第33話 私と一緒だね。
「どう? 抹茶を練り込んでみたんだけど……」
里美に連れられて、2人はそのまま春木家に行った。
すると、すぐに陽子おばさんが試作品という緑色の饅頭とお茶を持ってきてくれた。
「うん、ほろ苦くて私は美味しいと思う。塔矢くんはどう?」
「そうだね。美味しいと思う。……濃いめのお茶と一緒に食べるなら、中の餡はもう少し甘くても良いかなって思うけど」
「うーん。そう言われるとそうかも……」
出されたお茶と饅頭を交互に口にしながら、桃香もその考えに頷いた。
陽子おばさんはその様子を見て言った。
「ありがとうね。私ももっと甘い方がいいかもとは思っていたんだけど、最近甘さ控えめってよく聞くから……」
「大量に食べるものじゃないしね。凛ちゃんとかがちょっと特殊なだけ」
そう言って桃香は笑った。
「もしよかったら、まだあるから、持って帰って家族の人にも聞いてもらえるかしら?」
「ええ、わかりました。ありがとうございます」
◆
「二箱も貰っちゃったね」
結局、塔矢と桃香の2人に、それぞれ一箱ずつ手渡された。
試作品とはいえ、そんなに貰うのは悪い気もしたが、それはちゃんと感想を伝えることで返そうと思う。
「うん。凛が喜ぶよ。感想聞いたらメッセージ送るから」
「ん、よろしく。……塔矢くんて甘党なんだね?」
「甘党というか……ギャップが好きなんだ。苦いのと甘いのが同居してるというか」
「あ、それわかるかも」
彼の話に桃香は頷きながら、続けた。
「少女漫画とかでも良くあるんだよね。ちょいワルなのに時々優しいところがあったりとか……」
「そうそう。……普段落ち着いてるのに、ちょっと不意をついたら慌てる桃香みたいな女の子とかね」
「――にゃっ⁉」
彼の言葉に不意を突かれて、桃香は変な声を上げた。
「あはは。桃香のそういうところが好き」
「うー……」
そう言って笑う塔矢に、手玉に取られている気がして、桃香は唸った。
ただ、それが嬉しいと思ってしまう気持ちもあって、さっき里美にからかわれたように、彼に惚れ込んでしまっている自分を再確認する結果になった。
「はぁ……。もう、2人っきりになったら覚悟してよね」
◆
「……で、どう覚悟したらいいの? ――おわっ!」
言いながら桃香の部屋に入った塔矢は、急に後ろから体当たりされて一瞬バランスを崩した。
桃香が勢いよく後ろから抱きついたのだ。
「……もちろん、私が満足するまで付き合ってもらうってこと」
「うん……わかったよ」
塔矢が答えると、桃香は彼の背中に顔を擦り付けながら、腕に力を入れた。
「……ちょっと汗の匂いがする。これ好きかも……」
「そうかな……?」
彼からは見えないが、背中の匂いをすーっと吸い込んで、桃香はうっとりした顔をした。
「うん。塔矢くんの匂い。……はー、頭がクラクラする」
そう言われて塔矢も我慢できずに、少し力を入れて桃香の腕を解くと、ぐるっと回って彼女を正面から抱いた。
桃香は一瞬戸惑うような顔をしたが、すぐに彼の胸に顔を埋める。
「やっぱ力が強いね……」
そう呟いたあと、桃香は背伸びをして、少し強引に唇を合わせた。
静かな部屋に彼女の荒い息遣いが響く。
「……ふぅ」
唇を離したあと、変わらずに抱き合ったまま、桃香は頬を染めて彼の耳元で囁いた。
「……あのね、塔矢くん。私……もうキスだけじゃ我慢できないの……」
「桃香……。良いの?」
「……ん。塔矢くんになら、いい。……でも優しく扱ってね。初物だよ?」
彼女の呟きに塔矢は小さく頷くと、そっと彼女を抱き抱えてベッドに寝かせると、もう一度キスをした。
◆
桃香は彼に腕枕をしてもらいながら、彼のもう片方の手で髪を触ってもらうのを、気持ちよさそうにして目を細めていた。
「桃香、可愛かったよ」
「ん……。塔矢くん、大好き」
カーテンを閉めた桃香の部屋で、2人はベッドで寄り添う。
「最初って血が出るんだと聞いてたけど……」
「うにゃぁ……。ときどき……1人でしてたからかな……」
恥ずかしそうに言う桃香に塔矢が聞いた。
「……女の子もそういうの、するんだ」
「うー、じゃあ塔矢くんはしないの?」
「する……けど」
「じゃあ一緒だよー」
桃香は少し口を尖らせて笑った。
「1人でするのと比べて、どうだった?」
「……同じとこ触るのでも、自分でするのと塔矢くんが触るの、全然違うの……。びっくりしちゃった」
桃香は真っ赤に頬を染め、彼の耳元で呟く。
塔矢が彼女に顔を向けると、桃香はすぐに彼の鼻を猫のようにぺろっと舐めた。
「……じゃ、逆に塔矢くんからも、初物をお召し上がりになった感想、一言聞かせて欲しいにゃ」
「え……? ……ご、ご馳走様?」
「…………じー」
「う……」
彼の言葉に桃香が不満そうな目をすると、塔矢は言葉に詰まった。
しかし、桃香はすぐに表情を緩める。
「にゃはは、冗談。別に言わなくても良いよ。……だって、塔矢くんが思ってること、胸がいっぱいになるくらい聞こえてきてたから」
何も言わなくても、彼がどう思ってるかは無意識に漏れていた。
ちゃんとした言葉以上に、桃香にはそれが嬉しかった。
「――そういえば塔矢くんも準備良いね。……期待してた?」
「うん。……少しは」
「にしし。私と一緒だね」
桃香はそう言って、枕元から今回使わなかったものをチラッと見せて笑った。
いずれそうなることを妄想して、こっそり準備していたのだった。
「……ようやく、塔矢くんと本当に恋人同士になれた気がする。絶対に前よりも好きって思えるから」
「そうだね。……桃香の可愛いところが見れて、僕ももっと好きになったよ」
「塔矢くん以外には絶対に見せないからね、一生だよ?」
吹っ切れたように桃香が言い切った。
先のことはわからないとはいえ、ずっと彼と一緒にいたいという、今の想いは確かなものだと断言できた。
「うん……僕も約束するよ。ずっと桃香の笑顔が近くで見ていたいって思うから」
「ん、嬉しい……」
桃香は目を細めて、彼の言葉にしっかりと頷いた。
「これからもよろしくね」
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