第38話 絶対、埋め合わせするから……。

「――桃香!」


 塔矢は声を上げつつも、加藤を締める力は緩めなかった。

 しかし――。


「――塔矢くん! よけてっ!」


 桃香の悲痛な声が響くと同時に、塔矢はガツンと何かで頭を殴られ――一瞬、意識が飛びそうになるのを、なんとか堪えた。

 見れば、桃香が花瓶のようなものを手にしていて……それが自分の頭にぶつけられたのだと悟った。


「も、桃香――っ!」


 ここで加藤の拘束を解くわけにはいかない。

 塔矢は必死で意識を保ち考える。

 桃香が自分の意思でそんなことをするはずもなく、恐らく加藤と同じように操られているのだと、そう考えた。


「――ああっ! 塔矢くん――!」


 桃香は花瓶を手にしたまま、泣いていた。


 ――ガンッ!


 そしてもう一度塔矢は殴られ――視界が朱に染まった。

 塔矢は、自分が視た未来はこれだったのだと理解した。自分自身に起こる未来だったからこそ、痛みを伴って視えたのだ。


 朦朧とする意識のなかで、術者を落とせば彼女にかけられた術も解けることに、一抹の希望を賭けて――残った力を振り絞る。


 カクンと加藤の力が抜けた瞬間――塔矢の視点は一点に向けられていた。


(――まだだ!)


 高橋先生を抑えないと、何も解決しない。

 鬼のような形相で先生を睨み、塔矢は立ち上がった。


「――ひっ!」


 その様子に恐怖を感じたのか、それとも頼みにしていた加藤が落とされて手がなくなったのか、高橋先生に先ほどまでの余裕はなく、小さく悲鳴のような声を上げる。

 そして、即座に踵を返して、走り出した。


「待て――ッ!」


 塔矢も追おうとするが、もう力が入らず、数歩で膝をついた。


「――塔矢くんっ!」


 桃香はそれまで持っていた花瓶を投げ捨て、彼に駆け寄りその体を支えた。


「桃香……。大丈夫か?」

「――うん、今は大丈夫みたい。――ごめん。痛かったよね……!」


 まだ目に涙を浮かべたまま、桃香は彼の体を抱いた。

 彼の流した血が制服に付くことなど厭わずに。


 ◆


 あれから、念の為に加藤を縛ってから目を覚まさせると、案の定なにも覚えていなかった。


 事前に桃香と示し合わせて、見知らぬ異能症の侵入者に操られていたのを塔矢が解放した、という筋書きで説明したところ、加藤は怪訝な顔をしつつも納得してくれたようだった。

 逆に塔矢の血を見て、自分が怪我をさせたのではないかと心配していた。それは違うと伝えると腑に落ちない顔をしていたが、桃香が手当をするからと彼を帰した。

 事実、頭の怪我をさせたのは桃香であり、彼女を操っていたのは高橋先生だから、間違いではない。


「――あつっ! ぐぅ……!」


 塔矢は鈍い頭の痛みで顔をしかめた。

 怪我は救急車を呼ぶほどではなかったが、頭の皮膚を切っていて、学校の近くの病院に行き、3針縫ってもらったところだ。

 血も拭き取ってもらい、今は頭にガーゼを当てていること以外、目立った異常はなかった。


「……本当にごめんなさい。……私がちゃんと逃げていれば……」


 塔矢は落ち込んだ様子の桃香に手を伸ばすと、彼女の頭をそっと撫でた。


「大丈夫。このくらいで済んだんだから。……でも、加藤は意識がなかったけど、桃香はそうじゃなかったよね」

「うん……。高橋先生、塔矢くんの方のことがわかってたのか、すごく急いでて。たぶん……本当に操ろうとすると、もう少し時間が必要だったのかも……」


 そういえば、異能症の者には術が効きにくいと言っていたことを思い出した。


「確か、異能持ちには効きが悪いって言ってたよ、先生が。……加藤は一瞬でアレだったけどね」

「そうなんだ……。でも意識がないほうが私はよかったよ。……塔矢くんを殴るなんて、今思い出しても本当に――」


 桃香は彼を殴った瞬間の、伝わってきた衝撃が今でもまだ手に残っていた。

 必死に抗おうとしたけれど、全く思い通りにならなかった自分の体が恨めしかった。


「そっか……。そうだよね。僕がもっと強かったら、こんなことにならなかったのに……」


 塔矢がそう呟くと、桃香は大きく首を振った。


「そんなことないよっ! 加藤くんがすごく強いの学校でも有名だけど、そんな加藤くんに塔矢くんは勝ったんだよね。それだけでもすごいよ……! それに比べて……私は何も……どころか……塔矢くんに消えない傷を作っちゃった……」

「髪に隠れるところだし、心配しなくて良いって」

「ううん……。そんなんじゃ私の気が済まないよ。絶対絶対、埋め合わせするから……」


 桃香の真剣な目に、塔矢は折れて頷いた。


「わかったよ。それじゃ、楽しみにしておくから」

「うん!」


 ◆


 その日はそのまま別れて、塔矢は家に帰った。

 家に帰ると両親や凛に怪我のことを聞かれたが、廊下で転けて扉の角で頭をぶつけた、と説明しておいた。

 不便なのは、夏の汗が出るこの時期なのに、しばらく頭が洗えないことか。

 仕方ないとはいえ、痒くなりそうだった。


 夜、塔矢が風呂から部屋に戻ると、置いてあったスマートフォンに、珍しく長めのメッセージが入っていた。

 もちろん桃香からだ。


『こんばんは。傷は痛まない? 明日からも暑いみたいだから、大変だと思うけど頑張ろうね。土曜は私が塔矢くんの家に行こうと思うけど問題ない?』


 それに対して、すぐ塔矢は返信した。


『こんばんは。お風呂入ってた。うん、もうそんなに痛くないから大丈夫。土曜は、父さん母さんと凛が買い物行くって言ってたから、大丈夫だと思うよ』

『よかったー。それじゃ、よろしくね』

『了解!』


 最後にそれだけの短いメッセージを送り、塔矢はベッドに寝転がった。


【第4章 あとがき】


 いつもありがとうございます。

 この章は、これまでより少し長くなりました。


 序盤に初めて結ばれたふたり。

 そしてニャンコ仕様の桃香が登場するのもここからです。うにゃーん。

 そう。この小説情報のあらすじで出てくる彼女は、ここで生まれたのです(笑)

 もともと人懐っこい彼女は、タガが外れたらひたすら甘えてくるタイプ。

 さあ、桃香推しのアナタ! ポチッと評価を入れてあげてください。


 さて、桃香の異能で事件の真相に気づくも、すっきりしない結末となった本章。

 次章でどんな最後を迎えるのか。

 ――乞うご期待。

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