第37話 対戦の行方
(どうしようどうしよう……)
高橋先生から逃げた桃香は、とりあえず自分の教室に戻ってきていた。
鞄を部室に置いてきてしまい、その中に自転車の鍵など必要なものが全部入っている。
唯一、手に持っていたスマートフォンで、まずは塔矢に知らせないとと、メッセージを送った。
『助けて。部室に鞄取りに戻れなくて。高橋先生が凛ちゃんとかの事件の犯人。間違いない』
自分がいる場所を伝えることも考えたが、このあと移動するかもしれないことを思えば、安易に送ると逆に困らせることにもなりかねない。
この教室には他に誰もいない。
時間を考えると、もう校舎に残っている生徒はほとんどいないだろう。
もとより、今日は昼間の部活動の生徒を除けば、3年しか登校していないはずなのだ。
(高橋先生は、絶対なんとか口封じしようとするはず……。私が誰かに先生のことを伝えても信用されないだろうし……。それで、後から凛ちゃんみたいに記憶を消されたら終わり)
信用できる友達がいない自分には、取れる選択肢が思いつかなかった。
自分が頼れるのは塔矢だけだ。
だから、早く彼がメッセージに気づいてくれて、助けてくれることを一心に願った。
スマートフォンの画面を見ているが、なかなか既読にならない。
手伝いが忙しいのか……それとも、自分と彼の仲がいいのを高橋先生も知っているから、もう手が回されてるのではないかと、悪い方向に考えてしまう。
(――既読がついた!)
ようやく彼が見てくれた。
少なくとも、これで彼が警戒する。不意打ちされるようなことはないだろうと、少しだけ安堵する。
しかし、彼からの返信はなかった。
(塔矢くんなら、絶対すぐに返信くれるのに……。返信できない状況ってこと?)
そう不安に思いながら画面を見つめていると――教室の扉が開く音で桃香は振り向き――顔を強張らせた。
「……探したよ。もう誰もいない」
そこにいたのは、最も顔を合わせたくなかった男――高橋先生だった。
◆
桃香は席から立って身構える。
教室の入り口に立って、高橋先生はその様子を見ていた。すぐに入ってこないのは、もうひとつある扉から逃げられるのを警戒しているのだろう。
入り口付近なら廊下から先回りできるが、教室の中だと机が邪魔で俊敏な動きができないからだ。
「……塔矢くん……!」
無意識に小さな声で、桃香は彼の名前を呟いた。
それが聞こえたのだろう、高橋先生は落ち着いた口調で言った。
「中村なら、加藤と柔道で遊んでるさ。……この前まで現役だった加藤に、中村が勝てるはずないけどな」
「――――! まさか、加藤くんを……⁉」
それまでの落ち着いていた表情から一変して、高橋先生は悪魔のような歪んだ笑みを顔全体に浮かべた。
「ふふふふ……ははは……っ! なぜお前が気づいたのかわからんが、お前と中村の記憶さえ消せば私は安泰だ。さぁ――」
そして、逃げ道を塞ぐようにじりじりと近づく悪魔に、桃香は身体を強張らせた。
◆
「……ちゃんとした試合で、加藤とはやりたかったよ」
塔矢は無言の加藤と向かい合いながら、そう呟いた。
茶道部の部室は畳敷きで、そういう意味では都合が良かった。
畳を踏み締めると、靴下だとうまく踏ん張れないのに気付き、塔矢は靴下を脱ぐ。加藤は自分の意思が無いのか、その間、虚ろな目で塔矢を見ているだけだった。
構えたままじりじりと近づく加藤を観察しながらも、塔矢は懐かしい想いに駆られていた。
それは3年前、中学の部活での引退前の最後の対戦。
郡総体の決勝で彼と対戦したときと、同じ構え。同じような隙のなさ。
(あの頃よりずっと強いんだろうけど……)
そう思いつつも、癖はなかなか抜けないものだ。
自分が勝てるとしたら。――その弱点が残っていることだけに賭けた。
「――ふっ!」
加藤が一瞬、息を吐いて素早く踏み込むと、両手で塔矢の制服を掴んだ。
同時に塔矢も掴もうとするが、それよりも先に加藤は塔矢の懐に入り込んで、彼が得意としている大外刈を仕掛けてきた。
「……くっ!」
塔矢はそれを読んでいた。
そう、3年前と同じだったからだ。
あの頃から加藤は切れ味の鋭い大外刈を得意としていて――弱点もそこにあった。
塔矢は逆に踏ん張って、大外返を仕掛ける。
本来3年のブランクがある塔矢が勝てるはずもないが、加藤が靴下を滑らせたのか……踏み込みが浅かったことが塔矢に味方した。
「――せいっ!」
押し倒されたように背中から落ちた加藤の背後に回り、塔矢は首に腕を回し、裸締めを仕掛ける。
いわゆる、スリーパーホールドのように喉を圧迫させ、失神させようという思惑だった。
単純に加藤を倒しても、操られている以上、そのままにしておけないからだ。
完全に決まった状態だが、加藤は塔矢の腕に爪を立てて必死に解こうとしているのを、塔矢は我慢しながら力を強めた。
後少しで落とせる――と思ったとき――。
「――塔矢くん!」
部室の入り口から聞き慣れた声が聞こえた。
力を抜かないように視線だけその声の方に向け――塔矢は目を見開いた。
――桃香のすぐ後ろに、薄ら笑いを浮かべた高橋先生がいたからだ。
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