの? 酷いなぁ……」


 考え込む塔矢に、桃香は笑いながら言った。


「突然不意打ちはしてくるし、かと思ったら真っ直ぐに攻めてくるし、もう防ぎようがないもん」

「……ダメだった?」

「ダメじゃない。……今はそんな塔矢くんが好きだもん」


 彼が聞くと、桃香は俯いて小さな声で呟いた。

 そのとき、塔矢の視界には、こちらに向けて手を振る人影が映った。


「おーい、塔矢!」


 それは加藤だった。

 隣にはガールフレンドだろうか、日焼けした肌が健康そうな、ショートカットの女子を連れている。


「加藤じゃないか。……あれ? 山田さん?」


 塔矢にはその女子に見覚えがあった。

 確か中学のときの同級生だった、山田春美だ。


「中村くん、久しぶり。中学以来かな」

「久しぶりだね。元気そうで。……加藤と一緒ってことは?」

「一応、付き合ってるよ。……中村くんも、すっごい美人の彼女連れててびっくり。はじめましてー」


 春美はさっぱりした性格で、桃香に気さくに話しかけた。

 それに対して、桃香も余所行きモードで答えた。


「はじめまして。熊野と言います。私、中村くんと加藤くんのクラスメートなの」

「そうなんだ。あたしも同じ高校行きたかったけど、成績悪かったから。あはは……」


 そう言って春美は頭を掻いて、苦笑いする。


「山田さんって、地元の高校だったよね? もしかして、中学の頃から付き合ってたの?」

「今だから言えるけど、実は小学校の時から……。もう7年くらいかな?」

「えー、全然知らなかったよ。加藤が言ってくれないし」


 塔矢が驚いた声で加藤を見た。


「すまん。からかわれるかなって思って。実は春美とは幼馴染なんだ。……将来は結婚するつもり」

「ちょ、ちょっと。恥ずかしいよー」


 加藤がそうカミングアウトすると、春美は彼の背中をバシッと叩いたが、満更でもない表情に見えた。


「うふふ、仲が良くて羨ましいわ」


 それを見て微笑ましく思った桃香が言うと、春美が返した。


「えー、離れたところから見てたけど、2人ともすごく仲良さそうだったよね?」

「そうだよな。俺はいつも学校で見てるけど、毎日イチャイチャしてるんだぜ? こっちが恥ずかしくなるくらいだよ」


 春美に聞かれた加藤がそれに同意すると、彼女は羨ましそうな表情で言った。


「良いなぁ。あたしは学校違うから、たまにしか会えなくて……」


 桃香はそれを聞いて、はっとした。

 塔矢とほとんど毎日顔を合わせていても、もっと会いたいと思っている自分からすれば、たまの休みにしか会えないというのは拷問に思えた。


(そっか……。毎日会えるのって、すごく恵まれてるんだ……。遠距離恋愛とか絶対無理だよ、私なら……)


 そう心のなかで呟く。

 塔矢と付き合うことになるまでは、同性異性含めて友達付き合いはほとんどなかったし、それを気にしたこともなかった。

 でも今は数日彼と会えないだけでも、寂しくて辛いと思う自分がいる。


(お父さんが『悪い意味じゃないけど、最近変わったね』って言ってたけど……。本当にそう)


 考えながら桃香が黙っていると、気を遣ったのか春美が笑顔で言った。


「あ、気にしないで。もう慣れてるから。――それじゃ、またどこかで」

「はい、そのときはよろしくお願いします」


 加藤と春美が公園のステージの方に向かって歩くのを、桃香は小さく頭を下げて見送った。


「ふぅ……」

「相変わらずだね。疲れない?」


 桃香が一息つくと、塔矢は笑いながら言った。


「んー、それはもう慣れてるから大丈夫だよ」

「ならいいけど……」


 しばらく考え込んでから、桃香は塔矢に聞いた。


「あのね……私って恵まれてるのかなぁ?」

「どうしたの、急に……」


 唐突に聞いてきた桃香に、塔矢は不思議そうに返した。


「遠距離恋愛とかで滅多に会えない人もいるのに、私は数日塔矢くんと会えないだけで寂しくて……。我慢できないの」

「僕だってそうだよ。一緒に住んでたら、そんなこと気にしなくていいのにって思うから」

「ん。良かったー。塔矢くんと同じだって思うと安心するよ」


 桃香はそう言うと、ひとり小さく頷いてから、手に持っていた手提げ鞄を開けた。

 そして中から小さなリボンの付いた箱を取り出す。


「いつ渡そうかって思ってたけど……。これ、私からのプレゼント。受け取って欲しくて……」


 塔矢は頷きながらそれを受け取る。


「……開けていい?」

「うん。もちろん」


 緊張した面持ちで桃香は肯定する。

 それを見てから、塔矢はリボンを解いて中を見た。


「……時計?」

「うん」


 それは腕時計だった。

 革ベルトで、シンプルだがしっかりとした作りの腕時計で――文字盤は濃い緑色に輝いていた。


「塔矢くん、普段時計付けてないから。……実はもうひとつあって、これペアなの」


 桃香はもうひとつ、同じデザインだが少し小ぶりの時計を鞄から取り出した。

 そして自分の左腕にその時計を付ける。

 それを見た塔矢も、同じように自分の腕へと付けた。


「ありがとう。大事にするよ」


 桃香にそれを見せながら、塔矢は礼を言う。

 それを見て嬉しそうにしながら、桃香は彼の手を握った。


「……知ってる? 最近って婚約指輪の代わりに時計を贈ったりするらしいよ?」

「いや、全然知らなかったよ」


 塔矢がそう答えると、桃香はひとつ深呼吸をしてからはっきりと言った。


「これが私の気持ち。……塔矢くんと一緒に、ずっとずっと同じ時間を刻みたいから」

「それって……」


 塔矢は『プロポーズみたい』だと、頭の中で呟いた。

 それを聞き取ったのか、桃香はコクリと頷く。


「うん。私はそのつもりだよ。まだ早いって思うかもしれないけど、絶対絶対、気持ちは変わらないって自信を持って言えるから。……ど、どうかなぁ?」


 塔矢は、不安そうに確認する桃香の手を強く握り返した。


「もちろん。僕なんかで良ければ。……僕から言わないとなのに」


 初めて彼女から「付き合ってほしい」と言われたときと同じく、塔矢はしっかりと頷いた。

 それを聞いて、桃香は大きく息を吐く。


「はー、緊張したぁ。……塔矢くんなら絶対受け入れてくれるって信じてたけどね」


 桃香はそう言うと、彼の手をぶんぶんと振り回した。

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