第34話 完璧な計画
「夏休みは……夏祭りには行きたいな。浴衣着たい」
あれから桃香はラフな部屋着に着替えていた。
そして、一度階下にジュースを取りに行って、2人で飲みながら話をする。
「浴衣かぁ。桃香には似合いそうだね」
「期待していいよ。……でも汚すとクリーニング代が高いから、着たままはダメだよ?」
彼女の浴衣姿を想像しながら言った塔矢に、桃香は『何を』とは言わずに笑った。
「……それはわかってるって」
「えー、さっきは『白衣着たままが良い!』って声がだだ漏れだったのに、本当の本当に大丈夫かにゃ?」
彼が口にしなくても希望がわかっていた桃香は、無言でその意を汲んでいたのだ。
桃香は猫の真似をしながら、塔矢の顔を下から覗き込んで、頬をペタペタと触る。
「…………桃香には敵わないな」
「にゃはは。私こそ、不意打ちしてくる塔矢くんにはいつも敵わないなぁって思ってるにゃ。……汚したらクリーニング代出してね」
「ははは……」
塔矢は乾いた笑いで返す。
どうしても彼女に漏れることは防げないが、それを許容してくれつつも、悪戯っぽく笑う彼女を可愛く思う。
「それで、どこの夏祭り行きたい?」
「んー、私の地元は避けたいな。昔の友達にあんまり会いたくないから。……塔矢くんの方はこっちより大きいよね?」
「そうだね。一応『市』だから」
「それじゃ、塔矢くんの方の祭りに行こうよ。……家から会場って行きやすい? 塔矢くんの家で着替えさせてもらえたらなぁって」
桃香の質問に、塔矢は頷きながら答えた。
「歩いて行けなくはないけど、母さんにお願いしてみるよ。浴衣だと歩きにくいよね?」
「私はいつも似たようなの履いてるから慣れてるけど、それでも長距離は嫌かな……」
「帰ったら聞いてみるから。返事はちょっと待って」
「ん。……あと、夏祭りの他にはどっか行きたいところある?」
あと一度しかない高校生の夏休み。桃香としては、できるだけ楽しんでおきたかった。
「行きたいところじゃないけど、とりあえず最初に宿題は終わらせておきたいね。……いつもギリギリになっちゃうから」
苦笑いする塔矢に、桃香は笑った。
「私はいつも最初にやってるよ。……それじゃ、できる日は一緒に宿題する?」
「良いの?」
「うん。いっぱい遊びたいから、夏祭りまでに終わらせようよ。あと、私は映画とか行きたい。……ホントは水族館とかにも行きたいけど、近くにないから」
桃香が事前に書き出していた案の中から、いくつか選んで彼に提案してみた。
「映画はすぐ行けるから良いとして、確かに水族館は遠いなぁ……」
塔矢がスマートフォンで近くの水族館を調べ始めた。
2人が住む県には水族館がなく、隣県に行くか大都市に行くしかない。
「あ、でも大阪まで行っても、始発で出たら10時には着くのか……。片道5000円くらいなら行けなくもないかな?」
「でも入場料とか色々入れたら、結局は2万円くらいかかるよ? 私はそのくらい大丈夫だけど……」
桃香は彼の小遣い事情を心配していた。
自分は神社の手伝いで貰ったお小遣いを、高校1年の頃からほとんど使わずに貯めていて、ある程度自由に使えるお金があった。
しかし、彼はそうではない。
「まぁ……いっぱいあるかって言われたら、無いけど。でも修学旅行の残りがまだあるから、そのくらいなら大丈夫」
「無理はしないでね。少しくらいなら私が貸してあげる。……出世払いで良いよ」
「それって……結婚したらチャラになったりする?」
塔矢が笑って聞くと、桃香は含みのある表情で言った。
「んふふ、その場合は返さなくて良いよ。……体で返してもらうから」
「それは……一生言われそうで怖いな」
「まぁ冗談だけどね。……お金の貸し借りはしないつもり。貸すくらいならあげるから」
それは親からも、きつく言われていることだった。
「そうだね。自分の分は自分でなんとかするよ」
「がんばってね。……ところで――」
桃香は急に真剣な顔をして、彼に向き合った。
「この前、少し話した進路のことなんだけど……。塔矢くんって、元々は地元国立志望だったよね?」
「うん。そこの経済かなって思ってたよ。家からでも通えるし」
「そっか……そうだよね。……あのね、私もそこにしようかなって考えてて。どうかな……?」
この前話してから、桃香は自分の選択肢を色々考えて、それが一番良いのではないかと思い至った。
「それじゃ、神職はどうするの?」
「大学に行く以外にも、階位を取る方法があるって言ったよね。……ただ、それって神職を継ぐ必要がある人とか、そういう条件があったりするんだ。でも、私の場合は代々神職だから大丈夫なの」
「そうなんだ……。じゃあ、僕の場合はどうなるの?」
塔矢の質問に、桃香が答えた。
「今のままだと、たぶんそういう取り方は難しいかな。……でも、結婚してからだったら大丈夫」
「桃香の家族だからってこと?」
「……と、いうよりも、熊野家の人なら、ってこと」
「あぁ、そういうことか」
彼女の説明に、塔矢は理解して頷いた。
「だから、私も塔矢くんも、後からでも階位を取れるって考えたら、今は将来の選択肢が広がるような大学に行くほうが良いと思ったの……塔矢くんはどう思う?」
今が楽しいからこそ、将来についてしっかり相談しておかないといけない。そう桃香は思っていた。
塔矢はしばらく彼女の話を頭の中で整理していたが、やがてしっかりと頷いた。
「――うん。桃香の考えは良いと思う。僕のためにごめん」
「ううん、それは違うよ。私が塔矢くんと一緒にいたいから、そうしたいって思っただけ。だから自分の為だよ?」
彼に気を遣わせまいと、桃香はそう言って微笑んだ。
もちろん塔矢も、彼女のそういう気遣いはわかっていて、だから余計に愛おしく感じる。
「……うん。ありがとう」
塔矢は小声で呟くと、桃香をそっと抱き寄せた。
「それじゃ、これから受験勉強一緒に頑張ろうか。……どっちか落ちたらショックだし」
「ん、そうだね。もしそうなると、私の完璧な計画が水の泡だもん」
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